山内
糖尿病ではない肥満症の患者さんの治療についての質問、現在話題になっているセマグルチドに関してです。
まず、セマグルチドにはオゼンピック、ウゴービがあります。ウゴービが糖尿病がない肥満症の患者さんに使えるということですが、この両者は全く同じ成分と考えてよいですね。
齋木
はい。どちらも同じセマグルチドという成分です。オゼンピックは糖尿病治療薬としてすでに発売されていて、ウゴービは肥満症治療薬として2024年に発売されました。中身は一緒ですが、用量に違いがあります。
山内
実際にはウゴービのほうが投与量を多くできるのですね。
齋木
そうです。糖尿病治療薬のセマグルチドは週1回の注射で、0.25㎎、0.5㎎、1.0㎎の3段階ですが、肥満症治療薬のほうはそれに加え1.7㎎と2.4㎎があり、体重減少効果に差がかなりあります。
糖尿病治療薬のセマグルチドはだいたい5~6%の体重減少ですが、肥満症治療薬のセマグルチドは68週間で15%程度の体重が減少すると示されています。
山内
それは最大投与量まで、とにかく下がるところまで増やした時ですね。
齋木
そうです。
山内
糖尿病ではない方に使った場合、低血糖が起こらないのでしょうか。
齋木
重要なところだと思いますが、基本的にGLP-1などのインクレチン製剤は食事をとった後の血糖値の上昇に応じ、インスリンが出るというメカニズムが原則になっています。理論上は、低血糖は起きないとされていますが、実際はほかの糖尿病治療薬を使われている場合もあるかもしれませんので、使用の際には注意すべきだと思います。
山内
適応に関して詳しいことはネットを見ていただければいくつか条件がありますので、こちらを参照していただくということですが、相当な肥満の方に対してということですね。
齋木
そのとおりです。
山内
使った場合のエビデンスに関する質問がありますが、特に体重減少効果に関して、いくつか主要な報告を紹介いただけますか。
齋木
先ほど少し申し上げましたが、68週間で15%の体重減少と、それに伴い、いろいろな代謝異常も改善することがわかっています。
しかし、それよりもインパクトがあったのはSELECT試験というもので、糖尿病がない肥満症の方に対し、肥満症治療薬のセマグルチドを使って心血管イベントを見たものです。糖尿病がない方でも20%程度、心血管イベントを抑えました。
肥満症は病気ではない、肥満症は放っておいても特に心臓病などは起きないのではないかという意見もありました。しかし、実際に肥満症治療薬のセマグルチドで高度肥満の方の体重を減らすことにより、心血管イベントを抑えたことは、インパクトのある結果だったと思います。
山内
その試験には日本人も参加していますか。
齋木
一部参加しています。
山内
民族差もこういった方面で時々挙げられますが、今後だんだんとわかってくるのでしょうか。
齋木
日本人を対象とした試験もいくつか行われており、おおむね、どの人種でも満遍なく効果があるという結果が出ています。
山内
次に、作用のメカニズムについてです。複雑なことはさておき、実際に飲んでみた患者さんが、まずどういう印象を持ち、それが体重減少にどうつながるかという辺りを解説いただけますか。
齋木
GLP-1というタンパク質は、本来は人間の小腸の下部のほうから出ているホルモンで、食事が下部小腸に達すると同部位からGLP-1が分泌され、それが膵臓に働き、インスリンを出させたり、胃の動きをゆっくりにさせたり、脳に働き満腹感をもたらしますが、GLP-1製剤は食事と関係なく血中濃度を四六時中高める薬ですから、それを投与すると理論的におなかが空かなくなります。
ただ実際、患者さんには個人差があり、快適に食欲がピタッと治まり、本当によかったという方もいますし、消化器症状が強く出てしまい、吐き気、胸やけ、便秘などが出て、続けられない方もいて、千差万別だと思います。
山内
食欲が何らかのかたちで抑えられて、あまり食べなくなるから結果として体重が減ってくるというメカニズムと考えてよいのですね。
齋木
そうですね。食べていても体重が減ることはもちろんなく、あくまでも食べる量が減り、体重が減り、いろいろなものがよくなるということだと思います。
山内
待望の薬で注目度が高いですが、患者さんへの説明には副作用や注意点が入ってくると思います。どういったものがありますか。
