大西
藤城先生にご企画いただきました「消化管疾患治療の最新情報」の最終回は「消化管疾患治療の将来」というテーマでうかがいます。
ウィズコロナからポストコロナに移行していくと思いますが、消化管疾患の診療に何か影響を及ぼしているようなことはありますか。
藤城
コロナパンデミックになったときは内視鏡診療が抑えられ、その影響でステージが進んだ段階で消化管のがんが見つかるようなことが全世界的に起こりました。日本では検診がストップしたので、そういう影響もあったと思います。いまコロナがやっと落ち着いてきて、検診も軌道に乗り始め、従来のかたちに戻ってきていると思います。
大西
確かに、非常にたいへんな時期がありました。学会の形式もかなり変わってきたのではないかと思いますが、今はどのような状況ですか。
藤城
今はハイブリッドでの開催が一般的になってきています。特に働き方改革の問題もあるので、全国から1カ所に集まり、みなで対面で行う時代から、一部もしくは発表者は対面で対応するけれども、聴衆はオンラインで入っていただくなど、オンデマンドでの形式もかなり行われるようになってきました。
大西
ゆっくり聞くこともできますし、かえって便利な面もありますね。
藤城
はい。昔は自分のセッションと隣のセッションが重なっていて、聞けないことがありました。
大西
いまは生活習慣や社会構造がだいぶ変化してきて、消化管疾患のいろいろな構造というか、種類も変わってきているように思いますが、その辺りの状況はいかがですか。
藤城
いわゆる生活習慣にかかわるような疾患が増えてきている印象をもっています。逆流性食道炎が増えてきたり、便秘症や下痢症といったストレスに伴って起こってくるような消化器機能性の要素が強い疾患、さらには慢性炎症に伴う炎症性腸疾患のように、原因もまだ定かでない部分もある病気も増えてきているかと思います。
あとは非常に高齢者が増えている状況があり、消化管関係では高齢者に特有の憩室出血のような疾患が増えています。
大西
高齢者の憩室出血は多いですね。
藤城
非常に増えていて、緊急内視鏡で止血術をするようなことも増えてきています。
大西
高齢の方はたくさんいろいろな薬を飲んでいますが、そういうのもけっこう影響していますね。
藤城
そうですね。ポリファーマシーは一つ大きな問題かと思います。消化器症状を生み出してしまい、原因がよくわからないけれど薬をやめたらよくなったりすることもあります。あと、抗血栓薬などの使用により、消化管の粘膜障害を起こしたり、出血を助長したりといったことも起こっていると思います。
大西
日本人の女性に大腸がんが増えているという現状を教えていただけますか。
藤城
確かに、大腸がんはまだ増えています。大腸がん検診は40歳以上の方に関しては便潜血で行われています。日本は大腸内視鏡へのアクセスがいいはずですが、特に女性の高齢者の大腸がんは増えている現状があります。大腸内視鏡が恥ずかしい、以前つらい思いをした、つらいと聞いているなどを理由に検査を受けないような方が、実は大腸がんを持っていて、遅れて発見されるようなこともあります。
大西
検診は便潜血がスタンダードになっていますが、いかがですか。
藤城
人間ドックだと3D-CTのようなかたちですね。CTコロノグラフィーのようなものもいま入ってきていますし、そういうものに代替されていく可能性はあると思います。
あとカプセル内視鏡なども、保険上は通常の大腸内視鏡で挿入が困難な方に使われるようになっていますが、検診の世界ではそういう縛りもありません。もし通常の内視鏡がつらくて毛嫌いする方は、違う手段でも大腸を調べたほうがいいでしょうし、未来を考えるとそういう人にやさしい大腸がんの診断というようなものに移行していくのではないかと思います。
大西
大腸がんが増えているのは高齢化が進んでいるのと同時に、食生活も影響しているのですか。
藤城
まずは大腸がんの原因である大腸ポリープ、腺腫を切除することにより大腸がんが抑制できるという話があるので、通常の内視鏡を受けていただき、早い段階で腺腫を取ることは一つあると思いますが、それをやっていないということ。あとは生活の欧米化、食事内容も赤身のお肉やお酒はリスクといわれていますし、運動不足もそのひとつです。
女性の高齢者に増えていることに関しての原因はわかりませんが、内視鏡を受けていただく機会が少ないことが原因かもしれません。
大西
胃がんは、日本では多かったですけれども、ピロリ菌の除菌でだいぶ減ってきています。その辺りはどのような状況ですか。
藤城
東京大学病院の話をすると、まだ決して減っている感じではないですが、減少傾向というのはひしひしと感じます。病院、クリニックの医師から紹介していただき、今の数を維持していますが、減ってきているのは全国的にいえることだと思います。
大西
除菌も進歩しているのでしょうか。
藤城
保険上は2次除菌までですが、3次除菌のようなものも自費診療等でできる時代になっています。
大西
研究的な話もうかがいたいのですが、腸内細菌叢が非常に重要だということで、いろいろな医師が研究されていると思います。その研究の状況はいかがですか。
藤城
糞便移植に関しては、クロストリジオイデス・ディフィシル腸炎に対し非常に有用だというデータが海外から出てかなり注目を集めるようになりました。日本でもいま先進医療として行われていて、その有用性を検証している段階かと思います。
さらに、消化管の中でも炎症性腸疾患。これも、ディスバイオーシスという腸内細菌のバランスが崩れることにより発症するのではないかということで、研究段階ではありますが、いまは糞便移植も行われています。
大西
腸内細菌が非常に重要ということですが、普段の生活ではどういうことに気をつけたらいいですか。
藤城
バランスよい食事をとっていただくことと、快食・快便になるように自分でコントロールしていただく。それぞれの人にとって適切な腸内細菌の状態があると思います。ある人にとって有用であったものが、ある人には実は効果があまりない、もしくは悪いほうに働くこともありうるかもしれない。まだそこまで十分な科学的な根拠が得られていない状況です。ただ、一般的にいいとされている善玉菌といわれるようなものは、私もときどき摂取するようにしています。
大西
バイオマーカーの研究、開発状況はどうですか。
藤城
腫瘍に関しては、血液中にある様々なバイオマーカーを診断に用いようという話があります。circulating、循環している微量の腫瘍細胞そのものに含まれており、血液に流れ出ているDNAを捉えようとか、腫瘍が出しているエクソソームのようなものを捉えようとか、そのような研究は行われてきています。
早期のものに対してはまだ難しいと私自身は思っていますが、進行したものに関してはかなりの精度で、腫瘍があるかないかを見つけることができるようになってきていると思います。
あと、がんの個別化医療という点から言うと、進行がんに対してどのようながん薬物療法を行ったらいいかについて、分子標的薬を選ぶときにも、その腫瘍がどういう分子を発現しているかを見るようになってきていると思いますが、それがさらに加速していくのではないか。血中に出ているような遺伝子情報を調べることにより、直接腫瘍組織から採らなくても、腫瘍の存在診断ができるようなことが、近い将来どんどん広がっていくのではないかと思います。
大西
iPSは消化器領域では何か研究されているのでしょうか。
藤城
研究自体はいろいろされていますが、なかなか実際の診療の場には出てきていません。消化管領域では例えば小腸や大腸の再生などが研究されています。ただ、まだまだ実験段階かと思います。
大西
どうもありがとうございました。