池田
桐野先生、ベーチェット病はどういう疾患でしょうか。
桐野
ベーチェット病は口腔潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚病変、目のぶどう膜炎を主体とする炎症性疾患です。それに加え腸管、神経、血管、時に関節、副睾丸、それらに炎症を繰り返すことがあります。
池田
疫学的な調査ではどのくらいの頻度で患者さんがいらっしゃるのでしょうか。
桐野
厚生労働省の研究班で行った疫学調査では、10万人当たり約20人ということがわかっています。
池田
この数は、昔も今もあまり変わらないのでしょうか。
桐野
緩やかに増えてはきていますが、あまり変わっていないと思います。
池田
昔と今の疫学調査で違いは何かあるのでしょうか。
桐野
ベーチェット病の患者さんは、以前は完全型といって先ほどの4つの主症状がそろっている患者さんが多かったのですが、最近では不全型という、4つの主症状がそろわない患者さんが増えてきています。
池田
不全型の診断基準はあるのでしょうか。
桐野
厚生労働省がつくっているベーチェット病診断基準があります。不全型の場合、皮膚病変、口腔潰瘍、外陰部潰瘍の3つがそろったタイプの患者さんと、目のぶどう膜炎プラスもう一つの主症状で診断することもあります。または、主症状2つプラス2つの特殊型の症状、副症状2つという組み合わせもあります。
池田
どれかに該当すると不全型ベーチェット病という確定診断ということになるのでしょうか。
桐野
そのとおりです。
池田
その中でも口腔潰瘍は非常に重要な位置を占めると思いますが、ベーチェット病の口腔潰瘍と、よくあるアフタ、これは違いがあるのでしょうか。
桐野
形態学的に区別するのは非常に難しいですが、ベーチェット病の患者さんでは、同時に何個もできたり、しかも大きかったり、あとはだいたい月の半分ぐらい、口内炎を持っているような患者さんも多くいます。重症度が少し違うかと考えています。
池田
数も多いし、期間も長いということですね。患者さんの自覚症状としては痛みが強いのでしょうか。
桐野
非常に強く、食事摂取に支障をきたすこともよくあります。
池田
外陰部にも潰瘍ができますが、外陰部潰瘍と口腔潰瘍は一致して見られるのでしょうか。
桐野
必ずしもそうではなく、口腔潰瘍だけのこともありますし、外陰部潰瘍に関しては、年に一度であったり、例えば何年かに一度ということもあります。頻度はかなり異なってくると思います。
池田
必ずしも連動しているわけではないのですね。逆に言うと、外陰部潰瘍はまれに出てくるということですね。
桐野
そうです。
池田
目の症状は、どのくらいの頻度で見られるのでしょうか。
桐野
日本では、ベーチェット病の患者さんの約3割にぶどう膜炎を認めます。
池田
では、一番よく見られる症状は口腔潰瘍でしょうか。
桐野
私たちの施設では99%の方に口腔潰瘍が見られます。必発の症状と考えています。
池田
症状の診断ベースとして口腔潰瘍があるようなかたちですね。
一般のアフタとベーチェット病の口腔潰瘍は、その症状だけでは鑑別は無理ということでしょうか。
桐野
1回の診察で診断を決めるのはなかなか難しいです。患者さんを追跡し、経過を見て、繰り返し大きな口腔潰瘍が出現することが確認されれば、ベーチェット病として確からしいということになると思います。
池田
ある程度の経過観察期間が必要だということですね。ベーチェット病の原因はわかっているのでしょうか。
桐野
まだわかっていませんが、環境因子と遺伝素因、両方が大事だと考えています。
池田
遺伝素因だとHLAが有名だと思いますが、この辺りの研究は進んでいるのでしょうか。
桐野
ベーチェット病はB51が非常に大事な遺伝子ですが、それに加えA26、最近ではERAP1、IL10など幾つかの疾患感受性遺伝子が見つかってきています。一番大事なのはHLA-B51です。
池田
B51というのは、診断的な価値はあるのでしょうか。
桐野
日本の一般の人口の15%が保有している、よくある白血球のかたちなので、診断的価値はないと思います。
池田
