山内
上羽先生、嚥下障害といいますと、加齢性のものかなと思いますが、最近はそれ以外のものも広く扱われるようになったということなので、少しご紹介をお願いします。
上羽
近年の嚥下障害は非常にバラエティに富んでいます。小さなお子さんから、がんの患者さん、高齢者、脳卒中の方、様々な方が飲み込みの問題に直面していると感じています。
抗がん剤などの医学の進歩によって、今まではなかなか助からなかった命が助かると、その次に口から食べるという問題に直面してしまうことがあります。口から食べるのが難しい、だから何とかしたいという方も増えてきています。
山内
そういった方々にとって非常に深刻な問題かと思いますが、まず、嚥下障害の診断は症状からアプローチするのでしょうか。
上羽
診察する際、症状を患者さんからお聞きするのは当然重要ですが、それだけではなく、体のほかの不具合がないか、手足が動きにくくなっていないか、体重が減っていないか、声の質が変わっていないか、痰が絡んでゴロゴロしていれば、唾が飲み込めていないというニュアンスを感じますので、患者さんがお話ししたり行動しているところを観察して、嚥下障害になる背景がないかということまで確認していきます。
山内
そのうえで、嚥下障害が実際にあるかどうか客観化するために、まず嚥下テストが行われるのでしょうか。
上羽
そのとおりです。嚥下の検査としては、まず、嚥下障害のスクリーニングテストを行うことが一般的です。例えば3㏄の水を何回か飲んでもらって、どこかでむせないか、声が変わらないかというスクリーニングテストがあります。
それ以外に、30秒間に唾液を飲んでもらって3回以上ごっくんができるかを評価します。3回以上できない場合は、喉の動きが何らかのかたちで低下している、障害されていると思いますので、嚥下障害を起こしうる状態かとスクリーニングを行います。それが客観的なスクリーニングの方法です。
山内
その辺りで引っかかった方は、次のステップに行くのでしょうが、ここでは最近のテクノロジーの世界だと思います。どういったものが使われますか。
上羽
スクリーニングテストに引っかかってしまった方、嚥下障害を疑われる方は、耳鼻咽喉科でいろいろな診察をしますが、大まかに言いますと、初めに内視鏡検査を行います。鼻から3㎜程度の細いファイバースコープを入れて喉の中を観察しながらゼリーや水を飲んでいただく嚥下内視鏡検査という嚥下テストがあります。
その嚥下内視鏡検査で嚥下障害が疑わしい、あるいはもっと評価したい場合は、X線透視下に造影剤を飲んでもらう嚥下造影検査、さらに特殊なCTで連続撮影しながら嚥下機能を測る嚥下CT検査、咽頭の各部位の圧力を個々に調べていく高解像度咽頭内圧検査といった様々な検査があります。
山内
随分いろいろとあるのですね。嚥下は非常に様々な機能が集まったところ、複雑なところから出てくる動きということで、検査も多岐にわたると考えてよいのでしょうね。
上羽
そのとおりです。
山内
そういったもので異常が分けられたうえで、次は治療になると思いますが、嚥下障害のレベルが軽い方は、食べ物あるいは飲み物への注意ないし食べ方から入っていくと考えてよいでしょうか。
上羽
そのとおりです。食べるもの、飲むもの、それぞれに十分注意が必要になってくると思います。ただ、食べ物や飲み物を変える前にできることもあると思います。食べ方、一口の量、食べている姿勢、周りの環境などによって、同じものを食べていても誤嚥しやすい、しにくいがあると思います。
例えば、飲み込みで問題があると疑われる方には、一口を大きく食べるのではなく、一口を少なめにしてほしい、食べたものをよく嚙んでゆっくり咀嚼してまとまりやすい形にしてから飲み込むようにしてほしい、食事中に口に何か入れながら、ほかの方と楽しく会話をされることは気をつけてくださいなどという点を注意します。
周りの環境に十分注意しながらということも伝えながら、そのうえでさらに適応があれば、患者さんによっては水分にとろみをつけたり、食事形態を少し軟らかいまとまりやすい食事メニューに変えてもらうことも伝えています。
山内
刺激物に関しては、見解が分かれるところがあるようです。刺激物を避けたほうがいいような気もしますが、一方でこれを利用したほうがいいという意見もあるようですが、いかがでしょうか。
上羽
