山内
まず、バセドウ病の管理不良なケース、ないし気がつかなかったケースで妊娠したときの母体および子どもへの影響について教えてください。
橋本
まず、お母さんがバセドウ病に気がつかないで妊娠してしまったケース、もしくはもともとバセドウ病はあったけれども何らかの原因でコントロールが悪いときに妊娠してしまった場合、赤ちゃんのほうから見ると低出生体重児の危険があります。お母さんのほうから見ると、多いのは早産、もしくは流産。そして、妊娠が進行していった場合は妊娠高血圧症候群が多いです。
山内
特に胎児に対しての影響を注意するとは思いますが、どのくらいの頻度でしょうか。
橋本
この統計はなかなか難しいところがありますが、お母さんが、TRAb(TSHレセプター抗体)が陽性だった場合は、生まれてきた赤ちゃんの10%ぐらいに甲状腺機能異常、もしくは甲状腺腫が見つかるといわれています。お母さんの甲状腺中毒症がひどい場合は流産等で妊娠が継続できないケースのほうが多いので、もっと妊娠初期にトラブルが起こってしまうことが多いと思います。
山内
話は違いますが、妊娠初期は一過性に甲状腺機能が亢進することが知られています。これは生理的範囲内の少しの上昇ぐらいで済むものでしょうか。
橋本
おっしゃるとおりで、胎盤ができてくるときにヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が出てきますが、hCGにTSH(甲状腺刺激ホルモン)作用があるので、どうしてもお母さんの甲状腺が刺激され、甲状腺機能が亢進してしまう例があります。これは、ひとつは生理的なものとも考えられていますが、妊娠悪阻が強いお母さんはhCGのレベルが高いので、甲状腺中毒症が若干症候的になることがあります。
ただ、あまりひどくない場合では、様子を見ていれば、妊娠進行、胎盤完成とともにhCGレベルが下がってきて、甲状腺機能は正常になります。たいていの場合、我々は経過を見ているので、お母さんの動悸等がひどい場合は少量のβブロッカーなどを使うこともあります。
山内
対症療法で済むということですね。妊娠に望ましくない甲状腺機能のレベルといった目安は、学会ではあるのでしょうか。
橋本
甲状腺中毒症のレベル、例えばFree T4値やFree T3値について学会で出している基準は特にありませんが、甲状腺の機能を保つために使っている抗甲状腺薬の量は非常に問題になります。したがって、チアマゾール(MMI)で言えば5㎎を4錠以上を使っているような女性には妊娠をあまりお勧めできない状態です。
山内
機能の値自体よりも薬の量に気をつけるのですね。
橋本
そうですね。薬の量自体が多いということは、それだけコントロールの状態が悪いということです。どうしても妊娠初期はMMIが使えないものですから、それらの多くのMMIを代替しようとすると、お母さんの甲状腺機能が悪くなる。そういうことを考えると、その状態では妊娠には向いていないと判断せざるをえないと思います。
山内
これは「1錠ぐらいです」とありますが、2錠で甲状腺機能が正常のほうになかなかいかないケースがあります。こういった場合だと、いかがですか。
橋本
MMIで10㎎、いわゆる5㎎の2錠である場合は、それで落ち着いていれば比較的安全に妊娠できると考えています。ただし、妊娠初期にはMMI からPTU(チウラジール)に替えなくてはいけません。どうしてもPTUのほうが、力価が少し低いのでコントロールしにくい例はあるかもしれませんが、そこに無機ヨウ素(ヨウ化カリウム) を少し使うことにより、コントロールが得られれば、妊娠初期のコントロールは可能だと思います。
山内
ここで、薬のほうの話に戻りたいと思います。
まず、MMIは奇形児の問題でアラームが出たと思いますが、具体的にどういったものが、どの程度の頻度で起こるものでしょうか。
橋本
頻度は極めて低いですが、MMIを妊娠5週0日から9週6日、5~10週までに使うとMMI-related embryopathyといわれています。頭皮欠損、臍帯ヘルニア、後鼻腔の閉鎖、食道気管裂孔などの先天奇形が起こるといわれているので、使用は控えなければいけないと思います。
山内
かなり重篤な奇形ですね。
橋本
極めてまれですが、起こると重篤な奇形になります。
山内
薬の用量依存性はあるのでしょうか。
橋本
用量依存性についてはあまりいわれていません。したがって、たとえ1錠5㎎であっても、その時期にはMMIは使用しないほうがいいと考えています。
山内
胎児奇形は妊娠初期に使用したことによりますか。
橋本
そういうことです。
山内
具体的には、どの辺りから危ないことになっていますか。
橋本
先ほども申し上げましたが、妊娠5~10週までの極めて初期の段階です。この時期が非常にクリティカルな時期になると思います。
山内
