山内
リンパ系の疾患というと、免疫が落ちるために日和見感染自体でも多そうだという気はしますが、悪性リンパ腫自体で日和見感染が起こることはあるのでしょうか。
森
悪性リンパ腫自体が高度に免疫を落としてくることは一般的にはあまりありません。ただ、悪性リンパ腫と診断されたときに、病勢が進行していて、骨髄機能が落ちている場合には、それが原因で感染症を起こしてくることも一部の症例ではあります。
山内
ということは、化学療法の副作用と考えてよいのですね。
森
一般的には、そのように考えていただいてよいかと思います。
山内
逆に、原疾患が血液系の病気に限ってほかの白血病に対して化学療法を行った場合も、当然、日和見感染は出てくるのですね。
森
白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などいろいろあり、それぞれに合わせて抗がん剤の組み合わせ、種類が決まっていますが、血液がんすべての治療において抗がん剤治療を行うと、様々な程度に免疫が落ちることで、日和見感染症はいろいろな病原体を原因として起こります。
山内
先生が経験された範囲で、一般的に日和見感染症はどのようなものが多いでしょうか。
森
一般的に抗がん剤治療後の感染症は細菌感染症が多く、抗がん剤治療後に好中球が著しく下がったときに大腸菌や緑膿菌などの感染症の頻度が高いです。
山内
ウイルス感染症はいかがでしょうか。
森
例えば頻度が高いものだと帯状疱疹などの発症は比較的高頻度にみられますが、指摘いただいたサイトメガロウイルスは、一般の悪性リンパ腫の化学療法後に起こる感染症としては、頻度として低いウイルスです。
山内
先生は幅広く経験がおありですが、どういったケースだとサイトメガロウイルス感染症が比較的多いのですか。
森
一番注目されているのは、私たちの領域だと造血幹細胞移植です。例えば骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植など、ドナーから提供される骨髄に完全に置き換えるための同種造血幹細胞移植を行った後は、非常に高度な免疫不全が長期間続くことで、サイトメガロウイルスの再活性化が問題になってきます。
山内
それは頻度としてはかなり高いのですね。
森
そうですね。数十%から50%以上の確率でサイトメガロウイルスの再活性化が起こってくるので、移植を受けた患者さんに対しては予防的に抗ウイルス薬を使ったり、早期に抗ウイルス剤を投与したりします。
山内
ということで、サイトメガロウイルス感染症に関してお聞きいたします。
まず、サイトメガロウイルス感染症で起こりやすい病気は、この質問の場合は胃腸炎と言ってよいかと思いますが、ほかにどのようなものが考えられますか。
森
サイトメガロウイルス感染症は本来、私たちが幼少時に初感染したウイルスがずっと潜伏して、体内で眠っていたウイルスが免疫不全下で再活性化してきて起こってきます。今回、テーマになっている化学療法後のサイトメガロウイルス感染症もその再活性化によるものです。特に気をつけなければいけない疾患は3つあり、肺炎、胃腸炎、網膜炎です。
ほかにも、脳炎、あるいは発熱だけが持続する場合、血球減少など、様々なタイプがありますが、これらは頻度の比較的低いものなので、肺炎、胃腸炎、網膜炎の3つをしっかりと把握しておく必要があります。
山内
この3つに一斉に襲われると少したいへんな感じがしますが、同時発生はいかがでしょうか。
森
私の経験上、そういった症例はあまりありません。ただ、造血幹細胞移植後、長い経過の中で胃腸炎を発症していたら網膜炎も発症した人はいますが、胃腸炎、網膜炎、肺炎の3つを同時発症することは、あまりないと思います。
山内
幸い、一挙に来ることはないのですね。
森
そうですね。ひどい下痢をしているから内視鏡で胃腸炎の診断がついた。目の症状があるので眼科に診てもらって網膜炎の診断がついたケースが、大部分を占めると思います。
山内