たいへん興味深い質問だと思います。先生がおっしゃるとおりで、むせやすい方、誤嚥をしやすい方は、辛いものや炭酸などの刺激物が少し気道に入ってしまうとかなり強い咳が出やすくなりますので、刺激物を避けがちになりますし、実際、避けないと辛くなると思います。
一方で、感覚が鈍い、感覚が低下している、少し誤嚥しているけれどもわからないような方に対して、刺激物で飲み込みの反射を少し良くしようという試みもされています。
例えば、食べ物を食べる前に炭酸水や唐辛子などを少し取ることによって、喉の感覚を刺激し、嚥下反射の惹起を良くしようという試みもあります。相反する考え方ですが、対象とする方が若干違うということで、ご理解いただければと思います。
山内
その辺りになりますと、少しリハビリに近いと思いますので、実際のリハビリに関してうかがいます。
上羽
リハビリテーションも、最近は非常に多くの種類が出てきています。ただ、リハビリテーションは、その効果が期待できる部位に行うべきです。飲み込みについても、口の運動が悪い方、喉の動きが悪い方もいれば、喉をぐっと閉めるパワーが弱い方、食道の入り口が開きにくい方など、様々な機序、病態がありますので、それに応じてリハビリテーションを加えていくということが行われています。
例えば最新のものでは、喉の感覚を刺激して少しでも嚥下反射を良くする電気刺激、干渉波刺激や筋肉に直接刺激を与えて筋肉の動きを良くすることで飲み込みのパワーや運動を速めようというリハビリテーションの方法もあります。
山内
その辺りもテクノロジーの進歩があるようですけれども、最終的には外科手術というのもありうるようですね。外科手術の適応に関してうかがいます。
上羽
外科手術は、リハビリテーションや栄養管理などいろいろ努力したうえでも、飲み込みの障害でかなりQOLが落ちていたり、それが何かしらの大きな問題になったりしている場合に、限られた人に適応となることがあります。
外科的な手術として、大きく分けて3つあります。気管切開術、嚥下機能改善手術、最後が誤嚥防止手術です。
気管切開術は嚥下障害を良くするためのものではなく、嚥下障害によって誤嚥した痰などを気道から吸引しなければいけないときに吸引ルートとして気管に穴を開けるものなので、どうしても必要な方には行わざるを得ないことがあります。
一方で、嚥下機能改善手術は、適応があれば患者さんのQOLをとても上げられる治療になります。飲み込みの機能を良くするという意味の名称ですが、実際には飲み込みをしやすく、誤嚥をしにくい形態に変える手術と言い換えることができます。
つまり、脳の神経の動きや筋肉の動きを良くするような、もしくは神経の動きを良くする手術ではありません。形を変えることによって新たな飲み込み方を獲得していただければ、うまく食べたり、飲んだりできるようになる可能性のある手術です。
ただし、骨折した方の治療で、手術で治療してもその後にリハビリをしなければ歩けないのと同じで、喉の形を変えたり、仕組みをちょっと変えたなどの飲み込みの手術をした後も、手術後のリハビリテーションが重要になります。それをしていただいて、少しでも新しい形に適応する飲み込み方を獲得することができる方が、手術の適応になります。体がある程度元気で、認知機能も良く、やる気もあるけれども、ただ飲み込みが悪いという方が適応かと考えます。
山内
かなり意欲が必要ですね。
上羽
そうですね。ですから、これについては適応がかなり狭くなってしまいます。
山内
3番目はいかがでしょうか。
上羽
誤嚥防止手術で、これは特に日本で広がっている手術です。欧米諸国よりも日本で行われることが多い手術ですが、これは誤嚥を防止するという名前のとおり、飲み込みの機能を良くするわけではなく、誤嚥をしないように形を変える手術になります。
誤嚥をしないということは、簡単にいえば喉の機能をなくしてしまうので、それによって患者さんは声を出すことができなくなります。そして息を吸ったり吐いたりする喉がない分、永久気管孔といって、首のところに息の通り道の穴がつくられます。
しかしながら、絶対に誤嚥をしなくなりますので、いろいろなものを食べる試みを行うことができますし、誤嚥の心配なく口に何かを入れることができます。実際に、誤嚥防止手術後に患者さんのQOLが上がったという報告が多く出ていますので、私としても適応があれば多くの方に勧めたいです。
山内
声は失うけれども、という感じですね。
上羽
声よりも食べたいという方にはいいのかなと思います。
山内
どうもありがとうございました。