国際学会での発表と聞くと、多くの方が「口頭発表」oral presentationをイメージすることと思いますが、実際にoral presentationとして採択される演題はごくわずかであり、多くの演題は「ポスター発表」poster presentationとして採択されるのが現実です。特に若い医師にとって最初の発表形式はposter presentationになることがほとんどであり、読者の皆様にも「自分も国際学会でのデビューはポスター発表だった」という方が多いと思われます。
このように多くの方が経験しているposter presentationですが、その発表方法を大学や大学院でしっかりと学んだという方は少ないのではないでしょうか? oral presentationでは「座長」chairが発表時間と質疑応答を管理する中、発表者は一定の形式で発表を行います。しかしposter presentationではchairもおらず、発表者はポスターの前を自由に通行する聴衆と双方向でのコミュニケーションを取ることが求められます。
もちろん学術集会によってはposter presentationにおいても審査員の前で制限時間以内に発表するという形式もあります。その場合は「ポスターをスライドとして使うoral presentation」と考えて、1)Introduction、2)Methods、3)Results、and 4)Discussionという通常のoral presentationの形式で発表すれば良いのです。ただしその場合でも審査の時間以外では、ポスターの前を通る聴衆と双方向でのコミュニケーションを取ることが求められます。
ではposter presentationにおいて求められる「双方向でのコミュニケーション」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
私はこれまで数多くの学生や若い医師たちのposter presentationを指導してきましたが、poster presentationで求められる「双方向でのコミュニケーション」においては、「聴衆の質問に答える」ことと「研究の重要性を短時間で伝える」ことの2点が重要になると考えています。
「聴衆の質問に答える」という点では、ChatGPTなどの生成系AIを用いて質問を事前に予想するなど、ある程度の準備をすることは可能です。具体的には“Make a list of possible questions from other researchers to the following abstract:”と入力し、その後に自分のposter presentationの抄録を入力すれば、どのような質問が聴衆から尋ねられるのかを例示してくれます。ただ実際にどのような質問が寄せられるかを完全に予想することはできませんし、予想外の質問を受けること自体が学術集会における価値ある体験とも言えます。つまり「聴衆の質問に答える」という点においては、事前の準備はそれほど重要ではなく、むしろ現場での不確実性を楽しむという姿勢で挑むほうが良い結果をもたらすとも言えます。
これに対して「研究の重要性を短時間で伝える」という点では、事前の準備が重要となります。この準備が不十分であれば研究の魅力が十分に伝わらないだけでなく、そもそも聴衆はその研究に興味すら持ってくれません。しかし日本の医師の多くはこの「研究の重要性を短時間で伝える」ということがどのようなことなのか、具体的に理解していないと思われます。多くの方は「短時間で伝えるならば、結論だけを説明すればいいのではないか」と考えていますが、そういうわけではありません。
「研究の重要性を短時間で伝える」という点で参考になるのが、ビジネスの世界で使われるelevator pitchというプレゼンテーション方法です。これは忙しい上司に対しエレベーターに乗っているわずかな時間でプレゼンテーションをして説得し、決済を取るというプレゼンテーション方法であり、英語圏のビジネス現場ではこのelevator pitchは必須のスキルと考えられています。ですからポスター発表でもこのelevator pitchを使い、聴衆の興味関心に合わせて「30秒」「1分」「3分」という3つの形式で研究の要点を話す練習が必要になります。
最初に練習する形式としてお勧めなのが、3つの中で最も長い「3分」でのelevator pitchです。そしてここで参考になるのが3MTという発表形式です。
3MTとはThree Minute Thesisの略で、「<博士論文の研究発表を3分間で行う」という豪州クイーンズランド大学発祥の発表形式です。皆さんご存じのとおり、大学院で取得する学位にはMaster「修士」とDoctor of Philosophy(PhD)「博士」の2種類がありますが、欧州や豪州では「修士論文」をdissertationと、そして「博士論文」をthesisと呼びます(ただし米国ではこれが逆になり、「修士論文」をthesis、「博士論文」をdissertationと呼びます)。そして学位取得のための「口頭試問」をvivaやdefenseと呼びます。
豪州の大学院では博士号の学位取得のための正規のvivaやdefenseとは別に、大学院生たちが自分たちの研究内容を専門外の人にわかりやすく伝えるという発表会を行うのですが、それを3分間で実施しようとして始まったのがこの3MTなのです。今ではこの3MTは豪州だけでなく世界中に広がり、分野を問わずどんな研究者にも「短い時間で一般の方に自身の研究の重要性をわかりやすく伝える能力」が求められています。
