池脇
高齢者の高コレステロール血症の治療について教えてください。日本動脈硬化学会を中心として、高コレステロール血症に対してのガイドラインのようなものがありますが、80代、90代の患者さんではどうかという質問です。
これはそもそもほとんどエビデンスのないお話になりますので、変な言い方ですが、お気楽にお答えください。
まず、高コレステロール血症の治療に関して、高齢者、いわゆる65歳以上はどうすべきかということについては、一応ガイドラインでこうすべきというのはありますよね。
田村
もちろんあります。動脈硬化性疾患予防ガイドラインの最新版では、二次予防といいまして、冠動脈疾患の既往のある方に関しては、年齢にかかわらずコレステロールの管理をするべきというのは、エビデンスもありますし私も行っています。
いわゆる一次予防、冠動脈疾患の既往のない方では、前期高齢者、75歳までの方であれば積極的な高コレステロール血症の治療を推奨することになっています。75歳を超えた方では、一次予防のエビデンスがはっきりしていないということで、学会の最新のガイドラインでも推奨ではなく、提案できるという記載にとどまっています。
池脇
提案というと少し弱い表現ですね。
田村
はい。
池脇
今のガイドラインは、今までの介入試験を中心としたエビデンスを基に作るとなると、そもそも75歳から80代の方があまり参加していないと強い文言を使えず提案ということになり、基本は主治医と患者さんとの話し合いで決めましょうという状況のようです。
そうは言っても、最近は特に日本で高齢者に対する介入試験のエビデンスも出てきたと聞いています。
田村
私は、提案という表現でも、ある意味画期的だと思っています。今まではまったくエビデンスがないので、完全に現場に任せるという感じでした。
最近、EWTOPIA(ユートピア)75というスタディがありました。LDL 140㎎/dL以上、かつ動脈硬化のリスクを持っている高齢者へのLDLの降下療法で、エゼチミブを使ったオープンラベルのRCTですが、エゼチミブを使った方で心血管イベントが34%抑えられたという国内のエビデンスが出ています。一つだけですが、そういうこともあって学会が提案できるという表現をしていると思います。
池脇
確かにスタチンではないけれども、最近はLDLを下げるのであれば手段は関係ないという流れがあります。特に興味深いと思ったのは、LDLの低下はだいたい40㎎/dLで、今までのスタチンのエビデンスではイベント抑制効果が二十数%のところでした。日本人はけっこうイベント抑制効果が強く出るのでしょうか。
田村
そうですね。私も驚きました。
池脇
私の恩師である中村治雄先生がされていたMEGAでも同じようなことがあったので、案外日本人は治療反応性がいいのかなという感触はあります。
とはいえ、なかなか85歳以上のサブ解析では、このEWTOPIA75では有意という結果が出ていないのですね。今回の80代、90代の患者さんではどうかという質問についてはなかなかエビデンスがそこまで到達しないので、先生の現場の印象をもとにお話しください。
実際に質問のケースでは、LDLがけっこう高く180㎎/dL以上だけれども、冠動脈疾患、脳梗塞はない80代、90代の方です。180㎎/dL以上あるときに治療すべきかどうか。先生は実際どうされていますか。
田村
本当にケースバイケースになってしまうと思いますが、活動性が高く比較的元気な方でLDLが著明に高い方の場合は、治療を勧めるという立場だと思います。
先ほど一次予防のエビデンスが全然ないと言いましたが、まったくそうではない部分もあって、先ほどのメタ解析もありますが、LDLがすごく高い人が入っているわけではないと思います。例えば140、150㎎/dLぐらいの人が多い。それから限られた集団だということがあって、180㎎/dLぐらいになるとやはりリスクはかなり上がるのではないかと個人的には考えています。
観察研究にはなってしまいますが、海外の大規模スタディ、例えば最近デンマークで、無治療、コレステロールが高い人の経過でリスクがどのくらい上がるかを見ると、かなり高い集団では高齢でもリスクが高くなっているというエビデンスがあります。
その方たちの治療に介入したわけではないのですが、やはりLDLが非常に高い方たちはリスクが高くなると思いますので、180㎎/dLぐらいになると治療を勧められているのではないかと思います。
90歳になると、ちょっとまたどうかと思いますが、90歳でも以前から治療を続けている人は継続しています。
池脇
