池田
新型コロナウイルス感染症の抗体について、S抗体とN抗体が認識しているS抗原とN抗原は、いったいどのようなものでしょうか。
石井
新型コロナウイルス感染症におけるS抗原、N抗原はウイルスの周りにあるスパイク、突起のようなものを指すのがスパイク抗原(S抗原)です。N抗原はウイルスの別の部分にある抗原で、ワクチンには含まれていない抗原です。
感染した場合は両方のS抗原、N抗原に対し抗体が生まれますが、ワクチンを打った後、感染していない場合のみS抗原に対する抗体だけが上がります。N抗原に対する抗体だけが上がることはなかなか見られない現象なので、S抗体、N抗体を両方測ることにより、感染歴があるか、ワクチンを何回打ったかが、抗体価でだいたい見当がつく状況になっています。
池田
例えばワクチンを何回か打った方はS抗体のtiterがどんどん上がっていくことになるのでしょうか。
石井
いろいろな調査がありますが、厚生労働省と国立感染症研究所が行った検査では、2~3回ワクチンを打つと1回、2回、3回とS抗体が上がってくることが知られています。その後、上昇がやや鈍りますが、5回、6回、7回と打つとS抗原に対する抗体が高く維持されることが知られています。
池田
S抗体のtiterは、ワクチン接種後はかなり長い間、維持されるのでしょうか。
石井
そこも個人差があります。ワクチンを1回、2回、3回のみ打った方でその後、感染歴がない場合は、S抗体が徐々に下がってくることが知られています。人によってはさらに1年、2年とずっと維持される場合もあり、これは個人差があります。ただ、その間に感染したり、感染後にワクチンを打った方は非常に高いS抗体が維持されることが知られています。
池田
では、ワクチン単独ではなく、そこに感染が実際に起こると、titerの上昇がより高くなる。あるいは感染した人にワクチンを打つことは、それはそれで意味があるのですね。
石井
もちろんです。それは初期から推奨されていて、感染したらワクチンを打たなくていいということではなく、感染してもワクチンの効果があることが知られるようになったのは1回目、2回目の接種のころからそうですし、今もそうです。
池田
もう一つ、S抗体とN抗体の検出に使われる抗原、特にスパイク蛋白は変異を起こしている株が多いですが、その際は新しく、変異を起こしたスパイク蛋白を使って抗体の検出を行っているのでしょうか。
石井
本来であればすべての変異株に対し、その変異株と同じS抗原をつくり、それに対する抗体価を測るべきですが、臨床上、承認されたものを長く使う傾向があるので、以前からあるS抗原を使ってS抗体を測る臨床医が多いと思います。
一方で、研究ベースであれば、そういった変異株に対する抗体も一応見られますが、臨床や、ちまたで言う抗体価は抗原をプレートに張り、抗体がつくかという接続能力(アフィニティ)を見ます。何回希釈していくとその反応が見られなくなるかというのが1/nといって、その希釈倍率が抗体価になります。
変異株がどう変わろうとS抗原に結合する抗体はたくさんあるので、抗体価は維持されやすくなります。検出されますが、その抗体が、ウイルスが細胞に侵入することを防げる中和抗体かどうかということではありません。抗体価は高いけれども中和抗体は変異株ではその能力を失い、感染してしまう状況が生まれています。
抗体が高いので全く感染しないということではなく、感染しても、その他中和しない抗体がそれを防いでくれるので、いまは重症化をしないことが知られるようになりました。
池田
我々が思っていたイメージとして、どちらかというとモノクローナル抗体に近いイメージを持っていましたが、スパイク蛋白の広い領域に対しポリクローナル抗体ができていて、それも含め感染の増悪の予防になるというイメージですね。
石井
そうです。S抗原につく抗体にはすべて、結合能力があるので、その総和が抗体価になります。中和抗体が変異株でしょっちゅう変わり、全く中和しなくなったということは、我々が持っている抗体が全く効かなくなったということではなく、S抗原に抗体がつけば体中のマクロファージや免疫細胞を取り込みやすくなります。そうすると感染が抑えられるという現象は、中和でなくても抗体によっても誘導することができるので、そこはご安心ください。
池田
総和で消化しているということですね。
一方、N抗体が認識するN抗原は、変異はあまり起こさないのでしょうか。
石井
そうですね。裏返して言うと、N抗原に抗体があっても感染のありなしに影響はあまりないということです。ウイルスからするとN抗体を持っていようが持っていまいが感染はできてしまうので、N抗原を変異しなくても全く大丈夫というのがウイルス側の意見だと思います。N抗原は変異が少ないことになります。
言い換えれば、S抗原はそれをブロックしてしまうとウイルスが増えなくなるので、ウイルスはそこから逃れようとする進化をします。そのために、S抗原だけが変異が極端に多いことになります。
池田
一方、N抗体があるということはすでに感染をしたという歴がありますよね。歴があることとN抗体陽性ということは、臨床的に意義があるのでしょうか。
石井