ただ、妊娠5週というと、気がついたら5週過ぎていた、ということがけっこうあるかと思います。
橋本
おっしゃるとおりです。妊娠を希望する女性のバセドウ病の患者さんには、最初から話をうかがっておき、抗甲状腺機能亢進薬を、早めにPTUもしくは無機ヨウ素に変えておくことが極めて重要だと思います。
山内
ちなみに、欧米ではこの問題があまりあがらないように思いますが、いかがでしょうか。
橋本
まず、わが国と欧米ではバセドウ病の治療に対する概念がかなり異なっています。欧米では第一選択は放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ療法)が多く用いられています。手っ取り早いことと、アイソトープを飲んで治療をした後、半年以降は妊娠が可能とされているからです。そういうことで、第一選択が薬物療法であるわが国とは状況が異なると考えています。
山内
若い方々もアイソトープに対する抵抗感はあまりないのでしょうね。
橋本
保険制度のこともあるかと思いますが、抵抗感はあまりないようです。
山内
そのために日本ではPTUを使いましょうということですが、PTUも最近いろいろな副作用、特に血管炎といった気掛かりなものも出てきているようです。また、PTUが副作用で使えないケース、例えばアレルギーが出たりするケースはどうしたらよいでしょうか。
橋本
おっしゃるとおりで、妊娠する前のバセドウ病の治療でPTUを1回使ったけれども、軽いものであればかゆみや蕁麻疹が出てしまう。ひどいものだと重篤な肝機能障害が起こる方もいますので、そうした場合、妊娠初期には無機ヨウ素で、何とかその時期の\コントロールを図ることが大事だと思います。
そのうち妊娠が進行することにより、お母さんの免疫寛容が起き、バセドウ病もだいたいの場合はよくなるので、何とかその時期をしのぐことが重要だと思います。
山内
ただ、ヨウ化カリウムは長期的には切れ味が悪くなるとか、効かなくなるといったことも聞きますが、いかがですか。
橋本
これはいわゆるエスケープ現象というものです。ヨウ化カリウムを飲むとあまり効かなくなるエスケープ現象が起こりやすいですが、活動性のあるバセドウ病の患者さんではあまり起こらないと考えています。したがって、ある程度長期に安全に使えると、我々は考えています。
山内
あと、MMIをヨウ化カリウムに切り替える。我々は効かないときにヨウ化カリウム上乗せという経験はありますが、切り替える場合の用量調節はいかがでしょう。
橋本
MMIで10㎎、5㎎錠で2錠ぐらいであれば、おそらくヨウ化カリウム50㎎で何とかできると思います。ただ、それ以上になってくると100㎎を使うことになりますが、冒頭申し上げましたように、MMIが3錠、4錠で妊娠ということになると、コントロール不良の方が多いです。その前に、なるべくほかの方法で甲状腺機能のコントロールをつけてから妊娠をするように勧めたほうがいいと考えています。
山内
関連した話になりますが、新生児バセドウ病についてうかがいたいのですが。
橋本
お母さんが持っているTSHレセプター抗体(TRAb)は、胎盤を通して胎児の甲状腺を刺激します。そうすると赤ちゃんの甲状腺は、妊娠でいうとだいたい16~20週ぐらいからできてきます。妊娠後期のTRAbの高値は新生児のバセドウ病を起こしやすいといわれています。
妊娠20週以降に第3世代のTRAb値が10を超えている場合は、新生児バセドウ病の可能性が高いので、新生児科や産科の医師とよく連携を取り、NICUのある施設で分娩をするように勧めることが重要だと思います。
山内
かなり重篤な状態になるのですか。
橋本
きちんと準備をしていれば特に怖がる必要はありません。ただ、生まれたときに高拍出性の心不全を起こすことがあります。それはお母さんからのTRAbによるものですが、それはそのうち消えていきます。出生後1週間ぐらいをしっかり管理できるような施設であれば、特に問題はないと思います。
山内
最後に、授乳のときの注意点についてうかがいます。
橋本
PTUのほうがMMIに比べ乳汁移行率が低いので、授乳のときはPTUに変えておくほうがいいです。PTUで150㎎ぐらいであれば安全に使えます。実はMMIも10㎎ぐらいであれば、まず安全に使えると思います。
山内
授乳時の注意点としてほかにも胎児移行の問題があるかもしれません。この辺りはいかがですか。
橋本
授乳期は無機ヨウ素が使えないことがあります。お母さんの乳汁の中で濃縮されてしまい、赤ちゃんの甲状腺機能低下症を招きやすいので、無機ヨウ素が使いにくいのが注意点だと思います。
山内
授乳期のほうが、むしろコントロール管理が難しいかもしれないということですか。
橋本
そうですね。産後3カ月ぐらいになると悪くなる可能性があるので、そこは注意が必要になるかと思います。
山内
どうもありがとうございました。