池田
劇症型溶血性レンサ球菌感染症とは、どのような疾患でしょうか。
菊池
劇症型溶血性レンサ球菌には幾つか種類があるのですが、よく皆さんがご存じのA群、B群、C群、G群、F群といろいろ名前が付いているものがあります。
7割ぐらいがStreptococcus pyogenesという、いわゆるA群溶連菌で起こります。A群溶連菌感染症というと、一般的にはお子さんの咽頭炎や、皮膚科領域ではとびひ(伝染性膿痂疹)でよく出ますし、市中でよく見る感染症の原因菌として非常にありふれた存在です。
その中で、特に非常に急激な転帰をとるので劇症型という名前が付いています。劇症型の定義は、ショック症状に多臓器不全を伴うことで、病態でいうと急性の壊死性筋膜炎を合併することが多いです。
発症してから転帰がすごく速く、死亡率が30%ぐらいに上るのですが、ほとんどが発症してから48時間以内に亡くなります。
池田
どんどん罹患者数が増えているのですか。
菊池
右肩上がりに増えていて、2023年が1,000人弱、初めて900人台になって、2024年は6月の時点で1,200人を超えています。
池田
倍以上ということですが、その理由は何ですか。
菊池
幾つか理由があると思いますが、一番はウィズコロナの時代になったことだと思います。COVID-19(新型コロナ)が出て、3年間ぐらい人との接触が非常に厳しく制限されていて、しかも皆さんが厳格な感染対策をされていました。
それが2023年に2類相当から5類感染症に格下げされたことで、感染対策もかなり緩みました。人と人との接触が増えれば当然感染症は増えるわけですから、この劇症型溶血性レンサ球菌感染症に限らず、インフルエンザもアデノウイルスもRSウイルスも感染症が増えました。
トレンドを見ていると、例えばインフルエンザは季節性がありますし、アデノウイルスやコクサッキー、手足口病も最近増えましたが、ピークアウトして少し山が収まりつつあるのに、2023年ぐらいから溶連菌感染症全体も、劇症型も、全くピークアウトせずにずっと高い数字が続いています。一つはコロナで緩んだところもあるだろうけれども、それだけでは説明できない部分があります。
その一つの理由としては、インバウンドが増えたことが考えられます。A群溶連菌には200以上のタイプがあります。
池田
そんなにあるのですか。
菊池
その中のM1というタイプが昔から、劇症型では多いのです。これは病原性が高い菌で、お子さんの咽頭炎などからはあまり分離されなかった株です。それがもともと多いのは世界的に知られていたことで、日本でも同じでした。
ところが、昔からあるこのM1という株に、10年くらい前にヨーロッパでM1UKという新しい変異株が出現しました。従来のM1に比べて病原性がかなり高くなったといわれている株です。それがヨーロッパからアメリカ、オセアニアなど世界中を席巻し始めて、日本ではほとんど見なかったのが、2023年ぐらいから急にこれが増えだしたのです。
うちでもずっとA群溶連菌の遺伝的なバックグラウンドを見ていますが、2023年からのM1株を調べると、ほとんどM1UKでした。だからもう菌が置き換わってしまっていると思われ、それが一つ理由としてあるのかと思います。
コロナで変異株が出ると、あっという間にどんどん広がっていくようなことが、スピードは遅いですが、溶連菌感染症でも起こっているのかなというのがあります。
池田
このパターンでは、M1UKというのがまず子どもたちの喉に付くという考えですか。
菊池
今までお子さんの咽頭炎から分離される株と劇症型から分離される株は、その遺伝的な背景が全く違いました。だから、お子さんの溶連菌は、お子さんの集団の中でうつし合ってそこで循環しているというサイクルがあるのです。
劇症型は、ずっとそれとは違うタイプでした。これは、特に60代以上の高齢者に多いのです。おそらくは高齢者の中で回るような感染サイクルがあるだろうと思っていました。
ただ最近の報告で、M1UKという株が子どもの咽頭炎などほかからも少し分離されるといわれてきて、お子さんにも発症してくるようになったら、これはたいへんなことだと危惧しています。
池田
急激に症状が悪化、あるいは変化していくのですが、典型的な例では、どのような症状から始まって、どのように移っていくのですか。
菊池
うちで経験したケースを過去11年分ぐらい全部調べてみたのですが、ほとんどが壊死性筋膜炎というもので発症しているケースで、手も足もあるのですが、圧倒的に足、しかも足の先のほうから発症するのです。
これは皮膚科の医師にお聞きしたいぐらいですが、ほとんどの患者さんが水虫を持っています。水虫を持っているところから感染して、そこが腫れて、というのではありません。だいたい打撲です。転んでぶつけたとか、何か物を足の甲に落としたというのがきっかけとして多いのです。だから、水虫のところ自体が膿むとか二次感染を起こすのではなく、打撲をしたところが腫れて、そこが急激に広がるケースが多いです。
