ドクターサロン

藤城

網膜剝離とは網膜がはがれる病態と理解していますが、それでよいでしょうか。

井上

そのとおりです。まず、裂孔原性網膜剝離は網膜裂孔に続発するものです。網膜は眼球の中の後ろ側の組織になり、眼球はカメラと同じような構造になっています。角膜と水晶体はカメラでいうとレンズに当たる部分です。そこに光が通り、眼球の後ろにある網膜という神経の膜に実際に像が映り、それが視神経を通り、最終的には脳に信号を伝えることで人は見ることができます。この網膜の部分が傷んでくるのが網膜裂孔と網膜剝離になります。

網膜剝離になる前に網膜に裂孔、つまりは亀裂ができてしまいますが、裂孔のみであれば、そこの部分は網膜剝離にならないように治療します。それを通り越して網膜剝離になってしまうと、網膜剝離になった部分は視野欠損が出てきます。

網膜の組織自体は動脈と静脈が流れていますが、網膜の眼球の壁に対し外側のところは視細胞という、実際に光を感じる細胞が分布しています。視細胞の部分は、外側にある血管が豊富な組織の脈絡膜から栄養をもらっています。実際に網膜が後ろの壁から剝離すると、脈絡膜からの栄養が来ない状態になるので、そこの部分が光を感じなくなり、視野欠損が出てきます。

網膜剝離自体は、ゆっくり進行するものと急に進行するものがあり、網膜の中心には黄斑部という視細胞が集中している組織があります。ここの部分が剝離してしまうと、視力が急激に落ちてしまいます。

また、たとえ黄斑部が剝離した後に手術を行っても、黄斑部はものすごく規則正しく視細胞が配列しているので、元の位置に戻そうとしても微妙なずれが起こり、ゆがみや視力低下が起こってきます。網膜剝離の治療をする場合は、黄斑部にかからないようにするため、緊急で手術をすることが多いです。

さらに、網膜剝離を放置しておくと、ゆっくり進むか、急に進むかは別として、最終的に網膜が全部剝離すると、失明してしまう状態になります。

藤城

どうやったら視野欠損に気づくことができるのでしょうか。わずかな視野欠損は気づかないような気もします。

井上

おっしゃるとおりです。網膜剝離も急激なタイプは自覚症状が出やすいですが、ゆっくり出てくるものは、自覚症状がなかなか出ないことが多いです。

年齢的には、網膜剝離の分布は10~20代に出てくるタイプと、50~60代にピークがあるタイプの2つがあり、どちらとも近視眼が多いのが特徴です。

網膜裂孔も、網膜に円形の孔が開いてしまう円孔のタイプと、弁状裂孔という比較的網膜が弁状に裂けるような、急激な自覚症状を伴うタイプがあります。

網膜裂孔は10~20代に起こることが多いですが、網膜格子状変性という網膜の周辺部が薄くなってくる変化があり、そこに萎縮性の円孔が開き、そこからゆっくり網膜剝離が出てくるタイプは進行が緩徐です。

もう一つの弁状裂孔という主に50~60代に起こってくるようなタイプは、網膜が裂けるぐらい強く引っ張られ、進行していきます。一般的には進行が速く、数時間ぐらいのうちに網膜が全部剝離してしまってもおかしくないぐらい、進行が速いこともあります。

自覚症状が出やすいのは網膜弁状裂孔のタイプですが、そちらは急いで手術することが必要だと思います。ゆっくり進んでくるタイプの網膜円孔も、自覚症状が出づらく、コンタクトレンズか何かの定期検診で視力が落ちる、もしくはゆがみが見えて発見されることが多く見られます。

進行がゆっくりのタイプですが、それでも網膜剝離が黄斑部に近ければ緊急で手術が必要な場合が多いです。

藤城

原因としては、10~20代、50~60代においても近視がリスクになっているということですが、それ以外にゆっくり進むタイプと急激に進むタイプのリスクの違いなどはあるのでしょうか。

井上

10~20代に多いタイプは近視に多く、近視眼の約10%に網膜の周辺部に変性、網膜の周辺部が薄くなる変化が起こってくるといわれています。ただ、その中でも実際に網膜剝離が起きる方は、疫学で言うと1万人のうち何人かぐらいで、非常に少ない状態になります。

50~60代に起こってくるようなタイプは、目の中の後部硝子体剝離という年齢の変化で起こってくる目の変化に続発するものになります。

目の中は硝子体という透明なゼリー状の部分があります。その部分は、若いときは網膜としっかりくっついていますが、年齢の変化で、硝子体がコラーゲン状の部分と液状の部分に分離してきます。あるときに、硝子体が網膜と癒着が分離するような状態があり、そうなると50~60代ぐらいに起こってくる急激に飛蚊症が出てくる症状が、後部硝子体剝離によるものです。

