ドクターサロン

多田

山口先生は大腸がんの新薬開発に向け、治験を積極的に進められ、大腸癌治療ガイドラインの薬物療法作成に強く関与されています。わが国において大腸がんは男女ともに持病率、死亡率が高い疾患です。まず、大腸がんの治療戦略における薬物療法の位置づけ、目的についてお話しいただきたいと思います。

山口

抗がん剤を使う状況は2つあります。一つは治癒を目指すための抗がん剤として、術前化学療法や術後の補助療法等、手術と組み合わせて治癒率を上げるために使う場合です。

もう一つは延命的に寿命を稼ぐために抗がん剤投与を行う場合ですが、これはひとつめと考え方が少し違い、期間を決めず、気長に抗がん剤に付き合いながら、命を繋いでもらうかたちの治療戦略になります。

多田

まず、術後の補助化学療法について教えていただけますか。

山口

基本的には、ステージⅡにおいてはハイリスク。ステージⅢ、場合によってはステージⅣで、手術で腫瘍を取りきれた患者さんに対し、術後に原則6カ月のフッ化ピリミジン系とオキサリプラチンの併用を行います。

その中の大きく2つはFOLFOX療法という点滴で行う場合と、昔はXELOXと言っていましたが、経口のカペシタビンと点滴のオキサリプラチンを併用するCapeOXがあります。このCapeOXで6カ月行う場合の、大きく2つに分かれています。

多田

3カ月の方法もあるという話も聞きました。

山口

オキサリプラチンを6カ月使用するとしびれを起こしてしまうことがけっこうあり、投薬をやめた後も長期にしびれが残るといった問題点から、いかに副作用を軽減させるかを目的に、世界的な臨床試験で3カ月投与と6カ月投与の比較が行われました。

その結果から、投薬を3カ月に短縮しても5年生存率は1~2%しか下がらないので、その方が臨床的にベネフィットがあるのだろうということから、3カ月がとられることが多くなっています。

多田

その場合はCapeOXを使う場合が多いですね。

山口

多いです。

多田

実際に転移が見つかって切除しきれないステージⅣの場合は、いかなる戦略をもって薬物療法を開始すればよいでしょうか。

山口

補助療法のときは分子標的薬が使われませんが、転移再発、切除不能の場合は殺細胞性抗がん剤と分子標的薬の併用になります。カレーに例えるとライスとルウという感じで、ベースになる抗がん剤がライスで、そこはだいたいフッ化ピリミジン系とオキサリプラチン、ないしはフッ化ピリミジン系とイリノテカンと固定されています。

それに対し分子マーカーを見ながら、ベバシズマブを併用する場合、それからセツキシマブ、パニツムマブを併用する場合に分かれてファーストラインは組まれています。

多田

細胞のレセプターなどに対しての抗体療法のようなものでしょうか。

山口

ベバシズマブとセツキシマブ、パニツムマブの大きな違いは、ターゲットの違いもありますが、ベバシズマブは液性因子であるVEGF-Aを血中から取り除くかたちの抗体です。

セツキシマブ、パニツムマブはがん細胞表面に出ているEGFRに対してくっつき、そのシグナルを抑制することにより、有効性を発揮する薬です。

多田

先生が実際にがん患者をご覧になった場合、マーカーや治療法の選択をするなかで、分子生物学的なこと、ゲノムのチェックなども行われるのですか。

山口

ガイドラインでも治療のアルゴリズムとして記載していますが、分子マーカーを見る前に、まず患者さんが化学療法に耐えられるかどうか、ないしは受ける意欲があるかどうかを確認します。

状態がいいときに、初めて分子マーカーを調べます。今は最初にRASとBRAFという遺伝子変異、それからマイクロサテライト不安定性、場合によってはHER2の免疫染色。それらを調べた上で治療戦略を決めています。

多田

それぞれに対し治療薬、化学療法剤があるということでしょうか。

山口

それぞれというほどのものはないのですが、1つずつ治療戦略と予後が変わってくるので、それを踏まえた上で治療を組んでいくことになります。

多田

本庶佑先生が見つけたような、免疫チェックポイント阻害薬のようなものは、どういうかたちで使えばよいでしょうか。

山口

ニボルマブのフェーズⅠが行われたときに、大腸がんの患者さんも入っていました。そのときの臨床試験では有効性があまりなく、1例だけ効いたと報告されています。その1例が、マイクロサテライト不安定性が陽性だった患者さんです。

大腸がんにおけるマイクロサテライト不安定性は、3~5%ぐらいの人が陽性といわれていますが、このような患者さんは、がんができる最初の過程で、我々の細胞が持っている遺伝子の傷を治す機能が先にやられることにより、がん化します。

