池脇
おそらく産業医をされている医師からリスクアセスメント対象物健診に関しての質問をいただきました。
いろいろな事業所でいろいろな健診がある中、この春からリスクアセスメント対象物健診という新たな健診が導入されます。背景について、簡単に教えてください。
山本
職場の化学物質管理が大きく変わることになり、2024年4月より全面施行されることになっています。こういった大きな変化があった背景には、日本における職場での労働災害の発生の事例が関与しています。
2008年の後半ぐらいに、職域の化学物質に起因してがんが集積発生した事案が何件かありました。それをきっかけに、いろいろ調べてみると、今まで法律で決まっていた規制化学物質以外の物質での労働災害が起きていることが判明しました。
こうした背景から法律が改正され、リスクアセスメントをするという基本方針に基づき、その結果、必要に応じ医師などが健康診断の実施の要否やその項目に関与する、ということになりました。
池脇
職場で化学物質による健康被害が高止まりしている状況で、行政から「これとこれは気をつけて」と言える以上に多様化しているので、全体としてきちんと対応しようとしてリスクアセスメント対象物健診が始まるということです。
対象物は基本、化学物質だろうと思いますが、けっこう多いのでしょうか。
山本
リスクアセスメント対象物になる予定の化学物質は3,000種類弱が想定されていますが、すべての化学物質が職場にあるわけではありません。対象になる化学物質が職場にあるかないかが出発点になると思います。
池脇
職場で扱っている化学物質に該当するものがあった場合、リスクアセスメント対象物健診が必要かどうか、考えることになるのですか。
山本
リスクアセスメント対象物健診は従来の特殊健診とは違い、リスクアセスメントの結果に基づき、従業員の意見を聞いた上で事業者がその実施の要否を判断することになっています。従来の特殊健診は、決められた作業に従事している従業員には必ず実施することになっていましたが、今回のものはリスクアセスメントの結果に基づき要否を判断するのが大きな違いになります。
したがって、リスクアセスメントの結果、リスクが許容できない場合は健康診断をする。リスクが許容範囲内であれば、リスクアセスメント対象物健診は実施する必要はないというくくりになっています。
池脇
特殊健診は特定の業務に常に従事する場合には、一律に健康診断を受けなさいということだったのが、事業所が自律的に考え、アセスメントして、必要であれば行うとしたのですね。考え方として、法令順守型から自律型に変わったのは、大きな方針転換ですね。
山本
非常に大きな方針転換だと思います。これまでは法律どおりにやっていればよかったのですが、これからは現場の実態をしっかり把握した上で、リスクの評価に基づき対応を考えていくことが、事業者だけではなく医師の側にも求められてくると思います。
池脇
そういった物質を使っているところから始まり、従事している労働者がそのリスクにどの程度さらされているか。事業者あるいは医師も含めて評価するとなると、選任の人たちを任命してやっていくかたちになるのでしょうか。
山本
職場でのリスクアセスメントは化学物質管理者が主体となり実施することになります。医師はそれに対し必要な支援をしたり、リスクアセスメントの結果を化学物質管理者が持ってきたときに、その評価をすることが業務として関わってくると思います。
池脇
リスクアセスメントの結果、許容される以上の曝露があるかどうかで健診の実施の有無を事業所、産業医が決めるには何か客観的な指標はあるのでしょうか。
山本
客観的な指標はありません。リスクアセスメントに際しては、曝露の濃度基準値が決まっている物質の場合、それが一つの判断材料になります。そういうものが決まっていない物質の場合は、リスクアセスメントの結果により出てくるリスクレベルで判断することになっています。
大事なことは、健康診断の要否を決めるのは産業医や医師ではないということです。産業医や医師は、あくまで事業者に対し助言をする立場です。内容が医学的な内容なので、意見を聞かれることはあると思いますが、最終的な決定者は事業者になります。
池脇
これは健診制度が始まってみないと全国的な流れがどうなるのかわかりませんね。心配だからやっておこうという流れなのか、本当にきちんとリスクをアセスメントして、「やらなくていい」ときちんと言える状況判断ができるのか、なかなか難しいですね。
山本
心配だからやっておこうという考えに基づく健診の実施は、あまり推奨されていません。健康診断をしなくてもいいリスクの低い職場をつくっていくことが目標なので、どうしてもリスクを許容できないような職場環境の場合、健康診断を行い、早期発見しましょうということが目的になってきます。
池脇
これは健診をやるかやらないかというよりも、リスクアセスメントをきちんとやれるように、化学物質管理者を選任したり、有害物質から防御する保護具着用管理責任者などを選任にすることにより、職場環境をよくして将来的ながんの発生を抑えようというところが一番のポイントでしょうか。
山本
曝露を減らすことが一番のポイントです。曝露が少なければ健康影響が発生する可能性は低いので、健診の必要性も低いということになります。
池脇
それで大丈夫そうだという状況であればいいのですが、ちょっと怪しい、いよいよ対象物健診をやらなければいけないとなったときに、具体的にはどのような検査をするのでしょうか。何か指針は示されているのでしょうか。
山本
現段階では指針は出ていませんが、今後どのような情報を基にして、どのような化学品を使うことにより、どのような臓器にどういう健康影響が起きるか。それに基づき、どんなスクリーニング項目をやったらいいのか。これらの手引きのようなものを検討しています。これを近々、公開できればと思います。
池脇
事業所、医師も含め、この化学物質だったら体にどういう影響があるのか、それを自分から調べ、それに対してどのような検査をするのか、というのもけっこうな作業です。ある程度、「この化学物質はこの検査」という指針があると楽だと思いますが、今それを準備されているということですね。
山本
従来の特殊健診では、物質ごとに健診項目が決まっていました。今回はそうではなく、手引きになるようなものを見ていただきながら、健康診断の項目を決めていく手続きが必要になってきます。
池脇
これまでの職場の化学物質での健康障害、被害の臓器というと、本当に深刻なものはがんですが、皮膚障害などの表面的なものがけっこう多いと聞きました。
山本
皮膚や粘膜の障害は多く発生しています。そういった物質についても、曝露がある場合は健康診断をしましょうということでの確認が必要になってきます。
池脇
若い女性が職場にいて、妊娠などの生殖機能は、その人にとってはすごく心配なことだろうと思います。この対象物健診では、生殖毒性も区分の中に入っていますが、これは判断するのが難しそうです。
山本
リスクアセスメントをする段階では、生殖毒性に関しての評価は含まれますが、生殖毒性に関しての健康診断のやり方について、まだ社会的には十分に普及していないという背景があるので、今回は健康診断の対象から外されています。今後、そういったことが整備されれば、健診として実施することも可能だと思います。
池脇
今の先生の話を聞くと、春以降、産業医の先生方がリスクアセスメント対象物健診、イニシアチブを取って主導する立場ではないように思います。全く関わらないわけにもいかないと思いますが、どういう関わり方がよいでしょうか。
山本
多くの場合、リスクアセスメントの結果が衛生委員会等で報告されます。その結果に基づき、リスクの許容できない場合、健康診断をするしないの判断が事業者でされます。そこで健診をしましょうとなった場合、医師として、先ほど申し上げた手引きを参考にしながら、健康診断を提案していくことができればよいのではないかと思います。
池脇
うまく運用されるとよいですね。
山本
そうですね。
池脇
どうもありがとうございました。