ドクターサロン

山内

炎症性腸疾患にはクローン病もありますが、質問は潰瘍性大腸炎についてです。クローン病との間に何か違いはありますか。

酒匂

基本的に妊娠・出産に関しては、クローン病の患者さんのほうが低栄養の患者さんが多いために、栄養管理が主になりますが、出産や妊娠の管理中に問題があるといった患者さんが多くなります。

山内

クローン病のほうが、やや厄介と考えてよいのですね。

酒匂

実際にはそうですね。患者さんの数、2021年の医療費の受給者証の所持者の数はクローン病が5万人でUCが14万人と、そもそもの数がだいぶ違います。クローン病の妊婦さんに遭遇する確率がだいぶ低いということがあるかと思いますが、実際にたいへんなのはクローン病になると思います。

山内

先生の施設では潰瘍性大腸炎で妊娠された方はどれぐらいの頻度でいらっしゃるのでしょうか。

酒匂

今は年間に5~10例ぐらい、いらっしゃいます。

山内

潰瘍性大腸炎の方に限ってになりますが、活動期は、妊娠は無理と考えてよいのですね。

酒匂

私たちも基本的には、半年ぐらい寛解を維持してから妊娠してほしいという話をすることが多いですが、潰瘍性大腸炎の患者さんは便意の切迫感や、お通じのときに血が出るのを目の当たりにされます。中等症以上で妊娠を考えられる患者さんは実際には少なく、当院で調べた結果でも寛解期か軽症の患者さんが大部分になります。

山内

寛解期でも胎児あるいは妊婦さん自身にいろいろな影響があるかもしれませんね。その辺りをうかがいます。

まず、受胎率というか、不妊症になるのでしょうか。

酒匂

潰瘍性大腸炎の患者さんは、潰瘍性大腸炎という病気とその薬によって、不妊の率が上がることはないといわれています。潰瘍性大腸炎の最終的な治療として、外科治療も選択肢の一つですが、外科治療を受けられた患者さんでは受胎率が下がるという報告があります。

山内

その理由は何かあるのでしょうか。

酒匂

その理由としては、骨盤内の操作を行う手術になるので、卵管の癒着などにより、不妊が起こると考えられています。

山内

次に、胎児への影響で、その前に精子に影響があるサラゾスルファピリジンはかなり有名ですが、サラゾスルファピリジンは卵子への影響はないのでしょうか。

酒匂

卵子への影響はないと考えられています。

山内

いろいろな薬を使われていると思うので、この辺りで個々の薬の影響をもう少し教えていただきたいのですが、妊娠中に使えない薬はあるのでしょうか。

酒匂

基本的に寛解維持に使っている薬は、患者さんには継続していただいていますが、今は潰瘍性大腸炎に使える薬剤がかなり増えていて、生物学的製剤やJAK阻害剤等の使用が増加しています。現在のところ、妊婦さんに使用できない薬剤としてはJAK阻害剤とカロテグラストメチルが該当するので、それで寛解維持をしている患者さんは、薬剤の変更が必要になります。

山内

薬剤の変更でいろいろな影響、新たな影響が出てくるかもしれないし、悪化するかもしれない。この辺りはいかがでしょうか。

酒匂

例えば、JAK阻害剤で長く寛解を維持している患者さんがいらっしゃったとすると、妊娠の希望があった時点で薬の変更をします。新しい薬で寛解維持が半年以上できていて、できれば内視鏡で見ても寛解であることが確認できるようになってから妊娠を考えていただくことが、理想的ではないかと思います。

山内

適齢期の女性で妊娠も考えているケースだと、事前に薬剤を変えていくようなトライもすると考えてよいですか。

酒匂

そういう場合もあると思います。妊娠を考えていただく前に、とにかく寛解期をつくっておくことが大事なので、もしその方にJAK阻害剤が必要であれば、先にJAK阻害剤でいい状態をつくることを考える場合があるかもしれません。

そういった疾患の活動性に応じた治療というものが最優先かもしれませんが、その後でどの薬が一番安全に妊娠を継続できるかを、次の段階で考えていくことになると思います。

山内

寛解期を維持され、安定してきたと判断されるのは、先ほどありましたように半年ぐらいと考えてよいでしょうか。

酒匂

私たちの感覚でも文献でも、目安として半年といわれています。先ほど申し上げたように、内視鏡でも寛解が確認されているとよいかと思います。

山内

その時の薬の変更ですが、通常、どういった薬剤に変更されるのでしょうか。

酒匂

安全性がより確立されている薬剤に変更していくという選択肢です。同じくらいのパワーの薬剤で、安全性のより高いものに変更していく選択肢があるかと思います。

山内

具体的には古くからあるサラゾスルファピリジンのようなものになると考えてよいですか。

酒匂

そうですね。患者さんの状態によってですが、患者さんがごく軽症の場合には、基本的には5-ASA製剤やサラゾスルファピリジンでの維持が古くから行われている治療で、安全性も高いと思います。そういった薬剤で維持できていることが一番いいかと思います。