齋木
いま申し上げた消化器系の症状はもちろんのこと、可能性は低いですが、起こりうる重篤な副作用として膵炎があり、命にかかわることがあります。また、これは比較的体重減少の多い治療であればどの治療でも起こりえますが、胆石症などがいわれています。
また、日本ではまだあまり注目されていない、メンタルヘルスと栄養について注意が必要です。メンタルヘルス面では、海外では自殺企図・念慮が悪化したり、うつが悪化したということがいわれています。この薬を使うにあたっては、うつの調子がよくない方や、過去に自殺念慮・企図があった方は使わない、使った後にもしそういうことが起きたら直ちに中止する必要があります。
栄養面でも、食欲が減り体重が減るのはいいですが、私たちの施設で調査をしたところ、肉を食べなくなる傾向がありました。糖質はわりと食べられますが、肉を食べなくなるのでタンパク質摂取量が落ち、その結果として筋肉が落ちてしまうことがあります。
ガイドラインにも載っていますが、この薬を使う際は必ず管理栄養士の指導の下で、正しい食事を行うことが非常に重要と考えています。
山内
もう一つ、この薬は効果が著しくなってきた場合、食欲不振という方向に働かないかとの懸念もありますが、これはいかがですか。
齋木
非常に重要な指摘です。我々の施設でも拒食症のように全く食べられなくなってしまう方がごくまれにいらっしゃいます。しかも、その方が、体重が減るほうを優先してしまい、薬をやめたくないといって、トラブルのようになることがあるのですね。
メンタルヘルスの観点からも特に依存傾向の強い方には使わないように、メンタルの医師とよく連携してこの薬を使うことが重要かと思います。
山内
マジンドールの処方の希望があった場合は併用してもいいかという質問ですが、これはどうですか。
齋木
マジンドールは30年ほど前からあり、今まで日本で唯一の抗肥満薬として用いられてきましたが、処方制限が強く、あまり使われていないと思います。
ただ、使ったことがある方はわかると思いますが、一部の患者さんには非常によく効く薬です。セマグルチドとの併用に関しては機序が違うので、使っていけないことはありません。
マジンドールは漫然と使うと血糖が上がったり、血圧が少し上がったりするので、その辺りをよくモニタリングしながら使っていただくのがよいと思います。
山内
小児の肥満症に対しても今後、同様の薬が出てくることがありますか。
齋木
特に高度肥満症の患者さんでは小児のころから肥満の方が非常に多く、しかも、そういった方のほうが食欲中枢の問題や体重そのものの重症度も非常に強いので、小児肥満の方に薬物治療ができるようになることは、私たちも望むところではあります。
アメリカでは12歳以上の小児にリラグルチドが抗肥満薬として使用できます。
また、糖尿病治療薬のセマグルチドはRCTが終了して、いい成績が出たことから、今後おそらく認可されると思います。しかし、日本ではアメリカと同様にそれが認められるかというと、小児肥満はマイナーでニッチな領域と認識されているので、難しいかもしれませんが、期待されるところではあると思います。
山内
最後に、現時点では処方制限があり、処方できる施設が非常に限られていることは先生方に知っておいていただきたいですね。
齋木
そうですね。肥満症治療薬は期待されていますが、本当に久しぶりの薬なので、学会もメーカーも慎重になっているところです。特に美容系の自費診療のほうに薬が流れていかないようにとか、不適切な使用が起こらないようになど、施設基準などが非常に厳しく設定されています。
基本的には各種専門の糖尿病学会、肥満学会を含めた学会に属している認定施設であることや、しっかりと管理栄養士の指導ができる施設とか、ある程度総合病院の機能を持っている病院とか、そういったもろもろの条件を備えた病院でしか処方できません。また、6カ月の食事・運動療法をしっかりと行う、すでに生活習慣病の薬物治療を受けているなど、いろいろな条件があります。
しかも、現状では施設や流通にそれ以上の制限をかけているので、肥満症治療薬のセマグルチドは日本ではなかなか用いにくい薬になってしまっていますが、そういう事情があることをご理解いただければと思います。
山内
どうもありがとうございました。