あまり医学的な言い方ではありませんが、お元気な方であれば治療も考えてもいいという感じでしょうか。
高齢者は若い人に比べると、心血管疾患などいろいろなリスクが高く、残された人生の長さとリスクをどう調整するかは、まさに患者さんと主治医との間の話し合いですが、最近、そういった肯定的なデータも出てきています。
質問の後半にもありますが、例えばLDLが高い80代、90代の方で、頸動脈エコーを行って動脈硬化の変化がどの程度進んでいるかも参考にされますか。
田村
定期的に見ています。もちろん治療している方も見ていますが、特に治療を希望されない方の場合は、定期的にフォローが必要かと思います。
池脇
治療されない方は、治療しないけれども半年、1年ごとに検査に来てくださいと言うと、なかなか病院に足を運んでくれないような気がしますが、きちんと来院してくれますか。
田村
当院は検査を希望される方が多いですね。ただ現場ではなかなか難しいので、少なくとも心電図の検査等は、定期的にされたほうがよいかと思います。
池脇
先生のところは前向きな患者さんが多いのですね。
質問を進めますと、高齢のときには動脈硬化が進行していて、スタチンを投与しても意味がないという意見があるということですが、どうでしょうか。
田村
先ほど申し上げたとおり、LDLの値が非常に高い方の場合はリスクが高くなると思いますので、やはり極めてLDLが高い方は投与を勧めるか、あるいは慎重に観察する必要があると思います。
池脇
そこで決断をして治療する。スタチン、エゼチミブを中心に使う。使わなかったときこそ、その後血管に変化がないかをきちんと見ていくことが必要ですね。
田村
無理には勧めませんが、それも大事かと思います。
池脇
やはり薬を飲むのは本人ですから、本人が飲むと言ってくれないことにはなかなか治療が進みませんね。
質問最後の頸動脈エコーで壁の肥厚(プラーク)を認めた場合、いろいろなプラークがあるのでケースバイケースのような気がしますが、先生はどうされていますか。
田村
プラークがあるというだけでは、特にそれに対する治療はしません。一般的な糖尿病の方の血糖値の管理、血圧の管理などを行うというスタンスでよいと思いますが、中には注意するべきプラークもあります。
例えばエコー輝度が低く、コレステロール粥腫がリッチなプラークや不安定プラークといわれているものがある方の場合、私はなるべくスタチンを使ってプラークを安定化させようと努めています。ですので、プラークがあることで全例ではなく、特にリスクが高い方については勧めるということです。
池脇
これは私の印象で恐縮ですが、人は血管とともに老いるといいますから、80代、90代の人できれいな血管の人はまずいません。ある程度の動脈硬化があっても、石灰化が強い、ある意味安定化したプラークの人の場合には、必ずしも治療せずに様子を見ていいかもしれないけれども、今、先生がおっしゃった不安定なプラークの場合は、近い将来、脳梗塞のリスクがあるとなると治療したほうがいいというお考えですね。
田村
そういうことだと思います。
池脇
もう一度高齢者についての話に戻りたいのですが、2023年の統計では65歳以上、いわゆる高齢者という方がほぼ30%、3人に1人弱で、今後も増えていくとなると、80代、90代がまれなケースではなくなってくるような気がしますね。
田村
高齢者の定義も変わってきているところで、75歳以上にしようと言われているぐらいです。以前のエビデンスでは語れなくなってくるところもあり、今までの70歳が80歳というイメージになるかもしれません。
この辺は、ただ単に高齢だから治療しないということではなく、リスクとその人のその後の人生とを検討して、ただの年齢ではなく判断していく必要があるのではないかと思います。
池脇
最後に、高齢者の場合は例えば腎機能が落ちている方は、薬を使うにしても慎重な配慮が必要になってきます。治療する場合、先生はどのようなことを配慮されていますか。
田村
もちろん、もともと肝腎機能が非常に低下している人は投与に注意が必要で、もし投与する場合は慎重にフォローすることになります。
それから高齢者の場合、認知機能が非常に低下していて、服薬のアドヒアランスが非常に落ちているような方は脱水にもなりやすいですが、薬を飲み間違えてしまったり、一度に大量に飲んでしまったりするようなリスクのある方については、まずリスクを見極めて、保てる環境にあるのかを確認してから投与するようにはしています。そこは注意が必要かと思います。
池脇
先生の臨床経験を基に解説をしていただきました。ありがとうございました。