治療経過が何クールとか何度も繰り返すケースが多いと思いますが、そのたびごとに、この感染がまた引き起こされることはありますか。
森
胃腸炎でも網膜炎でも発症すると抗ウイルス薬を使い、一度は良くなったはずですが、その後の免疫が落ちるような抗がん剤治療を繰り返していく中で、また悪くなったり、再燃したりする可能性があります。いったん発症した患者さんに関しては、再燃がないかどうかを注意深く見ていく必要があります。
山内
抗体もなかなか出てきてくれないと考えてよいのですか。
森
おっしゃるとおりで、免疫が落ちているがゆえに発症していて、一度発症しても免疫が十分ついてきませんので、再燃してしまうケースは、しばしば見られます。
山内
なかなか厄介なところですね。
森
そうですね。管理が難しいウイルスの一つだと思います。
山内
質問は蛋白漏出性胃腸症というかたちで蛋白があふれ出るような感じですが、胃腸炎でこういった病態があると考えてよいのでしょうか。
森
病初期は軽い腹痛や1日数回の下痢程度で済むことが多いですが、サイトメガロウイルス胃腸炎が進行していくと腸管の広範囲に炎症が起こってきます。1日10~20回に及ぶ下痢や、場合によっては潰瘍病変からの下血を繰り返して診断される方もいます。今回、テーマとしていただいた蛋白漏出性胃腸症も、非常に広範囲に病変が起こってしまった結果として発症されたのではないかと思います。
山内
治療は抗ウイルス薬になりますか。
森
そうなります。
山内
具体的にはどのようなものが使われますか。
森
抗ウイルス薬は2剤あります。一つがガンシクロビルという点滴静注薬です。また、ガンシクロビルのプロドラッグでバルガンシクロビルという経口薬もあります。
もう一つがホスカルネットで、これも点滴静注薬です。ガンシクロビルかホスカルネットのどちらかを使うのが治療の原則となります。
山内
この2剤の使い分けはいかがでしょうか。
森
有効性はほぼ同等と考えていただいていいと思います。ただし副作用のプロファイルが違うので、患者さんの背景に基づき薬を選びます。
ガンシクロビルは血球減少という副作用を高頻度に起こすので、例えば抗がん剤治療後、造血幹細胞移植後などで血球が十分にないような患者さんだと、なかなか使いにくいです。
もう一つのホスカルネットは、腎障害と電解質の異常を比較的高い頻度で起こします。特にカリウム、カルシウム、マグネシウムなどの陽イオンの低下があることが知られています。
腎機能が悪い人や電解質の管理に苦労している患者さんだとホスカルネットは使いにくくなります。これらの副作用のプロファイルを参考に、使いやすいほうの薬剤を患者さんごとに選んでいるのが実情です。
山内
胃腸炎があるとひどい下痢になりますが、電解質のバランスが崩れる可能性も高いと思いますから、その辺りの使い分けは、よく見ながらになりますね。
森
ご指摘のとおりで、ひどい下痢をしているとカリウムが下がってしまい、高用量のカリウムを補充することもあるので、そこにホスカルネットを上乗せすると、さらにカリウムの低下を増強してしまうことは十分ありうるかと思います。
山内
このような薬剤の治療効果はいかがですか。
森
治療期間は最低でも2~3週間は必要になります。ただ、よほど診断に苦労してしまい、長期間無治療で放置されているようなケースでなければ、抗ウイルス薬を始めると、だいたい1週間ぐらいで症状が良くなってきて、2週間、あるいは3週間使うことにより、胃腸病変はほぼ軽快すると考えています。
山内
かなりまれなケースでもあるので、このようなものがあることを知っておき、気づかなくてはならないと思われますが、いかがですか。
森
おっしゃるとおりだと思います。免疫が落ちるような治療をしている患者さんが下痢をしたときに、一般的な感染性胃腸炎も鑑別に挙がりますが、サイトメガロウイルス胃腸炎があることを認識していただき、通常の治療で改善しない、悪くなるといった場合には内視鏡検査を行い、診断に努めていただければと思います。
山内
どうもありがとうございました。