池脇
女性の乳がんについて質問をいただきました。
調べたところ、この40年間の女性のがんの数は、乳がんだけ飛び抜けて右肩上がりで、40年間でだいたい3倍に増え、今や女性のがんとしてはナンバーワンになっています。ただ、死亡という観点でいうと上から4番目なので、かかりはするけれども克服できるがんかと思いましたが、どうでしょうか。
川瀬
早期発見されると、ステージ0、ステージ1の場合は、10年生存率がほぼ100%で通常の人とほとんど変わりません。ところが、死亡数も経年的に増えています。ということは、まだまだ克服できるがんではないということになります。
池脇
一部の患者さんでは本当に早期発見されて医師もあまり苦労しないで治療できても、たいへんな乳がんの患者さんはたくさんいるということですね。
川瀬
そういうことです。
池脇
それを先生方が実際に治療されていますが、がんの治療は外科治療、全身治療、放射線治療など、基本はいろいろなものを組み合わせて治療するのでしょうか。
川瀬
はい。乳がんの基本は集学的な治療になります。ですから、非浸潤がんといって腺房や乳管から出ていない、ごく早期のがんは手術すれば治りますが、浸潤といって腺房や乳管から外に出ているときはリンパ節や血管に入り、全身に転移する可能性があるので、基本的には手術と全身治療の組み合わせになります。
池脇
まず、がんが見つかり、手術できるということは、ある一定の範囲にとどまっているからこそ手術できる。逆に手術して、断片にがんがネガティブであれば、それで終わりのようなイメージがあります。先生方はそういう症例でも全身治療、抗がん剤は必ず一緒に行うという考えでしょうか。
川瀬
全身治療に関しては、浸潤があるという段階で、目に見えないものがもう全身に広がっていると考えます。ですから、浸潤の程度、すなわち腫瘍の大きさによっても違いますが、基本的にはそういった全身治療を組み合わせることになります。それは抗がん剤だけではなく、いろいろな治療法があることになります。
池脇
それはこの後、解説していただきますが、乳がんの中には遺伝的な乳がんもあるのですね。
川瀬
はい。いまわかっている代表的な遺伝子としてはBRCAといって、遺伝子を修復する遺伝子になります。BRCA1、BRCA2の変異がある家系は、家族性のもの、遺伝的な関係があるのは、乳がんの約10%、その中の1/4ぐらいは、そういった遺伝子の変異があるといわれています。
そして今、遺伝子の変異を見る検査があります。ある程度そういった遺伝子のかかわりが疑われる方は、そういった検査も保険適用内でできるようになっています。
池脇
乳がんの好発年齢は比較的若く、40代、50代、せいぜい60代。中でも遺伝子による乳がんは、比較的若い人でしょうか。
川瀬
そうですね。ただ、20代、30代といった若い発症も比較的多いですが、それほど若くない発症もあります。
池脇
これは卵巣がんともリンクしているから、両方にがんができやすいと考えていいのですね。
川瀬
はい。遺伝性の乳がんの場合、すでに遺伝子に傷がついていることになります。例えば、遺伝の卵巣がん、それだけではなく前立腺がん、膵臓がんなども多いことがわかっています。
池脇
そういう患者さんで遺伝子変異があるとなると、今のがんに関してはきちんと治療できたとしても、その後、ほかのところにがんができるリスクが高いので、より注意深く観察しなければいけませんね。
川瀬
そうですね。予防的な卵巣卵管切除は生命を延長させることがわかっているので、推奨される治療になっています。
池脇
先ほど先生が言われた全身的な治療ですが、乳がんには出てくるタンパクがいろいろとあり、どのタンパクが出ているかにより、どういう治療をするかがきちんと決められているのですね。
川瀬
そうですね。一番大事なのはエストロゲンとプロゲステロン受容体になりますが、そのホルモン受容体が出現しているか。それから、HER2が出現しているか。増殖を見る指標であるKi67の増殖力が高いかどうか。そういった観点から、その出現の仕方により、いろいろなタイプに分かれてきます。ホルモンがすごく出現しているタイプ、HER2が出現しているタイプ、何も出ていないタイプに、だいたい分かれます。
池脇
複雑すぎて、どういう原則があるのかと思いますが、一つ言えそうなこととしては、女性ホルモン受容体が出ている場合にはホルモン剤なのでしょうか。
川瀬
ホルモン剤というか、ホルモンの受容体があるということは、エストロゲンというホルモンがその受容体にくっつくと細胞が増殖するということです。ですから、エストロゲンの影響をなくすことが、ホルモンの受容体陽性に対する乳がんの治療になります。
池脇
もう一つ、HER2が出ている場合には分子標的薬が使われているようですが、これも正しいのでしょうか。
川瀬
HER2は上皮増殖因子といって、細胞の表面にあるタンパクですが、それ同士がくっつくと増殖する指令が出ます。その分子をくっつけなくするのが分子標的薬で、抗HER2抗体と呼ばれます。
それからHER2、HER3もくっつくのが影響するので、そちらも分子標的薬として、抗HER2、抗HER3抗体と、いろいろな種類が出てきています。
池脇
そしてKi67ですが、これが一番悪そうな気がします。これが出ているときには、基本的には抗がん剤が使われているようですね。
川瀬
Ki67は出ている、出ていないというより、その増殖力が高い場合は陽性率が高いということで、その場合は抗がん剤を使います。それから、ホルモンの受容体がなく、HER2も陰性の場合は抗がん剤しかありません。あと、HER2が出ている場合は、基本的に抗がん剤との併用になります。
池脇
乳がんの患者さんを診断した後は、手術を行うかどうか、そして治療をどうするかとなると、こういったタンパクの出現の程度を調べないといけないのですね。
川瀬
はい。基本的に最初に腫瘍のバイオプシーをした場合、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2、Ki67はルーティンで調べる検査になります。
池脇
次に、手術に関してですが、以前に比べて、乳房の温存、全切除、再建など、患者さんにより選ぶオプションが増えたように思いますがいかがでしょうか。
川瀬
手術は一時期、温存療法が増えましたが、BRCA陽性の場合は全部取ったほうがいいこともわかっています。再建の方法も進歩してきたので、無理して温存するよりも、全摘をして再建したほうが整容的にいいということで、再建を利用した全切除も増えてきています。
池脇
例えば再建するとなったときは、先生方が再建されるのですか。それとも形成外科の医師が行うのでしょうか。
川瀬
施設基準があり、その施設を登録して、責任医師として切除できる医師、再建する医師の2人が共同して行うことが、オンコプラスティックサージャリー学会で推奨されています。そういった施設基準と責任医師の資格を取ることが必要になります。
池脇
がんは、どこのがんでも進行してしまうとたいへんですし、治療費も高額になってしまいます。できれば早期に発見するのが一番いいと思いますが、外来で患者さんを診ておられる医師が早期発見に貢献できることはないでしょうか。
川瀬
一番大切なのは、女性はどなたでも乳がんになりやすい、ということを理解することです。年を取ったからならないということはないのですね。ですから、自分の乳房をしっかりチェックする習慣をつけていただく。
それから、開業医は、やりにくいかもしれませんが、例えば聴診のときに乳腺に異常がないかどうかを診ていただく。それから、皆さんに乳がんの検診を推奨していただく。そういうことが非常に大事だと思います。
池脇
確かに、コロナになってから私もあまり聴診しなくなりましたが、そういう意味では聴診は大事ですね。
川瀬
非常に大事です。
池脇
ありがとうございました。