池脇
以前にも川名先生に解説いただいたアニサキス症について幾つか質問をいただきました。
海鮮を生で食べる、刺し身等で食べることは日本食の文化としてもう外せません。物流が近代化されて、新鮮なものが広域に供給されるようになると、こういったものは当然増えてくるのかと思いますが、アニサキス症の発生頻度は高まっているのでしょうか。
川名
日本人は、生で魚を食べることが非常に好きです。もちろん私も好きですが、近代化されて流通が良くなり、私が子どものころは焼いて食べていたサンマも刺し身で食べることがあります。
サンマのようにアニサキスがいる魚体を生で食べる機会が増えているので、当然アニサキスに出合う機会は増えていると思います。
池脇
これはいろいろな統計があり、ある時からアニサキスも食中毒として認定されました。発症したら診断した医師が保健所に届けるとなると、保健所ベースの年間の発生数というデータもあると思います。それはどのくらいでしょうか。
川名
平成25年からアニサキスによる食中毒は個別に統計を取るようになりました。それ以前は100症例以下の報告でしたが、その後はどんどん増えていき、令和に入ると年間300~500件ぐらいの報告数で推移しています。
池脇
多いとも少ないともいえるのでしょうか。日本国民は1億人以上いて、日常的に魚を食べる習慣があるなかで年間300~500件はどうなのでしょうか。
川名
これは厚生労働省で統計を取った数になりますが、実情はもっと多いといわれています。以前にレセプトベースで調べたところ、年間7,000件以上の症例があるのではないかという報告もあります。
池脇
けっこう大きな幅がありますが、諸外国に比べると日本では多いアニサキスという寄生虫の食中毒であるということは、はっきりしているのですね。
川名
そうですね。世界的にも報告されているアニサキス症の80~90%は、実は日本からの報告です。それ以外にはヨーロッパのほうで、酢漬けのようなもので魚を食べるような文化のところでは報告が少しありますが、ほぼ日本で起こっている事象と考えてよいかと思います。
池脇
アニサキスは最初の中間宿主はオキアミですね。ほとんどの魚はオキアミを食べるので、当然そこにアニサキスが移ることになる。ですから、我々が好きな魚介類のほとんどにアニサキスがいると、考えていいぐらいでしょうか。
川名
おっしゃるとおりです。オキアミを食べる魚は、ほぼアニサキスに感染しているのではないかという報告があります。実際のところ詳しいデータはありませんが、かなり注意しなければいけない状況にあると考えられます。
池脇
ある特定の魚を、気をつければいいという話ではないことはわかりました。そして、アニサキスが体の中に入ってきて障害を起こす場所や起こし方は幾つかの種類に分かれるということですね。
川名
まず、口からアニサキスが人体に入ると、胃に刺さるような状態(刺入)が一番多いといわれています。
ただ、胃をそのまま通過して小腸ないしは大腸に刺入する場合もあるし、場合によっては腸管の壁を突破(穿通)して、腹腔内に迷入してしまう虫体もいるといわれています。
池脇
今でこそ、胃に内視鏡を入れ「アニサキスがいました。取りましょう」となりますが、以前はそこまで行かないとアニサキスだとわからず、本当に激烈な腹痛の方だと、緊急手術で摘出することもあったのではないでしょうか。
川名
内視鏡が発達して虫体を摘出できるようになってきたのが1970年代以降と一般的にいわれているので、それ以前は緊急手術で摘出してみたらアニサキスがいたというようなことが多かったようです。
池脇
アニサキスが胃、腸、場合によっては腸管を破ってということもありますが、アレルギーもあると聞きました。
川名
今までお話ししたのがアニサキス症という食中毒の病態になりますが、アニサキスの虫体ないしはアニサキスが分泌するようなアレルゲンといわれるものが原因になり、食物アレルギーのような症状を発症する方がいます。
例えば腹痛だけではなく蕁麻疹が出たり、呼吸が少し苦しくなったり、場合によっては血圧まで下がってしまうアナフィラキシーショックのような症状を起こす方までいるようです。
ただ、これは非常に珍しい状況で、私自身も重症のアニサキスアレルギーという患者さんには出会ったことはないのですが、そういう注意しなければいけない患者さんはいると聞いています。
池脇
頻度は少ないけれどもアレルギーもあるということですが、私のアニサキスのイメージは胃の壁に突っ込んで起こる激烈な痛みですね。私は本当に単純に、アニサキスがかみつき、それで痛いのだろうと思っていたら、そうではないそうですね。
川名
そういう質問をよく受けます。例えば内視鏡で胃の病理検査を施行するときに、粘膜をつまんで引きちぎって胃粘膜の一部を摘出します。その時に多少の違和感はあっても、激烈な痛みを訴える方はいません。
実際にアニサキス症になった方も、1回目は腹痛症状があまり出ないといわれています。ただ、一度アニサキス症になり、抗原抗体反応、いわゆるアレルギー反応を起こしIgEが形成されると、2回目以降のアニサキス刺入時に激烈な痛み、いわゆる劇症型のアニサキス症を発症するといわれています。
池脇
物理的に、咬んでということではなく、そこで起こった急性のアレルギーが何か炎症を起こし、それがあの痛みにつながるのですか。
川名
そのとおりです。ですから、内視鏡を使いアレルゲンとなるアニサキスを摘出することにより、比較的速やかにアレルギー反応が改善するといわれています。
池脇
質問の冒頭に、アニサキスを電気的に死滅させる機器が開発されつつあるとありますが、これは初めて聞きました。何でしょうか。
川名
アニサキス症にならないためには、魚体より生きているアニサキスを摘出すればよいので、新鮮なうちに内臓を摘出するか、内臓に近い魚の身はあえて食べないことが推奨されています。
また、積極的にアニサキスを摘出するため、一匹一匹アニサキスをピンセットで摘出していることもあります。
ただ、白い虫体で見えにくいため、UVライト(ブラックライト)を使用し紫外線を当てることにより、アニサキスが発光する原理を利用して見えやすくする方法もあります。
一匹一匹摘出するものの、それはあくまでもアニサキスが魚肉の表面にいるときの対策であり、魚肉内部にいるときには摘出困難でした。
それでどうしたらいいかということで、福岡県にある株式会社ジャパンシーフーズと、熊本大学の浪平隆男先生が共同開発をして、アニサキスを死滅させる機械のプロトタイプが完成しました。
池脇
そこに電気を使っているのですね。
川名
そのとおりです。アニサキスを死滅させるために、非常に短時間ですが、高電力の電気を流すパルスパワーという機械が開発されました。
今はその次世代機の開発をジャパンシーフーズで行っており、これが完成されれば大量の魚を処理することが可能となり、我々の口にも安全な魚が届くのではないかと期待されています。
池脇
それなりの専門的な知識がないと理解できないのでしょうが、簡単に言うと、その機械により、アニサキスを感電死させるイメージですね。
川名
おっしゃるとおりです。どうしてアニサキスが死滅するかということは、実のところまだ詳細がわかっていませんが、感電死するのであろうと今は推測されています。
池脇
安心して食べるために、ジャパンシーフーズさんに新しいものをぜひ広めていただきたいですね。
川名
そうですね。さらに、浪平先生の研究室では、サバやサンマやイカなどの魚類に対しても、研究・開発を行っています。
さらにそれが成功したら、アニサキス以外の寄生虫にも使えないかということまで研究されているようです。
池脇
ワクワクしてきました。
川名
そうですね。夢が広がります。
池脇
どうもありがとうございました。