ドクターサロン

池脇

硝子体黄斑牽引症候群とはどのような病気でしょうか。

北原

硝子体は目の中のゼリー状の卵の白身のようなものですが、それが網膜と生理的にも接着しているときがあります。年齢が高くなってくると、硝子体とカメラのフィルムに当たる網膜が分離する時期がありますが、硝子体と網膜が分離するときに起こってくる病気です。カメラのフィルムに当たる網膜を引っ張ってしまうために、いろいろな症状が起こり、治療が必要な方が一定数いらっしゃいます。

池脇

それで牽引という言葉が使われているのですね。すると、この症候群の引き金は、硝子体が収縮するという理解でよいでしょうか。

北原

そうですね。卵の白身も古くなると液化が進んでくるのと一緒で、硝子体は年齢とともにサラサラした液体とゲル状の部分の分離が進んできます。液化がある程度進んでくると、硝子体膜と呼ばれるゼリー状の硝子体を包んでいるものが収縮してゲル状の部分が目の前のほうに来て、液状の部分が目の後ろ側に取り残される、後部硝子体剝離を起こします。

もともと網膜にくっついている硝子体膜が網膜から剝がれ、目の前のほうに収縮する現象です。これは年齢の変化で生理的なものなので、人間誰でも起こってくる現象です。

池脇

ある人に収縮という変化が起こるのではなく、年齢とともに必ず起こる現象ということですか。

北原

後部硝子体剝離は人間誰でも起こってくる生理現象です。

池脇

硝子体と網膜が癒着というか、結合が強いままで収縮が起こることで、この症候群を起こしてしまう。そこは人により、すっと離れる場合もあれば、くっついたままになる場合もある。そこが分かれ目でしょうか。

北原

硝子体膜は生理的に網膜と癒着が強い部分が何カ所かあります。硝子体膜が網膜と剝がれるときに、たまたま視力をつかさどる黄斑と呼ばれている部分の癒着が離れないまま、ほかの場所がどんどん剝がれてしまうと、黄斑が目の前のほうに向かって引っ張られてしまいます。

すると、網膜はカメラのフィルムに当たるところなので、フィルムの形が変わってしまいます。映る画像は網膜が正常な状態で映るそのものが目の中に入ってきますが、網膜の映ってほしい場所が変わってしまうので、ゆがんで見えたり、見たいところだけ見えにくかったり、周りは見えているのに真ん中だけ見えにくいということが起こったり、実際、視力も下がってしまいます。

池脇

網膜はどこも大事だとしても、特に黄斑の周辺が大事で、たまたま引っ張られる場所がそういうところだと、視界がひずんで見えることが特徴ですか。

北原

そうなります。

池脇

将棋をされる方だと、盤面のどこかが少しひずんで見えるのが自覚症状ということですか。

北原

そうですね。初めに出てくる症状ではないかと思います。

池脇

そういうことで、患者さんが、ちょっとおかしい、なかなか治らないということで受診をされ、こういった診断に結びつくケースが多いのでしょうか。

北原

いま加齢黄斑変性という病気が有名になってきています。ゆがんで見える病気の代表格です。いろいろな健康番組でも、治らない病気なので早期発見が重要だということが広まってきていて、患者さんご自身が方眼紙などで片目ずつ確認をする方が増えています。そのときに初めてゆがんでいると気付いて受診するのが、きっかけとしては多いのではないかと思います。

池脇

こういう言い方は変かもしれませんが、極めて優等生の患者さんの場合は、自分で発見して何かあるのではないかと眼科に行くと、硝子体黄斑牽引症候群だけではなく加齢黄斑変性を含め、そういった視界がひずむという病気が見つかるケースがある。その中の一つということですか。

北原

そのとおりです。

池脇

そういう視野障害といったらいいのか、本人の見え方に何か障害が出てきたら、手術的な治療をするのでしょうか。

北原

網膜は神経でできているので、いったん場所が変わってしまったり、障害を起こしてしまった部分については、完全に元どおりに治すことは難しくなります。

ただ、どんどん急激に進行してくる場合と、ゆっくり数年かけて進行してくることもあるので、患者さんご自身がこれ以上症状が進んでしまったら困るとなったら、積極的に手術を考えていただきたい病気です。

池脇

少なくとも、そういった自覚症状が出てきて改善を待ったからといって、良くなる病気ではないのですね。

北原

しかしながら、発見されて経過を見ていくうちに、自然に剝がれる方が中にはいらっしゃいます。

池脇

今までピンと引っ張っていたのが、ある時期にパンと離れて戻る方もいらっしゃる。なかなか手術のタイミングが難しいですね。

北原

あまり不自由がない患者さんで、手術も怖いし経過を見たいという方は、何カ月か経過を見ていただきます。引っ張りが徐々に強くなってくるので、光干渉断層計という断層の写真で検討して、患者さんの症状も併せて、「剝がれないですし、そろそろ手術でしょうか」という話になったり、患者さん自身がとても不安になり、通院していく中で、写真を撮ったら剝がれていた方ももちろんいます。手術を受けなくてよかったという方も中にはいらっしゃいます。

池脇

それを期待していくことも難しいので手術になったら、基本的には硝子体を取り、引っ張っているところからやさしく剝がす手術でしょうか。

北原

一般的に硝子体手術といわれている手術で、硝子体は取れるところはすべて取り、黄斑以外にも癒着している部分がある可能性があるので、硝子体膜は剝がせるところまで剝がします。黄斑が一番重要なところで、網膜が薄く、弱くなっているので、破かないようにゆっくり剝がしていく治療になります。

池脇

手術は、局所麻酔、全身麻酔のどちらでしょうか。

北原

これは局所麻酔でされることがほとんどです。ただ、患者さんの中には目にとがっているものが近づくだけで恐ろしいとか、パニック障害などで顔に布がかかること自体に抵抗がある方はもちろん全身麻酔での手術は可能です。

池脇

これは剝がすとはいっても、うまく剝がせるのかどうか。症例によっては難しいものも、すっと剝がせるものもあるでしょう。手術そのものはそんなに時間がかからないにしても、手術の後は、よく見えるようになるのでしょうか。

北原

白内障の手術だと眼帯を外して翌日には症状改善という結果になりますが、網膜の病気については、網膜が安定してきて、引っ張られていた分が元に戻るまで数カ月、半年ほどかかります。

患者さんには半年ぐらいで良くなる可能性があるとはお伝えしていますが、細胞一つ一つが生まれ持ったところに戻らないとゆがみはなくなりません。完全に治るというよりは、手術をしてだいぶましになったという治り方になります。

池脇

おそらく術後の予想される経緯、時間的なものに関して、先生方はきちんとインフォームドコンセントをされているのでしょうが、異常な解剖学的な位置にあった神経を戻してあげたとしても、機能が戻るには時間がかかるということですね。

北原

そうですね。

池脇

ありがとうございました。