池田
ワーデンブルグ症候群についてのご質問です。耳慣れない症候群ですが、どのような疾患なのでしょうか。
宇佐美
難聴と色素異常を呈することが知られています。メラノサイトの異常を特徴とする疾患で、希少疾患です。日本ではだいたい5万人に1人ぐらいといわれていますので、全国に約2,000~3,000人ぐらいの患者さんがいると推測しています。
池田
難聴はわかりやすいかと思いますが、色素異常というのはどのようなものでしょうか。
宇佐美
具体的には、一般的に日本人は目の虹彩が黒いですが、それが灰色だったり青かったりすることで気づく場合が多いです。それから、もちろん赤ちゃんには白髪はないのですが、赤ちゃんや極めて若い年齢で白髪が出てくる、あるいは皮膚に白斑などの色素異常が見られるのが特徴です。
池田
病型分類はされているのですか。
宇佐美
難聴と色素異常に加えその他の症状の組み合わせで、臨床的には1~4型まで4つのタイプに分類されています。1型は内眼角離解といって目がちょっと離れた感じがあります。2型はその内眼角離解が認められないタイプで、大きく1型と2型に分かれています。3型と4型は特殊なタイプで、3型は上腕の形成異常を伴います。4型はHirschsprung病を伴うことが特徴ですが、比較的、3型、4型はまれですので、我々が臨床で出会うのはほとんど1型、2型になります。
池田
常染色体顕性遺伝を示すといわれていますが、原因遺伝子はわかっているのでしょうか。
宇佐美
今のところ6種類の原因遺伝子が同定されています。いずれも、メラノサイトの成熟、遊走、それからメラノサイトの元になる神経堤細胞の成熟、そういったものに関係しています。胎生期にいろいろな器官が形成されますが、現在知られている6種類の遺伝子の、ほとんどがそのスイッチを入れるような転写因子です。これら遺伝子に病的バリアントがあると、スイッチがうまく入らないために難聴やメラノサイトの異常が出てくるということが知られています。
池田
メラノサイトの成熟、遊走、器官形成。そういったことをコントロールしている遺伝子に病的バリアントがあるということですね。診断はどのようにするのでしょうか。
宇佐美
先天性難聴がきっかけに診断される症例がほとんどです。先天性難聴は、新出生児1,000人に1人とされていますが、早期発見、早期介入が必要だということから、ほとんどすべての新生児が聴覚スクリーニングを受けるようになっているので、ワーデンブルグ症候群は、そのスクリーニングを契機に見出されることが多いです。そして、我々耳鼻科医のもとに紹介されるというケースがほとんどです。そして、先天性難聴プラス色素異常があれば、ワーデンブルグ症候群だろうと診断がつくのです。
池田
やはり常染色体顕性ですので、その場合はやはりご両親に遺伝子の病的バリアントがあるのでしょうか。
宇佐美
ご両親のどちらかに病的バリアントがあり、それを引き継いで発症するという場合がほとんどなのですが、難しいのは、同じバリアントだからといって出てくる表現型が全く同じではなく、バリエーションがあるのです。だから難聴も、両側性難聴の場合もあるし、片側の難聴もある。それから色素異常の出方、片方の目だけ青かったり、あるいは白髪も出たり出なかったりと、表現型に非常にバリエーションがあるので、同じ遺伝子のバリアントが起こしているというふうになかなか気づかない症例も多く、そこが臨床診断の難しさかと思います。
池田
その場合、やはり遺伝子診断をするということですか。
宇佐美
そうですね。最近では臨床症状に加えて、遺伝子診断が確定診断になる症例も多く出てきたという現状だと思います。
池田
そういうことを考えますと、やはり、現在把握されている罹患者数よりも、多いのでしょうか。
宇佐美
そうですね。おっしゃるとおりで、よく調べてみると、まだまだ埋もれている症例もある疾患の一つかと思います。
池田
遺伝子診断の場合はパネルか何かを作られているのでしょうか。
宇佐美
