池脇
この質問はアドバンス・ケア・プランニング(ACP)のことを言っているのではないかと解釈しましたが、先生、間違いないでしょうか。
会田
私もそのように思います。ACPは、日本では早い医療者は2010年代の初め頃から取り組まれていましたが、国として2018年に厚生労働省が「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の中で、ACPをやりましょうということを推奨したことから、本格的に導入されました。
池脇
ACPという言葉はいろいろなところで聞き、何となく概念、イメージとしてはわかっているつもりですが、専門の先生にいろいろとお聞きしたいと思います。このACPという考え方は、基本的には欧米が先行して始まったのでしょうか。
会田
おっしゃるとおりです。1990年代後半に始まりました。それに先立って1970年代後半からアメリカとカナダの医療者が中心に行っていた、例えばリビングウィルや意思決定代理人を決めておく事前指示だけでは不十分であり、本人の意思を生かすことができませんでした。
そのような大規模な研究でのエビデンスが1995年に得られ、これだけではいけない。いったい何が足りなかったのかということで、本人がリビングウィルを書いただけとか、代理人を決めただけということではなく、対話のプロセスを医療ケア従事者と一緒にたどっておくことが、本人の意思を尊重するためにとても重要だということ。対話のプロセスを、本人はまず家族と、そして医療ケアチームと一緒にたどっていきましょうということになりました。
対話のプロセスがキーワードになります。つまり、本人の気持ちは変わるかもしれないし、前に言っていたことと今は違うことを思っているかもしれない。第一、本人の身体の状態が変わるかもしれませんので、医療者がいま医学的に適切なのはどういう治療法なのか。そして、これからどのようになっていくのかという先々のことまで説明していただき、では、そうなった時にはどうするか、本人の価値観をみんなできちんと把握しておきましょうということになりました。
池脇
欧米はその人の権利を保障することについてすごくしっかりしているので、そういう意思決定代理人を付けるのですね。
ただ、これを日本に導入するとなると、何となくそこまで要るのかというような人も多いでしょう。日本人の文化は欧米とは多少違うので、ACPというシステムも日本に合ったかたちに変えていく作業も必要だったのでしょうか。
会田
まさにそのとおりです。例えば厚生労働省は5年置きに大規模調査を行っており、日本でも事前指示の仕組みをつくることに賛成かどうかを質問していますが、法制化に賛成する人はいまだに2割しかいません。
日本人は意思決定代理人や、リビングウィルなどについて法制化しないほうがいいと思ってる人のほうがずっと多いのです。日本でもACPに取り組もうとするに当たっては、私も関わらせていただいた日本老年医学会で、「ACP推進に関する提言」というものを2019年に発表しています。
その中では、意思決定代理人は日本では制度化されていないので、家族は本人の気持ちを代弁してください、代弁者になってくださいということをお願いしています。例えば臨床現場で、本人がもう意思を表明できないとなると、家族に「どうしますか」と尋ねる医師が多いですが、「どうしますか」ではなく、「ご本人だったらどうしてほしいと思っていますか。代弁してください」と、代弁者になっていただくことをお願いしてくださいと言っています。
池脇
ACPは誰が中心かというのは、私もよくわかります。少なくとも本人と家族にとってACPはとても大事なところですが、医療サイドのかかりつけ医や主治医とのいろいろな情報共有・交換で、どのようにして人生の最終段階の医療・ケアを受けていくかを決めていく双方向性の協議のプロセスという感じでしょうか。
会田
おっしゃるとおり、双方向性の話し合い、コミュニケーション、やりとりがとても大事です。医師からは、まず患者さんの身体的な情報について、きちんと本人と家族に情報提供をしていただきます。
今はどういう状態で、この後はどのようになっていくことが予想されるということを情報提供していただく。どういう治療法の選択肢があり、ケアの選択肢はどういうものがあるか、看護師さんにも必要な情報を提供していただくことが必要です。
本人からは、本人の生活の中で大事にしていること、譲れないことや、本人の価値観に関わる話をしていただくことがすごく大事です。私たちは、医師は患者さんの人生の物語りを聴いてくださいというお願いをしています。
本人が毎日の生活の中で、そして生活の積み重ねである人生の中で、どういうことに重きを置いてきたのか、どういうことはいやだと言っていたのか。そういう対話を積み重ねることにより、本人の価値観を把握していただきます。