通常の医学系の研究のAbstract「抄録」はBackground → Methods → Results → Conclusionsという構造になっています。しかし3MTにおいては研究に関する背景知識のない人が聴衆ですので、abstractの4項目の中で最も時間をかけて話すべきはBackground「背景」となります。ですから一般的な3MTではこのBackgroundをさらに4項目に分解して、全体として下記の7項目で説明することとなります。
1)Opening:最初の「掴み」
2)Explain the key word:研究のキーワードの説明
3)Describe the issue:研究が解決する問題の説明
4)Research question:研究が解明する疑問
5)Methods:方法
6)Results:結果
7)Take-home messages:結論
この中で1~4の項目は研究のBackgroundを分解したものですが、7番目のTake-home messagesとは何なのでしょう? これはConclusions「結論」をplain English「わかりやすい英語」で言い換えたものです。論文ではConclusionsをformal Englishで書きますが、それをそのまま使っても聴衆は「それって具体的にはどういうこと?」と考え、頭の中でplain English に変換する必要に迫られます。聴衆が自分の頭の中で変換する必要があるのなら、初めからplain Englishに変換しておいたほうが聴衆にとって親切と言えます。まずはこの7項目を3分間で説明するelevator pitchを練習しましょう。
「1分」でのelevator pitchでは、上記7項目のうち3、4、5、and 7を組み合わせて説明します。一般的に重視すべきはResultsよりも、どのような研究手法を選んだかを説明するMethodsですので、「1分」程度でのelevator pitchにおいてはResultsに細かく言及せず、その概要をTake-home messages に組み込む程度にしておくと良いでしょう。
そして聴衆から“Tell me about your research.”のように言われた場合、「30秒」以内で4. Research questionと7. Take-home messagesの2点を組み合わせて要領良く伝えるようにしましょう。
このように「3分」でのelevator pitchを基本として、そこから重要度が低いものを削ぎ落とす形で「1分」と「30秒」の形式でのelevator pitchを作り、それを何度も反復練習します。こうすることで「研究の重要性を短時間で伝える」ことが可能となります。またポスターのレイアウトにも少し工夫を加えましょう。多くの方はポスター発表のTitle「題名」を一番目立つ場所に配置していますが、私はそれをお奨めしません。もちろんTitleそのものはポスターに載せなければならないのですが、聴衆の目を引くためにはConclusionsをわかりやすく言い換えたTake-home messagesを一番目立つところに大きく記載すべきです。ポスター全体はこのTake-home messages を伝えるための1枚の絵としてレイアウトされるべきであり、ポスター全体において文字が占める割合は20%、図や表は40%、そして余白が残りの40%程度となるように配置しましょう。また文字を少なくするためにはインフォグラフィックやピクトグラムといったイメージを使い、印象を良くするためにできるだけ質の高い紙かソフトクロスに印刷するようにしましょう。
Figures「図」やTables「表」にもちょっとした工夫が必要です。多くの発表者はこのfiguresやtablesの説明文に、論文で使うときと同じように図や表のtitleをつけています。しかし聴衆の認知的な負荷を減らすためにもそれぞれのfigureやtableでどんなことが言いたいのかを具体的にわかりやすく説明したpunchlineをつけるほうが効率的です。このpunchlineをつけることによって、それぞれのfigureやtableを使った説明は格段に伝わりやすくなるはずです。
発表当日はポスターを遮らない位置に立ち、まずは「聴衆の質問に答える」ということに意識を集中させましょう。聴衆から質問がなく、「研究の重要性を短時間で伝える」必要がある場合には、それぞれの聴衆の興味の程度に応じて「30秒」か「1分」のelevator pitchで説明しましょう。「3分」のelevator pitchを披露する機会は実際にはそれほどありませんが、ポスター発表の開始時間でまだ聴衆が多くない時間帯に、知り合いに「サクラ」となって集まってもらって「3分」のelevator pitch を披露すると本物の聴衆が集まってくるでしょう。また目の前で話を聞いている聴衆だけでなく、その後ろに立っていて説明を聞いている聴衆にも意識を向けることが大切です。目の前の聴衆がいなくなった後で、次の聴衆がどこから話を聞いていたのかにも注意を払って話を続けることで、聴衆が途絶えない素晴らしいposter presentationとなることでしょう。
このようにposter presentationは様々な点でoral presentationとは異なります。もしも読者の皆さんがご自身でposter presentationを行ったり、若手医師のposter presentationの指導をする必要がある場合、今回ご紹介した方法をぜひ試してみてください。きっとこれまでとは違った形でposter presentation を楽しめることと思います。
知って楽しい「
第33回 英語でのポスター発表
国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター教授
国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」分野責任者
日本医学英語教育学会理事
押味 貴之 先生