そうですね。今、我々が健康保険で行っているのは158種類の難聴遺伝子を載せたパネルですけれども、難聴の原因であることが明らかな51遺伝子1,150バリアントを返却しています。研究用としては158遺伝子パネルをルーチンでNGS解析していて、それにはすべてのワーデンブルグ症候群の原因遺伝子が載せられていますので、それで診断しています。
池田
一気に158種を調べるのは、たいへんな作業ですね。
宇佐美
多くの遺伝子が難聴の症状を起こすので、難聴の患者さんが受診したときには、やはり多くの遺伝子を一度に調べないと、なかなか原因までたどり着かないのが現状かと思います。
池田
複雑な遺伝子解析にもかかわらず、症状としては難聴とシンプルなのですね。
宇佐美
そうなのです。それが難聴の遺伝子診断の難しさになるかと思います。
池田
あと、重症度分類があるとうかがったのですが。
宇佐美
そうですね。難聴の程度によって軽度、中等度、高度、重度の4段階に分かれていますが、ワーデンブルグ症候群の8割は高度あるいは重度の難聴であることがこの症候群の特徴かと思います。要するに重い難聴の患者さんが多いということです。
池田
イメージでけっこうですけれど、高度というのはどのようなものなのでしょうか。
宇佐美
高度というのは具体的にいうと70dB以上ということになっていて、70dB以上は身体障害者に該当しますので、身体障害者の対象になるような患者さんというイメージです。耳元で大きな声でしゃべらないと、聞こえないくらいの難聴だと理解していただいていいと思います。
池田
なるほど。工事現場が70dBくらいとされていますが、あのくらい以上でないと聞こえないということですね。
宇佐美
だから、生まれつきそのぐらいの難聴があるお子さんだと、言葉を覚えるのが難しいレベルになります。40dBぐらいが聞こえないと、言葉を覚えられません。子どもというのは、親御さんの会話を聞いて言葉を覚えていくのです。だから70dBの難聴となると、言葉を覚えるのはとても難しいレベルです。
池田
高度以上の難聴の方が多いということですが、この場合、治療はどうされるのでしょうか。
宇佐美
今、軽度、中等度に対しては補聴器、それから高度、重度の難聴に対しては、人工内耳というように、重症度で大まかに分類されていますが、この症候群は、人工内耳の適用に入るような患者さんがほとんどです。ですから、実際、人工内耳を装用している症例が多いと思います。
池田
人工内耳の適用に、年齢制限などはございますか。
宇佐美
今、小児の適用は体重8㎏以上、あるいは1歳以上が目安になっています。もちろん、健康保険も適用になっていますし、比較的、一般的な治療になりつつあるのが現状だと思います。
池田
なるべく、言語中枢のまだ未熟なうちに入れるということなのでしょうか。
宇佐美
早期から十分な音刺激を行わないと、耳からの音を中枢神経系のほうで受け止めてくれなくなってしまうので、なるべく早い治療が推奨されています。
池田
遅くなっては意味がないのでしょうか。
宇佐美
全く効果がないかどうかは別にして、やはり脳のネットワークというのは、使える入力を最大限に利用しようと発達していきますので、要するに普通のお子さんが言葉を覚える2~3歳ごろには少なくとも人工内耳を使って、十分な音を入れてあげないと言葉が発達しません。だから、それ以降に入れると、やはりどうしても言葉の遅れが出てきてしまいます。
池田
人工内耳は成長とともに入れ替えていくのでしょうか。
宇佐美
いいえ、内耳の大きさはほとんど変化しませんので、入れ替えることはないです。成長するのは、周りの乳突洞や中耳なので、その部分は余裕をもたせて電極を入れます。基本的には入れ替えることはありません。
池田
あと、電気のチャージはどうされるのですか。
宇佐美
人工内耳は体内器と体外器に分かれていて、体外器のほうに電池があります。そこから、中のインプラントに電気を送り込むので、体内器の交換は必要ないです。
池田
いちいち全部入れ替えなくていいのですね。
宇佐美
はい。そうしたらたいへんなことになると思います。
池田
少し安心しました。ありがとうございました。