齊藤
眼科領域での遺伝子治療についてうかがいます。まず、どういう疾患が対象となるのでしょうか。
西口
生まれつき視機能が低い、非常に重症な網膜の遺伝病で、主にレーバー先天盲やレーベル先天黒内障といわれる疾患になります。
齊藤
生まれつきということで、患者となる赤ちゃんには、どういった症状があるのですか。
西口
生まれつき視力が低いと目が左右に揺れる眼振という症状が見られたり、赤ちゃんの視力測定は難しいですが、興味があるものに視線を向けるような普通のことができない。あと暗いところが苦手などといったことに親御さんが気づいて、小児科や眼科に連れて行かれたりするのが病気が見つかるきっかけかと思います。
齊藤
まずは小さいころからなのですね。そういった赤ちゃんの一部に、今回の遺伝子治療が可能になるということですが、どういったプロセスでこの診断までいくのですか。
西口
まず診断が重要だと思いますが、網膜の変性疾患、遺伝性疾患を専門にしている眼科医のいる眼科施設で適切な検査を受けることによって、臨床診断が行われます。その後、遺伝子検査を保険の中で行うことが求められます。
これまで眼科領域で行われてきた遺伝子検査は、ほとんどが研究で行われてきたものばかりで、実際に保険で遺伝子検査ができるようになったのはつい最近です。遺伝子異常が疑われる患者さんは、遺伝子検査を受けて遺伝子診断がつくと、いよいよ治療対象として検討されることになります。
齊藤
この遺伝子診断では、RPE65がターゲットですか。
西口
そうです。今回の治療薬の対象となるのは、RPE65に遺伝子異常があり、それが原因となっている網膜症の患者さんになります。
齊藤
それと今の一連の病態との関わりは、どうなっているのでしょうか。
西口
網膜に視細胞という光を見えるという知覚信号に変換する神経細胞があるのですが、この視細胞が光を捕まえるのにビタミンAの代謝物を使います。この代謝物は見た後、またそれを使えるようにリサイクルしないといけないのですが、そのリサイクルを担っている分子の一つがRPE65です。
そのため、この遺伝子が欠損すると、目の中がビタミンA不足の状態になります。その結果、生まれつき目だけビタミンA欠乏になってしまって、見にくい、暗いところが見えないといった症状につながります。
齊藤
そこまで病態がわかってきたので、そこの遺伝子を補うということになりますか。
西口
そうですね。実際にはアデノ随伴ウイルスにRPE65の遺伝子を載せて、網膜の下にそのウイルスを注射すると、そのウイルスが網膜内に入って遺伝子を細胞内に届け、その遺伝子が機能していない遺伝子の代わりをしてくれるという治療になります。
齊藤
理論的にはすっきりいきますが、実際、これまでの臨床成績はどうでしょうか。
西口
前提として、こういった病気を含めて、遺伝性網膜疾患に対しては、これまで治療によって視機能が上がる例は一切ありませんでした。それに対して、この治療の臨床試験で報告されている成績では、100倍近く網膜の光の感度が上がったということです。実際、患者さんにどのようなメリットがあるかというと、要は明るい環境でしかものが見えなかったのが、うす暗いところでもかなり見えるようになり、視覚行動ができる範囲が広がります。それに対して患者さんは非常に喜ばれるので満足度の高い治療と認識しています。
齊藤
先天性ですが、この治療を行うタイミングはどうなのですか。
西口
治療自体は、理論的には早ければ早いほうがいいのですが、実際非常にまれな病気で、多くの方は赤ちゃんのときに見つかるというよりは学童期、あるいは10代、20代、30代になって遺伝子検査を受けられる方も多いことから、そういった患者さんが中心になります。
年齢が上がると、治療効果が下がる可能性があります。その理由としては、遺伝子治療では、病気の細胞自体は残っているものの機能していないのが一番理想的というか、薬が効きやすい状況になります。年齢とともに細胞が死んで減ってしまうので、そういった部分で少し年を取って治療することに関しては、十分に細胞が残っているかどうかを検討することが大事になってくると思います。
齊藤
治療のタイミングが非常に重要ということですね。この遺伝子治療は繰り返して行うものでしょうか。
西口
この治療は1回注射をすると、非常に長く効果が持続するといわれています。実際、海外で最初に治療されたのが2007年ぐらいですが、そのころ治療された方も、1回の注射で効果が持続しているといわれています。基本的には1回だけで、その後ずっと長期的に効果が期待できます。
齊藤
効果の発現は、注射してどのぐらいから起こるのですか。
西口
比較的早期といわれています。遺伝子の発現が最大になってくるのは、動物実験のデータからすると、注射後1カ月になるのですが、患者さんの自覚症状から申し上げますと、2週間ぐらいから、かなり視覚が改善するといわれています。
齊藤
素晴らしい治療ですが、注射あるいはその処置に伴う有害事象は、どのようなものがあるでしょうか。
西口
投与は手術によって行いますので、目の網膜の手術全般に共通した手術の合併症のリスク等はあります。目の中で出血したり、まれに網膜?離を起こしたり、あるいは網膜が傷ついたりといったことがあります。
もう一つ最近注目されているのが、ウイルスの治療によって慢性の炎症が起きて、それが少しずつ網膜を傷めることがあるということです。
齊藤
炎症を抑えながらやっていくのですね。
西口
原因は炎症なので、その辺に関してはこの分野である程度コンセンサスができています。あとはその副作用に対しては、炎症を抑えるためにステロイドや免疫薬製薬が有効です。しかし、そういった薬はどうしても副作用があります。特に小児に投与する場合は慎重に考えなくてはならないので、目の状態とどうバランスをとって治療するか、今まさにいろいろと議論されている最中です。
齊藤
これまでお話しいただいたのは、ボレチゲンネパルボベクという薬ですね。ほかの遺伝子に対する薬も開発されているのですか。
西口
世界的には、たくさんの網膜変性の遺伝子治療の開発が行われています。日本でも、網膜変性に対するほかの遺伝子治療の治験も現在行われていると聞いていますし、今後こういった治療は増えるのではないかと期待されています。
齊藤
最後に、この遺伝子治療では間に合わないという方たちに対する細胞移植もあるのでしょうか。
西口
遺伝子治療というのは、そこに細胞があってはじめて成立する治療になります。病気というのは進行すると細胞が減っていきますので、細胞がなくなった場合は再生医療などのほかの治療、人工網膜や視覚再生の遺伝子治療がまた別にあるので、そういったものが必要になってくると思います。その辺に関しては、臨床試験も国内等でも行われていると思います。
齊藤
遺伝子治療と、再生医療の合わせ技で治していくという状況でしょうか。
西口
そうですね。病気のステージによってどういった治療が最適か考えながら、そういったものを組み合わせて治療していくのが、今後のこの分野の治療のあり方になるのではないかと考えています。
齊藤
ありがとうございました。