もちろんです。感染するとウイルスが体の中に増えるので、S抗原ではなくN抗原もウイルスの抗原としてたくさん出てきます。そのためN抗原に対する抗体ができますが、その量はウイルスがどれだけ増えたか、どれだけ長引いたかということとかなり比例します。
N抗体が高くなると、それだけ感染歴が多かった、もしくは感染でウイルスが増えた、重症化した、もしくはそれに近いようなことがあったことを示しているので、N抗体を見ることは感染歴、感染の度合いを測る、いい指標にはなると思います。
池田
N抗体が高いということは、宿主側の免疫をどのように表しているのでしょうか。
石井
よく聞かれますが、抗体価が高いということは、それだけ免疫が長かった、上がったということなので、抗体を出すB細胞でなくT細胞の反応も強く誘導されたことになります。S抗原もN抗原もT細胞に反応するところがあるので、N抗体、S抗体が高いとは、自分の中には免疫を記憶したT細胞もしっかりあるということになります。
N抗体、S抗体を臨床的に測り、何年前から全く落ちていないということであれば、非常にいい免疫記憶が維持されていることを意味すると思います。
ただし、抗体価が幾つあるから絶対に感染しないとか、抗体価が下がったので感染しやすくなるなど、比例はあまりしませんので、そこは気をつけていただきたいと思います。
池田
十分な免疫反応を起こしているという記憶があるのですね。
石井
そうです。
池田
こういう話を聞くとものすごく気になるのは、中和抗体を検出できるかということですが、これはどのように行われるものでしょうか。
石井
研究レベルでは今は可能ですし、臨床でも時間とお金が少しかかりますが、中和抗体能を測ることは可能です。ただ、ご存じのとおり、中和抗体は今流行しているウイルス変異株を中和するかしないかは見られますが、将来出てくる変異株に対し中和することの保証にはなりません。一回一回の当たりが当たるか当たらないかを見るだけになるので、そこは注意が必要だと思います。
池田
研究レベルでも実際に新型コロナウイルスを使い、中和抗体を調べることはなかなか難しいと思いますが、それに代わるような方法はあるのでしょうか。
石井
残念ながら中和抗体、つまりそれを本当にウイルスが細胞に侵入することをブロックするかどうかを定量的に測れるものは、中和抗体を測るというバイオロジカルアッセイのみになるので、そこの代替はありません。ただ、それと類推できる免疫反応は今たくさん出ていて、T細胞やB細胞の反応を見るアッセイはたくさんあります。
いまコロナウイルスに関してはたくさんのアッセイ系があるので、もし興味があれば、検査会社にそういった検査を出すことで、もう少し深掘りした解析ができるとは思います。
池田
WHOでも、新しい変異株が出てVariant of Concern(VOC)という話がありますが、そういった将来的に何か問題になるようなウイルスに対する中和抗体は、現時点で調べることはできるのでしょうか。
石井
非常に難しい質問で、VOCが出た時点で自身の血清がそれを中和するかどうかは、研究者レベルではすぐに可能です。しかし、今の時点でウイルスがはやっているのは数カ月で、その波が来て下がってしまうので、中和アッセイを臨床的に測ることはなかなか難しいと思います。
池田
新しい変異株が出ても、それがずっと続くわけではないですよね。
石井
いま理論的に、かつプラクティカルにも可能になってきていますが、VOCが世界のどこかで出た、日本で出たということになると、1~2カ月で蛋白をアッセイするシステムはできます。もしお急ぎでしたら、それを研究者レベルで、もしくは医療機関から委託するレベルでも、できないことはないです。
ただ、それはまさにいたちごっこになり、今回の株には中和できたけれども次の株ではどうなのかは、誰も予想することはできません。
池田
新型コロナウイルスの激しい変異に人類がついていっていないような気がして仕方がないです。
石井
ただ、何度も何度も波が打ち寄せるように、コロナの感染の波がいま日本にも世界中にも来ていて、世界ではそれが何度も通り過ぎていて、ほとんどの方が感染歴ありです。重層的にいろいろな免疫が体についた状況になっているので、2020年のウイルス株が来て重症者がたくさん出たような状況には、もうならないと思います。
気をつけていただきたいのは、病原性が上がった下がった、もしくはウイルスの毒性が上がった下がったと言いますが、ウイルスの毒性や病原性は基本的に変わっていません。病原性を規定するものは宿主のほうで、我々の免疫がしっかりついてきたことで、相対的にウイルスの病原性が下がったという言い方が正しいと思います。
そのためにウイルスは進化して感染しやすくなったり、拡散しやすくなっていることはあると思いますが、実際に致死性が上がることは歴史的にはなかなかない状況になっています。
池田
何回も繰り返す感染症も含めて、ワクチンも併せて集団免疫ということで、人類自体の免疫性が上がり、重症化を防いでいる側面も大きいということですね。
石井
ただ、パンデミックは10年、20年、もしくは何十年に1回ということになるので、その間に生まれた子どもは感染歴がなかったり、もしくは年を取って免疫が落ちたりします。一度得た免疫は一生続くことがベストですが、それがパンデミックを完全に防ぐことは、そう長い時間続くものではないことになります。
池田
どうもありがとうございました