ドクターサロン

山内

ハイパーソニックはいわゆる可聴域、聞こえる音を超えた高周波を含む音が体に有益ではないかという話ですが、まず、これがどういった音なのかという辺りからご説明願えますか。

本田

私たち人間の耳は、周波数で20kHzを超えると音としてほぼ感じることができないといわれています。しかし実際には、自然界には私たちが音として感じることのできない高い周波数が満ちあふれています。

一番典型的なものは森の自然環境音。水のせせらぎの音や葉っぱのこすれる音、何よりも非常に強い音源になっているのが虫の音。こういう自然環境の中には人間の耳に聞こえない音が満ちあふれています。それから、いろいろな民族楽器の演奏の中にも満ちあふれています。

山内

どういった楽器でしょうか。

本田

例えば日本の三味線、琵琶、尺八、それからインドネシアのバリ島にあるガムランのような、様々な民族楽器。西洋の楽器でもチェンバロやバグパイプ、リュートなど、倍音を豊富に含む楽器にはかなりたくさん含まれています。

山内

特に昔の方がそういった音をよく聞いたのですか。

本田

そこを話し始めると少し長くなってしまいますが、いろいろな文化圏で聞こえない音をより増強する方向に楽器が進化してきた例は幾つも見ることができます。

典型的には、日本の尺八はそういう例になりますし、インドネシアのバリ島のガムランなどもそうです。実は、そういう高い周波数の音が豊富に含まれていると音がとても感動的に聞こえることが、私たちが行った音の主観評価でも明らかになっています。昔の人はそういうことを、音楽を味わう直感で発達させてきた可能性があると思います。

山内

どちらかというとムード的なものもあるのでしょうが、音が非常に良くなるという辺りから入ってきた話でしょうか。

本田

そうですね。もともとの研究のきっかけは、この現象を発見した大橋力先生が音楽家でもあったというところです。ご自身で作曲し指揮するだけでなく、編集もされていましたが、ちょうどアナログレコードからCDに移っていく時代で、同じ作品をCDとLPのどちらもリリースしたときに、アナログレコードのほうは自分が思ったとおりの音になっているのに、CDのほうはあまりにも音の質が悪いと感じたそうです。

人間の耳に聞こえない音は原理的に記録したり再生することができないので、CDはそこに何か大きな違いがあるのではないか。それを科学的に証明していこうというところから、この現象の研究は始まりました。

山内

実際にこれを検証していく過程で脳画像や脳波、その他検査である程度証明されてきているのでしょうか。

本田

ブレークスルーになったのは、最初は快適性の指標といわれる脳波のα波成分が、高周波を含む音を聞いているときには非常に高まり、同じ音源でも高周波をカットしてしまうと、α波成分が下がってしまうことがわかってきたことでした。

ただ、α波は時間的に脳の変化を追いかけていく上ではとても良い指標ですが、脳のどこが責任部位であるかという空間的な情報は非常に乏しいです。私たちはその次の段階として、ポジトロン断層撮像法を用いて脳の血流を調べ、脳波と同時計測をすることで、超高周波を含む音を聞いているときにはどこが活性化するのかを調べました。

その結果、中脳や視床、視床下部といった脳の非常に深い部分が活性化することが明らかになってきたのです。

山内

活性化は覚醒しているような方向に働いていると考えてよいのでしょうか。それとも、森に行くと静穏になるという作用なのですか。

本田

α波が高まることから考えると、極度な緊張状態ではない。ある程度リラックスをしている状態ではある。かといって眠くなってしまうのではなく、ちょうどいい具合に意識清明で覚醒しているような状態です。α波が非常に高くなりますから、そのような状態が近いのかと思います。

ですから、非常にストレスフルな場面ではストレスを減少させるような方向に働き、逆に集中力を要するようなところでは意識を清明に保つことで、覚醒度を高める方向に働いていると考えています。

山内

何となく茶道の世界に近いような感じもします。

本田

イメージは、日本や東洋の文化圏にある、いわゆる瞑想やメディテーションの状態を音でつくり出すことに近いかもしれません。

山内

それがさらに進み、免疫機能やホルモンにもいい影響を与えていると考えてよいですか。

本田

はい。私たちが実験的に証明したところでは、NK細胞の活性が増強したり、コルチゾール、アドレナリンといったストレスホルモンが低下することは物質レベルで明らかになっています。そういったものが全身的な効果を及ぼしてくる可能性は十分あると思います。

山内

血糖値の上昇も少し抑えられるようですね。

本田

はい。これは私たちが2022年に発表した研究ですが、BGMとして通常の全く音のない状態、それから高周波を含まない自然環境音を流しているとき、高周波を含んだ自然環境音を流しているときという3つの条件でOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)をやってみたところ、高周波を含んだ自然環境音を流していると、ピークの血糖値が約25%抑えられたという結果が得られています。

そういったものは先ほど先生がおっしゃったように、ストレスを和らげて体の状態をリラックスさせることで、血糖値を抑える効果が出たのかと考えています。

山内

ただ、耳ではキャッチできない音をいったいどこでキャッチしているのか。どこで知覚しているのか。どう伝達していき、脳のどこがこれをキャッチしているのでしょうか。

本田

それは科学的に、いま一番大きな課題になっています。私たちが行った実験では、この現象は超高周波をイヤホンで耳から入れただけでは出なくて、スピーカーで全身に高周波を当てたときにだけ出ます。

そういったことから、これは体の表面がそれに反応していると考えられはしますが、神経系の中で振動覚を担っている受容体は、せいぜい数百ヘルツぐらいまでしか反応しないことがわかっています。

したがって、既知の神経系のメカニズムではなく、何らかの未知のメカニズムが働いているのではないか。実はメカノレセプターという、非常に高い周波数の機械振動を細胞の中に伝達する受容体が幾つか知られています。そういったものが働くことにより、間接的に神経系に何らかのシグナルを送っている可能性が高いということを、作業仮説として立て、研究を進めているところです。

山内

そういったもので医療面での応用も当然考えられますね。

本田

そうですね。情報環境がもたらすストレスが悪影響を及ぼすような様々なメタボリック・シンドローム。それから、この現象は報酬系を活性化するので、報酬系の活性が落ちることにより引き起こされるようなうつ病や、依存症もターゲットになると思います。それから、認知症の行動・心理症状では、報酬系の活性が落ちることにより、不安感が高まるような状態が背景にあると考えられています。そういった疾患に対する環境面からのアプローチ、特に情報環境面からのアプローチが考えられると思っており、今は臨床研究を進めているところです。

山内

楽しみです。最後に、注意点はありますか。

本田

私たちが非常に気をつけているのは、正弦波のように自然界に存在しない人工音です。いわゆるモスキート音など自然界に存在しない音については安全性が担保されていません。こういったものを使うことについては、十分に安全性を検討した上で行わないといけないということで、私たちは自然環境音を使用しています。

山内

悪用されないようにということでしょうか。

本田

おっしゃるとおりです。

山内

どうもありがとうございました。