ドクターサロン

池脇

志賀先生が救急で診ておられる低体温症についての質問と併せ、冬眠のことも教えてくださいということです。両方ともボリュームがありそうな話題なので、基本的には低体温症をメインにお話しいただき、最後に少し冬眠の話をお願いしたいと思います。

先生は驚かれるかもしれませんが、私は低体温症の患者さんを診たことがあまりありません。低体温症は冬場に登山などで冷たいところに長くいて、救急などに運ばれるのではないかと思いましたが、実は室内の低体温症のほうがむしろ多いと聞き、驚きました。

志賀

私も学生のときは低体温症といえば高山で起こるものと思っていましたが、特に高齢の方を中心に、統計では8割以上が室内で発症しています。

2022年の統計では1,450人が低体温症で亡くなっていて、これは熱中症と同じくらいの人数であり、かなり多いと考えています。

池脇

今は温暖化で熱中症のほうに皆さんの関心はいっていますが、同じぐらい多くの方が低体温症で亡くなっているということですね。

志賀

そうです。

池脇

どういう状況で室内で低体温症になるのでしょうか。例えば、暑い夏にクーラーが効きすぎて低体温症、あるいは寒い冬にきちんと暖房をしないで低体温症。両方あるのでしょうか。

志賀

暖房が効いていなくてということはありますが、私がこの前の冬に経験したのは、部屋は暖かかったのですが、お手洗いが寒い。そこでお手洗いに行かれたときに、失神してしまい、一人暮らしで動けなくなり、家の人が訪ねてくるまで、ずっと暖房の効かないところにいて、低体温症になってしまった方がいらっしゃいました。

池脇

特に高齢者は、暑くても寒くても体温の調節が効かなくなりやすいということですね。

志賀

熱をつくり出す能力と、基礎代謝も年齢とともに下がってきますし、加えて外気温が下がっているときに体温が下がっている。そう感じられる感覚も、年齢とともに少し衰えていってしまうところがあると思います。

池脇

それで、低体温となる環境の中で意識が少し混濁するとなると、その環境からますます脱出できなくなってしまいますよね。

志賀

運動能力も落ちているので、寒い中での移動もできなくなってしまう。熱もつくれない。下がっている体温や外気温もわかりにくいという、トリプルパンチのようなものです。

池脇

先生のところに運ばれる方は、体温が30度あるいは30度を切るような方もいらっしゃると思いますが、定義的には深部体温が35度。というと、すぐそこの温度のような感じがします。

志賀

35度を切ってくると低体温の定義に当てはまってきます。ただ、本当に深刻な28度になってくると、血液透析のカテーテルを入れて復温したり、場合によって血圧が保てないような状態だとECMOやPCPSを入れ、復温しながら循環を保つようなことになってきます。

池脇

大学病院の救急レベルだと、ほとんどが、本人が歩いてくるよりも、もう意識がなかったり混濁していて、発見者が救急車を呼ぶというパターンでしょうね。

志賀

先生のおっしゃるとおりで、意識が混濁して、家で動けなくなってしまっている。体温も下がっているし、例えば伏臥位で顔面や胸に褥瘡ができ始めているような状態。横紋筋融解にもなっているような状態で運び込まれる方が多いです。

池脇

先生のところに患者さんがたどり着ければ救命できる可能性はありますが、発見が遅れ、そういう低体温の状況だと、心臓が止まることで亡くなってしまうという流れでしょうか。

志賀

亡くなってしまうこともあります。熱中症と同じくらいの数です。

池脇

そうすると、救急処置としては単純に体温を上げるわけですが、復温には受動的なものと能動的なものがあるようです。具体的にどのようなものですか。

志賀

先ほど申し上げたようなカテーテルなどを使った侵襲的な能動的復温に比べ、温風ブランケットや電気毛布などを使った非侵襲的な能動的復温という方法もあります。これは、28~32度程度の低体温の方に行っています。僕らが一番よく使っているのも温風ブランケットや電気毛布です。

さらに、体温の低下がそれほどでもない30度強というところであれば、受動的復温といいますが、冷たい洋服などを取り、温めた毛布を使って、復温を行うことがあります。

池脇

臨床実地の医師のところで、ちょっと低体温らしいなというときに、最終的には専門のところに送るにしても、低体温がある程度回復した状況で送るのか、低体温のまま送るのか。送られる医師としては、ある程度の処置をしてから送ってほしいのか、一刻も早くなのか、これはどちらでしょうか。

志賀

これは復温があまりできていないときで30度に至らないような状態。医師により32度と言う場合もありますが、その状態で動かすと致死性の心室細動や不整脈が起きるかもしれないことから、移動に慎重であるべしとは、院内ではよく言っています。安易にCTなどを撮りに行かずに、まず復温しましょうとしています。

一方で体温計の機能もあり、直腸温でかなり低い。例えば27度や28度の場合は、もしかしたら家庭やクリニックで一般的に使用している体温計の測定可能域が違っているかもしれません。本当にそうなのかわからない場合もあると思います。

その場合は、移動のリスクもありますが、搬送してよいかと考えます。

池脇

状況によっては必ずしもearly はベターではない、ある程度復温してからのほうがいいけれども、状況によってということですね。

志賀

低体温の方は循環や呼吸が崩れていたり、意識がすごく悪い方もいらっしゃると思うので、状況によります。復温は本当に時間がかかるものですから、ベアーハガーを使っても1時間でやっと0.5度とか、そんな感じだったりします。数時間、医療機関にそういう方がいらっしゃると負担ではないかと思います。

移動が危険なこともありますが、トレードオフですね。そういうところを考えて搬送するのがいいと私は考えています。

池脇

低体温症に関してはまだまだ聞きたいことがありますが、もう一つの質問が冬眠です。冬眠もまた深い謎のように思いますが、最近はある程度解明されてきたのでしょうか。

志賀

特に哺乳類の一部では冬眠をすることがありますが、北海道大学獣医学部の坪田敏男先生に、その冬眠はどのように定義しますかとうかがいました。すると、冬眠は体温が環境温に近い新しいレベルに再調整された調節性周期性現象とのことでした。

寒くなったから体温が下がるのではなく、そろそろシーズンだなという時期に体温が自然に下がってくる。心拍数、代謝率、それらの生理機能が一緒に下がってくるけれども、内因的にパッと正常レベルの覚醒がいつでも起こりうる。そのような状態が一部の哺乳類の冬眠だとおっしゃっていました。

池脇

冬眠を惹起する何かのタンパクが内因的に出てきて、それが冬眠をドライブしているのだろうと思います。解説するのはなかなか難しいですが、冬眠の研究を介して、ヒトでも低体温療法というものがありますよね。そういったものに今後展開できる可能性はあるのでしょうか。

志賀

可能性はあるかもしれません。私はそちらをメインに研究をしていませんが、先生がおっしゃるように、シマリスの研究では冬眠タンパクというものがあり、冬眠タンパクが入ってくると、先ほどのように外気温の変化より少し前に代謝や心拍数が変わってくるということです。

別の研究では、アデノシンA1受容体アゴニストというものを脳室内に入れると、低体温で出てくる心電図のJ 波が出ずに、冬眠と同じような低体温になることがわかってきています。一部の動物においては、そのように能動的に冬眠に持っていくことができることがあります。

ただ、ヒトにおいては周期的に冬眠する動物ではありません。周期的に冬眠する動物の知見がそのままヒトに応用できるかは、臨床医の私にはわかりません。

池脇

ありがとうございました。