こういった患者さんは遺伝子の傷を治せないことから、様々な遺伝子の傷にがん細胞が蓄積し、異常たんぱくを持つために免疫の攻撃を受けやすいのです。こういった患者さんにおいては、本庶佑先生が開発されたPD-L1阻害剤のニボルマブ等が効くといわれています。

多田

おそらく家族的にそういうものが集簇していることもあるのでしょうか。

山口

マイクロサテライト不安定性陽性の大腸がんにおいては大きく2つあり、家族性因子により起こる若年主体のものと、年齢を重ねた方に起きやすい、たんぱくのプロモーター領域のメチル化が原因で、MLH1の発現が落ちることによって起きるものがあります。

ただ、抗がん剤や分子標的薬の効き方はほぼ一緒といわれていますが、臨床現場においては違いがあります。若年でMSI-Highの患者さんにおいては、当然その方の治療だけでなく、できれば家族診断をし、未発症の患者さんに対しても適切なサーベイランスを行うという治療戦略を組みます。高齢の方で家族歴と関係ないものであれば、その人の治療に専念するかたちをとります。

多田

効く患者さんは少ないでしょうが、家族にもベネフィットがつながるということでしょうね。

その場合、普通の抗がん剤は使わないのでしょうか。

山口

普通の抗がん剤が、マイクロサテライト不安定性陽性の大腸がんの患者さんでは有効性が乏しいとはいわれていますが、効かないわけではありません。

通常はマイクロサテライト不安定性陽性診断がついたら、まず保険上、ファーストラインならペムブロリズマブを使います。2次治療ならペムブロリズマブ、ニボルマブ、ニボルマブ+イピリムマブという3つの選択があります。

ですから殺細胞性薬剤は通常、こういった免疫チェックポイント阻害薬を使った後の選択になります。

多田

バイオマーカーの検出についてですが、これは医療保険上、認められているのでしょうか。

山口

認められています。

もう一つ、実は遺伝子を調べるために重要な武器になっているパネル検査があります。これは今のところ、標準治療が終わった後というかたちになっています。しかし、標準治療が終わってから情報が得られても、患者さんのベネフィットになかなかつながらないということで、我々ガイドライン委員としては、1次治療がかなり進行した、ないしは2次治療に移る段階でパネル検査を出し、情報をそろえた上で治療したほうがよいでしょうというステートメントを出しています。

多田

これも保険上も認められるのですね。

山口

ガイドライン等を参照して使ってくださいと書いてあるので、ガイドラインに記載することにより、保険で使いやすくする環境をつくっています。

多田

その際は、HER2といったバイオマーカーについても一緒に測るのですか。

山口

HER2を最初に測るべきかどうかは、今回のガイドラインの記載のときにも議論がかなりありました。それは、HER2が陽性だった場合、RASの遺伝子が野生型でなければ、その後で選択できるハーセプチン、トラスツズマブとペルツズマブの併用療法が効かないからです。

本来だと、医療コストを考えたら、RASの変異を見た上でHER2を調べたほうがいいと思われるのですが、組織は病理の技師さんが面出しといって、きちんとがん細胞がたくさんあるところを削って出してオーダーするので、ロスが大きいです。

何回かに分けて出すと、人的なエネルギーのロスと組織のロスが大きいため、ガイドラインでは、金銭的な問題が多少あったとしても、先に調べたほうが、情報をもとに治療戦略を立てることができてやりやすいだろうということで、最初に調べましょうというステートメントにしています。

多田

日本の場合、何とも鷹揚なのですね。

山口

そうですね。これは、実はいま、胃がんでも問題になっています。1回の内視鏡生検で50枚ぐらい組織が切れるといわれていますが、塊があったときに、上と下を削ります。きれいにがんが出るところまで探すときに、かつお節を削るような感じで削りますが、そこでけっこう、腫瘍をロスするのです。

多田

そういった過程を通じながら、実際的な有効性を見て、1次、2次、3次の治療を行っていくのですね。大腸がんの場合は何次治療まで行うのですか。

山口

薬が有効に、順調に使えたとして、RASの野生型においては3次、4次ぐらいでしょうか。リチャレンジすると5次治療になりますし、RASの変異だと抗EGFR抗体が使えない関係があるので、4次治療ぐらいまでが標準になっています。

多田

山口先生は、実際に大腸がんに対する抗がん剤をずっと研究されてきて、いま第5次治療ぐらいまでいろいろなチャンスがあることをつくられたと思います。ありがとうございました。