ただ、どういうわけか、発症した人を見ると、明らかに足の先のほうに水虫がある。だから何かそこにくっ付いたものが打撲とかの刺激、そのダメージでそこに菌が増殖しやすいような環境ができて、そこから始まるのだろうと思います。
池田
壊死性筋膜炎になって、それが時間とともに一気に広がっていくのですね。
菊池
朝に足の甲が腫れていて痛いなと思って、もうお昼ぐらいには膝ぐらいまで来るようなスピードで、本当に速い。
池田
それでは、あまりこの疾患を見たことがない方はわからないですよね。
菊池
わからないと思いますね。病院に来なかったりするケースも多いと思います。あるいは念のためにレントゲンを撮ろうといって、近所の病院でレントゲンを撮って「骨折はないね。じゃあ湿布して帰ろうね」みたいなケースが多いです。
99%以上の人たちはそれでたぶん問題がない。最初の打撲をした時点で、劇症型になるかどうかは全然わからないのです。だからそこで判断された医師は、間違っているようなことは何もなくて、ただ、その後に起こることがたいへんなのです。
ではどうやって区別するかですが、とにかく進行が速いことが一つのポイントです。打撲して、ちょっとそこが腫れたなと思ったら、私がいつも勧めているのは、まず腫れた範囲をサインペンなどで丸をしてくださいとお願いしています。それが例えば1時間、2時間たってどのくらい広がったか。1時間、2時間ぐらいで倍とか3倍とかになるようであれば、それは危険なのですぐ病院に来てくださいとお話ししています。
あと打撲したぐらいであれば、あまり熱は出ないですよね。
池田
そうですね。
菊池
だいたいこの病気は、その最初のころから39度、40度という高熱が出ます。見分けるとしたら、その発熱を伴っているのが一つの特徴かなと思います。
そのうち意識障害、受け答えが変だとか、うわ言を言うとか、ちょっとぼーっとして、放っておくと寝てしまうとか、そんな意識障害が出てきたら、もうこれはかなり危ない。だいたい、そんな経過が多いですね。
池田
この状態の方々の治療としては、どのようにされるのですか。
菊池
基本的にペニシリンがよく効く菌なので、腫れが速く広がる前に適切な治療、ペニシリンの投与が行えるかどうかが一つ大きなキーポイントになります。
本当に腫れがひどくなってきているという場合には、切開して洗うしかない。場合によっては、切断を決断しなければいけない、そういう病気です。
結局、ペニシリン、抗菌薬をいくら投与しても、菌を殺すまでには時間がかかる。あまりにもその感染創が大きすぎると、抗菌薬で殺せる量は限りがあります。あまりにも向かってくる敵が多すぎたら、物理的にそこを排除するしかないのです。
足の切断を迫られることがけっこうあります。そうしないと命が助かりませんと言っても、それは大きな障害をその人に一生負わせることになるわけですから、できるならそこまでにならず、治療したいといつも思います。
池田
判断もなかなか難しいですね。重症になって、いろいろ処置されて救命すると7割の方は助かるということですが、その方たちは、また感染してしまうことがあるのですか。
菊池
実は、同じ菌で4回感染した人を私は知っています。そのうちの2回、3回ぐらいはけっこう危なかったです。4回とも助かってはいるのですが、何でこんなに繰り返すのだろうと。
やはりどこかにくっ付いているのです。だから、溶連菌を保菌していることがたぶん一番問題だろうと思います。無症候性保菌で、私は腸管が怪しいかなと思っています。B群溶連菌やC群、G群は腸管の中に簡単にくっ付いて定着します。A群の劇症型の患者さんでも便を調べると保菌者はいるので、たぶん持っているだろうと思います。
トイレに行ってお尻を拭いたりすれば、手にくっ付きます。足に水虫などがあると、無意識にかいてしまったりして、そこにたぶんくっ付く。そこで、何かきっかけがあると発症するという感染経路ではないかなと、自分としては思っています。
池田
それは理解しやすいですね。我々も何例か、いわゆる再感染みたいな方がいました。
菊池
ゲノム解析をすると、同じ型なので、同じ菌です。ということは、くっ付いていると考えるのが妥当かと思います。もちろん大きなエビデンスがあるわけではないですが、今までのパターンを見ると、そうとしか考えられないと思っています。
池田
高齢者で何か打撲みたいなものがあって来院した場合には、そこの病変部に印をつけておいて、その動きをよく見ることと、発熱しているかどうかを見る、これがポイントですね。
菊池
そうですね。
池田
ありがとうございました。