そうすると、硝子体剝離が主には眼球の中心から周辺部分に進んでいきますが、そのときに周辺で網膜と硝子体が、もともと癒着が強いところがあると、そこが裂けて弁状裂孔ができます。そうすると、もともと癒着があった部分は常に硝子体が網膜を引っ張っている状態なので、進行が速くなるのです。

藤城

近視と高齢ということになると、予防はなかなか難しいという理解でよいでしょうか。

井上

以前は変性巣があると、予防的にレーザー治療をする方法が用いられたこともあります。変性巣自体も年齢とともに横に広がったり、新しい部分に変性巣ができたりします。以前の疫学調査によると、予防的にレーザーで光凝固をした人が網膜剝離になったのを見ると、ほとんどが新しい部分に変性巣ができ、そこから出てくるような網膜剝離でした。

そういうわけで、最近では予防的に光凝固(レーザー治療)をすることに対しては、ある程度の予防効果しかないのではないかといわれています。

ところが、片目に網膜剝離を発症すると、もう片方の目に網膜剝離が起こってくる場合は、通常の方に比べると3倍以上のリスクがあります。片目に網膜剝離を発症してしまった場合は、もう片眼に変性巣があると考えて、予防的にレーザー治療をすることは効果が高いと考えられています。

藤城

治療は、基本は手術になるのでしょうか。

井上

網膜裂孔だけの場合は、特に網膜裂孔もすべての変性巣を治療するわけではなく、網膜剝離に進行しそうなリスクの比較的高いような網膜裂孔のみをレーザー治療するようになります。実際に網膜剝離になってしまうと、網膜が後ろの壁から剝離するので、レーザー治療が難しくなります。

そうして、手術療法をするのですが、手術療法には大きく分けて2つの方法があります。一つは強膜バックリングという方法で、眼球の外側に、主にはシリコンの材質のバックルを縫い付け、眼球を内側にへこませるように変化させます。そうすることで、剝離した網膜を引っ張っている力を軽減して治す方法になります。

強膜バックリングを用いるのは、主には10~20代の近視に伴い起こってくるような網膜円孔に対する網膜剝離で、進行が比較的ゆっくりなタイプです。これは目の中の硝子体が液化をあまりしていない状態で、後部硝子体剝離もないですから、一般的には強膜バックリングのほうが有用だと考えられています。

一方、50~60代に起こってくる後部硝子体剝離に伴う網膜剝離の場合は、強膜バックリングでもよいですが、最近の傾向としては硝子体手術、目の中に機械を実際に入れ、網膜を引っ張っている硝子体の部分を摘出し、裂孔の周りにはレーザーをします。目の中にガスを入れ、ガスが目の中で浮かんでくる力を利用し、網膜を内側のほうから押さえつけます。このためにはうつ伏せになったり、横向きになったりするような体の向きの制限が必要ですが、最近は硝子体手術が選択されるケースが主流になっています。

硝子体手術を行う一つのデメリットとしては、目の中の硝子体を取ると透明な水に置き換わってしまいますが、目の中の酸素分圧が上がることで、酸化ストレスで術後に白内障が進行する場合が多いといわれています。主に60代だと、硝子体手術をして、1年以内に白内障の手術が必要になるぐらいの進行が80~100%といわれています。

そのぐらいの年齢で硝子体の切除を行うような網膜剝離の手術をすると、白内障になる率が高いので、白内障の手術も網膜剝離の手術と一緒にすることが、現在では一般的と考えられています。

藤城

難しい手術もいろいろあると思いますが、大学病院にかかったほうがいいような病態、もしくはクリニックで大丈夫な病態があると思います。その辺りは患者さんサイドとしてどのように考えればよいでしょうか。

井上

まずは、視野欠損や飛蚊症が強くなるような場合は、どこでも大丈夫なので眼科受診をしていただき、診断をつけることが大事だと思います。

藤城

近くのクリニックで、まずは診断をつけ、その状況に応じ大学病院や大きな病院にかかっていただくということですね。

井上

そのとおりだと思います。網膜裂孔だけの場合は予防的なレーザー療法を行うと、それで網膜剝離に進行しないようなタイプもあります。これを行っているクリニックで治療されてもよいと思います。

藤城

網膜剝離、網膜裂孔について詳しく教えていただき、ありがとうございました。