池田
長谷川先生、新型インフルエンザワクチンについての質問です。2009年に新しい型のインフルエンザがはやるということで大騒ぎになった経緯がありましたが、あのときのワクチンの開発状況はどのような感じだったのでしょうか。
長谷川
2009年4月に、新型インフルエンザが最初にメキシコで見つかったという報告がありました。新型インフルエンザは新たにパンデミックを起こすウイルスですが、動物からヒトの世界に入ってくるものです。動物からというのは、動物のウイルスがヒトに感染しやすくなって起こるということですが、2009年のときには、ブタのインフルエンザウイルスがヒトに感染しやすくなり、パンデミックを起こした経緯があります。
それで国内でも海外でも、新型インフルエンザに対するワクチンの開発が始まりました。ちょうど流行が始まった時期は、季節性インフルエンザワクチンを製造する時期と重なっていたので、製造のための鶏卵などが十分に準備できました。ですから、国内では通常の季節性インフルエンザワクチンをつくる代わりに、新型インフルエンザのワクチンをすぐに製造できる体制になりましたし、海外でも同様につくり始めました。
季節性インフルエンザワクチンは普段流行しているインフルエンザの株、4価という4種類のものからなりますが、当時の新型インフルエンザワクチンは、H1N1pdmという亜型で新しいウイルスは1種類でした。pdmは後から付けられた名前ですが、そのときのH1N1のウイルスを用いてつくられたワクチンが開発されました。
つくり方は通常の季節性インフルエンザワクチンと同様に鶏卵で増やし、それを不活化して、スプリットといって薬品でばらばらにして作成します。海外で開発されたものは、できるだけたくさんの人に打つために、免疫応答を高めるべく、アジュバントが加えられたものが準備されました。
日本では国産だけで間に合うかどうかわからなかったために、海外からの輸入のワクチンも準備され、そのうちの一つがグラクソ・スミスクラインがつくっているアレパンリックスというものでした。国内でも特例承認を受けましたが、結果的には国産ワクチンで間に合ったので、国産ワクチンが広く国民に接種されることになりました。
池田
特例承認は特に治験はやらないという意味でしょうか。
長谷川
海外で承認を受けたワクチンで、さらに国内でも治験を行い、それで承認を受けたものです。
池田
通常よりも迅速に審査されたということですね。
長谷川
はい。
池田
結局、海外からのものは使わなかったわけですが、1価のワクチンを打っただけで、当時、十分に感染防御、あるいは重症化防御の免疫は得られたのでしょうか。
長谷川
通常、季節性インフルエンザウイルスは冬に大流行を起こします。国内では秋口から流行が始まっていましたが、その年に流行したインフルエンザウイルスは、ほとんどがH1N1pdmというパンデミックインフルエンザウイルスでした。ですから、その年に流行していたインフルエンザに対しては4種類入っていなくても、1種類のワクチンで効果が十分にあったということです。
池田
最近も用いられているインフルエンザのワクチンは4価ですか。
長谷川
先ほどの新型インフルエンザH1N1由来の子孫のウイルスであるA型のH1N1という亜型、香港風邪由来のH3N2という亜型、B型のインフルエンザウイルス由来のワクチンのビクトリア系統と山形系統の2種類で、4種類入っているのが今のワクチンです。
池田
新型コロナウイルスと一緒ですね。昔からあるコロナウイルスもいま存在して感染をするし、新しいものも感染をずっと続けている。では、増える一方になってしまうのですか。
長谷川
以前から存在していたH3N2やB型も、新型インフルエンザウイルスが登場してからも流行しています。しかし、2009年以前はソ連型といわれた同じ亜型のH1N1のウイルスが流行していましたが、2009年のパンデミックウイルスが登場すると、前年まで流行していたソ連型のH1N1は世界中から消えてしまったという、非常にドラマチックな入れ替えが起こりました。
ですから、どんどん増えていくというよりも、インフルエンザの場合にはパンデミックが起こるとウイルスの入れ替えが起こると考えたほうがいいかと思います。
池田
それを聞き、少し安心しました。増える一方ではどうしようもないと思いました。