ベーチェット病の方のB51の保有率はどのくらいでしょうか。
桐野
だいたい60%といわれているので、一般の人の2倍、3倍くらいの割合で、多く保有しているのは間違いありません。
池田
病因的な価値はあるけれども、逆に健常人の15%がHLA-B51を持っているので、診断マーカーにはなれないということですね。
桐野
そのとおりです。
池田
そのほかに候補遺伝子もあるということで、単一ではないですね。多因子性疾患ということになるのでしょうか。
桐野
そのとおりです。
池田
問題なのは口腔潰瘍ですが、治療法は決まっているのでしょうか。
桐野
最初に使うことが多いのはコルヒチンです。コルヒチンは非常に安いですし、副作用もそれほどなく、かなり古くから使われているので、これを使います。
池田
それと口腔内のデキサメタゾン軟膏を使うのですね。
先ほど、ベーチェット病の場合は口腔潰瘍が月の半分はあるとうかがいました。口腔潰瘍があるときはコルヒチンを使うのでしょうが、ない時期は、コルヒチンはオフにしてしまうのでしょうか。
桐野
ケース・バイ・ケースです。コルヒチンの副作用に下痢がありますが、それがひどい人は頓用で使うこともありますし、特に下痢がないような方では毎日飲んでいる方も多いです。
池田
コルヒチンの量は増減していくのでしょうか。
桐野
だいたい1~3錠ぐらいで投与することが多いです。
池田
よくなったら、また1錠にするとか、そういうことでしょうか。
桐野
下痢があるような患者さんでは調節して量を少し減らすこともあります。
池田
口腔潰瘍がない時期も飲ませることになると、これは予防的効果もあるのでしょうか。
桐野
そう思います。
池田
コルヒチンは下痢や嘔吐といった副作用があると思いますが、ほかに何か注意すべき副作用はありますか。
桐野
コルヒチンに関しては肝障害を認めることもあります。時に白血球が減ったり、非常にまれですが、横紋筋融解症や脱毛を起こすようなこともあります。
池田
その辺はモニターしながらということですね。
もう一つ、目の症状に対しての治療にもコルヒチンを使うのでしょうか。
桐野
コルヒチンを使うことが多いですが、それだけでは不十分と考えられるので、ステロイドの点眼治療を行います。難治性の方に関して、以前はシクロスポリンを使うことが多かったですが、現在はアザチオプリンを使うことがあります。
池田
海外だとコルヒチンベースで治療されるのでしょうか。
桐野
海外では、コルヒチンは目の症状に関しては第一選択にはなっていません。まずはアザチオプリンを使うことが多いです。
池田
私が学生のときには、ベーチェット病はシルクロード病と習ったので、どちらかというと中国の向こう側から来ているような気がしますが、海外というと、どの辺を指すのでしょうか。
桐野
患者さんが一番多いのはトルコです。
池田
トルコでは、眼症状に関してアザチオプリンを使うというやり方でしょうか。
桐野
はい。不応の場合は抗TNF抗体で、これは日本でも使います。
池田
バイオロジクスということですね。そういったものが効かない場合は、最終的にどうされるのでしょうか。
桐野
TNFの抗体製剤、今は2種類使えるので、どちらかを使って替えていくことになると思います。
池田
そこまで使えば、だいたいコントロールできるということでしょうか。
桐野
そうですね。たいていの患者さんは、それでうまくいきますが、一部には、どうしても難治性の患者さんもいらっしゃいます。
池田
その辺は難しいことになりますね。
中東、トルコというと、その辺の環境は日本とだいぶ違いますが、症状として違うことがあるのでしょうか。
桐野
トルコの患者さんは日本より重症な印象があり、血管型が多いです。一方、日本では腸管型が多いです。地域により違いはあります。
池田
地域の特性があるのですね。しかし、HLA型を見るとB51が多いのでしょうか。
桐野
そのとおりです。
池田
これは世界的なのですね。
桐野
はい。
池田
ということは、遺伝的な背景は、モノトーンに近いのでしょうが、環境が違うので症状が変わってくるということですね。どうもありがとうございました。