このやりとりを繰り返すと、やがて本人が自分の意思を表明できなくなっても、Aさんだったらこういうのはいやだろうねとか、Aさんだったらこちらのほうがいいだろうねということを、きちんと推測できるようになると思います。そのために、ACPの対話をしてくださいというお願いをしています。
池脇
そういう方針、本人の考えを家族、医療サイドも、あの人はこういうことを望んでいる、望んでいないというのを知ることは、繰り返しの作業になるので、短期間で形成されるというよりも、ゆっくりとつくっていく感じですね。
会田
そうですね。それはかかりつけの医師には、担当になったときからこの方の価値観がわかるように、短い診療時間かもしれませんが、その中でもどのように大切なことを示したかを、カルテの中に記載しておいていただけると、それが積み重なり、この方は何を大事にする方で、どういうことを嫌がる方だということがわかっていただけるようになると思います。
もしかすると多くの開業医にとっては、すでにそういう対話をしていただいているのではないかと思うので、別にそれほど新しい話ではないかもしれません。
池脇
少なくとも、これは主治医の立場で、あなたはこの病気に関してこうすべきだと言うよりも、いろいろな選択肢を提供して、本人・家族が望むものをそこから選んでいただく。我々医療サイドとしては、そういう立ち位置でしょうか。
会田
それも本当におっしゃるとおりです。かつてパターナリズムといわれていた、ドクターが何でも決めてくれるやり方がありましたが、今はこのやり方は基本的にはよくないことになっています。
患者さんの選択肢を、メリット・デメリットをきちんと説明して、患者さんが自分の価値観をもとにして、自分の人生の物語りの中で選んでいくことがよいです。しかし、患者さんや家族は素人の方がほとんどで、この選択肢を選んだら自分の未来がどうなるかは見通せません。そこで医療者には、あなたはこの選択肢を選ぶとどうなるのか、選ばないとどうなるのかということを一緒に想像しながら、これが本当に本人にとってよいのかどうかを一緒に考えていただくことをお願いしたいと思います。
パターナリズムから自己決定に移りましたが、自己決定はほとんど現実的ではないということです。共同意思決定ということで、コミュニケーションしながら一緒に決めていきましょうね、あなたの考え方を尊重するために一緒に考えながら決めていきましょうねということで、医療者には本人・家族をサポートしていただくやり方が、今は一番よいといわれるようになっています。
池脇
私も高齢の方を外来で拝見していて、「もう足が弱って、なかなか来れなくなった。どうしましょう」ということがあります。このような場合は地域の包括ケアにお願いをして訪問診療ができる医師に入ってもらうなど、往診とは別に、システムとしてはそのような流れで、地域でチームとして患者さんを介護・看護していくような流れでしょうか。
会田
そうですね。地域包括ケアの中で、これがとてもフィットするというか、ACPを多職種のチーム、医療ケアチームで対応することがとても重要なことです。
先生の今の話だと、もう外来にいらっしゃるのが難しくなった。では、この患者さんは基本的には在宅医と訪問看護師とケアマネージャーに付いていただき、ヘルパーさんを含めてみんなで見ていく中で、本人の価値観を生かした最終段階のあり方、医療ケアについて決めていっていただくのが、今お勧めしているやり方だといえると思います。
池脇
ACPに関しては、知識がだいぶ入ったような気がしますが、もう少し本格的に勉強したい医師もいらっしゃると思います。これにはどういう手立てがあるのでしょうか。
会田
私どもの研究班でつくりました『ACP支援ガイド』というものがネットで公開されているので、「ACP支援ガイド」で検索していただくと、どのような場合にどのように声をかけるのかというようなコミュニケーションのガイドも出てくるので、ご覧ください。
それから、食べることができなくなったらどうするかという、多くの方に関わることについては、『高齢者ケアと人工栄養を考える』という小冊子を発行しています。これも電子書籍を公開しているので、「高齢者ケアと人工栄養を考える」で検索していただくことで、患者さんやご家族の方と一緒に見ていただくことができます。
それから最近、私どもが発表した、『ACPの考え方と実践 エンドオブライフ・ケアの臨床倫理』(東京大学出版会)という本があります。これは第1部が理論編、第2部が実践編で、14の臨床現場でありがちなジレンマを抱えたケースについて、こうならないようにするためには、どこでどのように対話をしておけばよかったか、先生方はどのように支援することができるかということを、具体的に紹介しています。よければ『ACPの考え方と実践』もお読みいただければよいかと思います。
池脇
どうもありがとうございました。