山内

そういった薬剤を使っていて、かつ寛解期であれば、まず一つは胎児の成育・発達にはほぼ支障はない。トラブルはないと考えてよいでしょうか。

酒匂

5-ASA製剤やサラゾスルファピリジン、新しい生物学的製剤も含め、寛解を維持している患者さんでは、特に赤ちゃんの大きさや赤ちゃんが早産とならないかといったことに影響はないと考えられます。

山内

安全性がかなり高いのですね。一方、母親のほうが妊娠でこの病気が再燃や悪化する場合がある。こちらはいかがでしょうか。

酒匂

先ほどクローン病にも少し触れましたが、クローン病と潰瘍性大腸炎でその辺りは少し違うといわれています。潰瘍性大腸炎の患者さんは、妊娠中と分娩後で再燃のリスクが特に上がるといわれています。

妊娠の初期だと8倍ぐらいに上がるというデータもありますが、それに対しクローン病のほうは特にその時期に再燃のリスクが高いというデータは今のところありません。寛解維持療法をきちんと続けることは、そういう意味でも大事になってくると思います。

山内

再燃したり悪化した場合には、当然ですが、途中で早産というケースも出てくるのでしょうね。

酒匂

あり得ると思います。

山内

妊婦さんが潰瘍性大腸炎で痩せているケースもあるかと思います。こういう方の経過があまりよくないことはあるのでしょうか。

酒匂

もし極端に痩せている患者さんがいらっしゃると、例えば私たちは血清のアルブミン値などをよく見ます。そういったものが明らかに低いようなケースだと、赤ちゃんの成育にも異常をきたす可能性があると思います。

ただ、当院で調べた結果では、潰瘍性大腸炎でそこまで栄養状態が悪い妊婦さんは、ここ最近はいらっしゃいません。クローン病の患者さんのデータから栄養状態が悪い方の児のアウトカムが悪いことを考えると、潰瘍性大腸炎でも栄養状態が悪い人がいれば、そこを重点的にケアしなければいけないと考えています。

山内

アルブミンをはじめとして生理的な栄養状態のマーカーが幾つかありますが、寛解期はほとんどのものが問題はなくなっていると考えてよいのですか。

酒匂

はい。潰瘍性大腸炎の患者さんでは通常そのような状態になっているかと思います。

山内

例えば、つわりのひどい方がいらっしゃいます。こういった方は、影響はあまりないのでしょうか。さらに低栄養になっていくことはないのでしょうか。

酒匂

潰瘍性大腸炎の患者さんで、とりわけ多い印象はありませんが、強い悪阻で栄養が十分にとれない患者さんは一定期間、入院で栄養管理を行ったりする場合があります。

山内

まれですが、栄養管理になる妊婦さんもいらっしゃるのですね。

酒匂

栄養管理というところまでいくと、まれかと思います。少しの間、点滴で補助するケースだと、時々ある感じだと思います。

山内

妊娠期間中の食事ですが、特別気をつけなければならないものはあるのでしょうか。

酒匂

基本的に潰瘍性大腸炎の寛解期では厳しい食事指導は必要ないので、妊婦さんであれば妊娠したので栄養の摂取をどの程度するかというように、普通の妊婦さんと同じような観点から栄養士さんに話をしてもらっていることが多いです。

山内

栄養状態が多少悪いといっても、そんなに心配はいらないと考えてよいのですね。

酒匂

潰瘍性大腸炎の患者さんでは、そこまでシビアな状態になっていくことはまれかと思います。

山内

あと、メンタル的なサポート体制は病院にあったほうがいいのでしょうね。

酒匂

当院でも理想的なことをできているかはわかりませんが、妊娠前から不安に思っていらっしゃる患者さんもいますし、場合によってはパートナーが一緒に来られたりすることもあります。

そういったときに薬の安全性も含め、安心してもらえるように、医師の側からできるだけ話すようにしていますが、場合によっては看護師などメンタル的なサポートができるスタッフがいます。話をよく聞き、不安に思われていることをはっきりさせ、対応しています。

山内

どうもありがとうございました。