ドクターサロン

池田

聞き慣れない病名ですが、神経核内封入体病(NIID)に関しての質問です。この疾患はいつごろから報告されていますか。

曽根

1例目は1968年に病理解剖の結果としてアメリカから報告されています。特徴は、主に神経細胞やアストロサイトといった神経系の細胞の核の中に封入体が非常にたくさん認められる病気です。

神経系に限らず腎臓を含めた全身のいろいろな細胞に封入体が出るところが珍しいということで、まず文献報告になった病気です。

1例目の方は一時的に処女歩行までは獲得できましたが、すぐに足が不自由になり、歩けなくなってしまった。それから発達障害なども症状として出て、24歳ごろには寝たきりになってしまい、28歳で肺炎で亡くなり解剖になりました。

池田

比較的最近の病気ということですが、どの地域に多いでしょうか。

曽根

当初は欧米で似たような解剖の例がぽつぽつと報告されていました。2002年ぐらいまでは世界で30例ぐらいしか報告がなく、ほとんどが欧米からでした。

そのころから私がたまたま神経核内封入体病の患者さんを担当して、この疾患の研究に少し携わるようになりました。その結果、皮膚を採取して顕微鏡で検査すると、この疾患の診断が可能だということがわかり、報告させていただきました。

すると、実はわが国に非常に多い病気だということが明らかになり、その後、多くの方が皮膚生検をもとに診断されています。特に最近では60歳ぐらいで、認知症、歩行障害、膀胱機能障害などの自律神経の障害で発症され、それが少しずつ悪化するような経過をとる患者さんが、わが国では非常に増えてきています。

池田

最初は若い症例でしたが、日本の症例は、先ほどの認知症が中心の症状を呈する例でしょうか。

曽根

日本の症例は認知症の方が多いので、ほとんどの方が頭部MRIの検査を受けます。そうすると、Diffusionという条件で撮ったときに、神経核内封入体病に特徴的な大脳皮質と大脳白質の間が縁取られるようなかたちで、異常な高信号が見つかります。神経核内封入体病に特徴的な異常がかなり出るものですから、最近、認知症を呈する方が非常に多く診断されていますが、まれに、10代で発症される方も報告が挙がってきています。

池田

原因遺伝子はわかっているのでしょうか。

曽根

主に皮膚生検、それから認知症の方々に研究に参加していただき、原因遺伝子を探索する研究を行った結果、2019年に、NOTCH2NLC遺伝子の上にあるGGCという塩基配列が非常に長く伸びてしまっていることが明らかになりました。現在は遺伝子の検査によっても神経核内封入体病が診断できるようになっています。

一方、NOTCH2NLC遺伝子のGGCのリピート配列に関して、先ほど少しお話ししたヨーロッパで昔、診断した例を調べたところ、その遺伝子の異常が見つからなかったというような報告もあります。初期にヨーロッパで神経核内封入体病として報告のあった方々は違う病気かもしれないとも、最近はいわれています。

池田

遺伝的な起因性ではなく多様性があるということですね。

曽根

遺伝的にはどうやら人種差があるようだといわれています。

池田

もう一つ、興味深いと思ったことですが、GGCのリピートが起こることと核内に封入体ができることは、どう関係しているのでしょうか。

曽根

究極の流れはまだ未解明ですが、リピートが伸びることにより、異常なタンパク質が翻訳されるのではないか、もしくはRNAの毒性があるのではないかという、2つの説があります。

ただ、そこでどうして異常なタンパク質ができ、それが核の中にたまってしまうかといった機序については、まだわからないといったところが実情かと思います。

池田

これからの研究に委ねるということですね。

それから、もう一つ不思議なことは、先ほど先生は全身の細胞の核の中に封入体ができるとおっしゃいましたが、メインが神経系の症状が出てくるということで、この関係はどう説明されているのでしょうか。

曽根

そこが実はまだよくわかっていません。先ほど、皮膚を採取すると診断できるとお話ししましたが、皮膚に封入体ができると皮膚の病気になるかというと、今のところ、そういう報告は挙がっていません。実際、私は何人か皮膚の生検をしたことがありますが、その方が非常にひどい皮膚の疾患で苦しんでいるかというと、そういう方は一人もみえないのです。

ですから、私としては封入体が出現することと、そこの臓器が非常に強く障害されるところとは何か違う要素があり、臓器障害なり、細胞の障害なりが起こってくるのではないかと、現在考えています。

池田

先生が研究されることは、まだたくさんあり、なかなか難しいですね。

治療法について、今はどのようなことが行われているのでしょうか。

曽根

実は一つに、急性の脳炎のような症状を出す方々がみえます。これは急に頭が痛くなったり、熱が出たり、意識が朦朧となり病院に運ばれ、入院されるということですが、MRIなどを撮ると脳に浮腫がかなり認められたりします。

そういうときは、対症療法的になってしまいますが、脳の浮腫を取るような治療をすることにより、意識の改善を図ることがあります。しかし、現状としては、それがどれぐらい有効かは明確ではなく、検討はこれからです。

あとは頻繁に認められる症状として膀胱機能障害などがありますが、現状として基本的には対症療法で、いろいろな症状を緩和するような治療を行っています。

池田

なかなか難しいですね。

創薬の最前線についてはいかがですか。

曽根

私のところで、病態、治療につながるようなポイントを研究していて、少し話題になっています。特に核内封入体を構成するようなタンパク質がどういうものかを確定できれば、その生成を阻害するような物質、もしくは核酸医薬の開発につながると考え、日々努力しているところです。

もし、そういう研究に参加されたい患者さんがおられましたら、愛知医科大学にご一報いただけたらと思います。

池田

わかりました。

核内封入体自体は単純な1種類のタンパク質でできているのでしょうか。それとも、例えば認知症のタウタンパクとアミロイドβなどのように複数のもので関係しているのでしょうか。

曽根

今のところ、主に免疫染色の研究で、いろいろな種類のタンパク質で封入体が染色されるという報告がいくつかあります。ただ単に1種類のものではないだろうと考えています。

池田

ということは、原因遺伝子とGGCのリピートが長くなることと、タンパク質の集合体としての封入体ができることは、まだ直接的には解明できないということですか。

曽根

あくまでも病理学的な免疫染色での話なので、例えば核内封入体の構成タンパク質がいろいろ修飾を受けているだけかもしれません。ユビキチン・プロテアソーム系で分解されるために、いろいろなタンパク質が付加されているとか、それにまつわるシャペロン系のタンパク質がたまたま取り込まれてしまっているだけとか、可能性を考えるときりがありません。

ただ、おそらく本来は分解されるべきものが分解されずにたまっていると考えているので、そういうカスケードに関連するような分子などがどんどん凝集してしまい、核の中にたまってしまっているのではないかと考えています。

池田

先ほど、核酸医薬の話をされていました。我々も一時期、RNA干渉で、ある分子の発現を止めるという試みを行っていましたが、そういう可能性でしょうか。

曽根

GGCのリピート配列が延長しているという、遺伝子の発現が異常なものがあることはわかっているので、そういうものを阻害するような手法も、一つの選択肢かと考えています。

池田

先生が今後、研究をますます進められ、この難病の治療法を開発されることを祈念しています。ありがとうございました。