しかし最近、同じようなストーリーで鳥インフルエンザがヒトにうつるのではないかと心配されています。
長谷川
1997年に、もともと鳥のインフルエンザであった高病原性鳥インフルエンザウイルスのH5N1という亜型が、ヒトに感染した例が香港で見つかりました。そのときの致死率が50%以上と非常に高かったために、そういったウイルスでインフルエンザのパンデミックが起こるとたいへんであるということで、新型インフルエンザの対応としてはH5N1という高病原性鳥インフルエンザウイルスが注目されていました。
近年、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界中に広がり、昔は中国、東南アジアを中心に鳥での流行が見られていましたが、散発的にヒトでの発生例がありました。それがアフリカや近年ではアメリカ大陸、南米のほうまで広がりました。それは渡り鳥により運ばれたと考えられていますが、鳥だけではなく鳥から哺乳動物に感染して発見される例が出ています。
国内でも、北海道でキタキツネやタヌキが高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染して死亡しているのが発見された例があります。
池田
2009年のときはブタからヒトにという話がありましたね。ということは、鳥から哺乳類、いま話があったキツネからまたヒトというパターンは見つかっているのでしょうか。
長谷川
最近、アメリカで高病原性鳥インフルエンザウイルスがウシに感染して、ウシからヒトに感染した例が報告されています。
ただ、まだそのウイルスはヒトからヒトへうつるようなかたちにはなっていないので、直ちに危険性が高まるということではないのですが、そういう事象は起こっています。
池田
しかし、散発的ですが、そういう事例が見つかることは、我々としてはワクチン開発を期待するわけです。ワクチンは開発されているのでしょうか。
長谷川
国内では新型インフルエンザのパンデミックに備え、プレパンデミックという、パンデミックの前段階で使用できるようなワクチンとして、鳥インフルエンザ由来のワクチンが開発されて、備蓄されています。
当初はH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスワクチンがつくられていており、2年ほど前まではしばらく、H7N9亜型も中国でヒトに感染を起こした鳥インフルエンザウイルスに対するワクチンがつくられていました。昨年からまたH5型のワクチンがつくられ、備蓄されています。ですから、いざとなったら、そういったものが使われるようになると思います。
その備蓄ワクチンに関しても、鳥で流行している抗原性とウイルスの型が感染を阻止するような、中和できるようなワクチンにアップデートをしてつくっていかなくてはいけないということです。
池田
しかし、どのインフルエンザ亜型でも効くような汎ワクチンのようなものはつくれないのでしょうか。
長谷川
いま世界中でそういった取り組みも行われていて、まだ研究段階ですが、ウイルスの受容体に結合する分子の保存された部分に結合するような抗体を誘導するワクチンの開発が行われています。
池田
1個用意しておくことで、どんな亜型が出ても対応できないのでしょうか。
長谷川
現状ではまだ難しく、ワクチンのアップデートをしていかなくてはならないので、いたちごっこになってしまう状況が続いています。
池田
最近の新型コロナウイルスに対するワクチンはmRNAでできていますよね。インフルエンザに関しては、こういう技術は使われているのでしょうか。
長谷川
いま各メーカーで盛んに開発が進んでいて、治験なども進んでいる状況です。
池田
それも含め、一番大事な保存された抗原領域に対して反応するワクチンをつくれないかと、今進めているのですね。
長谷川
そういうことです。
池田
ですからそれができると、1回用意すれば、どのような亜型が出ても使えるということですね。
長谷川
それが理想です。
池田
そうすると医療経済上もいいし、いわゆる集団免疫ができるようになるのではないかと思い、期待しています。
長谷川
近い将来、そうなるかもしれません。
池田
ぜひ頑張っていただき、そういうワクチンを開発していただきたいと思います。どうもありがとうございました。