池田
免疫チェックポイント阻害剤についての質問です。この薬剤になじみのない方もいらっしゃるので、かみくだいてお話をうかがいたいと思います。
まず、免疫チェックポイントとは、そもそも何でしょうか。
岩井
免疫チェックポイントの話をする前に、免疫系について話したいと思います。
免疫システムには、免疫系を活性化する分子と抑制する分子があります。それぞれアクセルとブレーキのような関係で、免疫応答を調節しています。
例えば、ウイルス感染の初期にはアクセルが働いて免疫系が活性化し、ウイルスを攻撃します。ウイルスが減少すると、免疫応答を終わらせるためにブレーキが働きます。このブレーキ役として働くのが免疫チェックポイント分子です。
免疫チェックポイント分子がないと、いつまでも激しい免疫応答が続いて、自分自身の体が傷ついてしまいます。このように、免疫チェックポイント分子は、自己免疫応答や過剰な炎症反応を防ぐ大切な働きをしています。この免疫チェックポイント分子の代表的なものとしてPD-1、CTLA-4などがあります。
池田
PD-1は、どういうものですか。
岩井
この分子はリンパ球のうち、T細胞に発現しています。通常は発現していませんが、免疫応答が始まりT細胞が活性化してしばらくすると、「もう免疫応答は終わらせていいですよ」と遅いタイミングで発現して、免疫応答にストップをかける働きをしています。
池田
CTLA-4とは何ですか。
岩井
歴史的には、CTLA-4は最初に発見された免疫チェックポイント分子で、PD-1よりも前に発見されました。
T細胞には、CD28という活性化レセプターが発現していて、それと同じリガンドに結合する抑制性レセプターとして発見されたのがCTLA-4です。CD28とCTLA-4はペアになっていて、片方が活性化のシグナルを伝え、片方が抑制性のシグナルを伝える。このようにT細胞の免疫応答は調節されています。
それからしばらくしてPD-1という分子が1992年に発見され、分子構造がCTLA-4と似ていて、機能的にもT細胞を抑制する分子であることがわかりました。
池田
この2つは大きな意味でファミリー遺伝子ということですか。
岩井
はい。同じ免疫グロブリンスーパーファミリーに属する分子で、どちらも抑制性の働きをする非常によく似た分子です。
池田
歴史的にはCTLA-4が先、PD-1が後で見つかった。しかし、同じファミリーで免疫を抑制するということですね。
岩井
はい。
池田
なぜ、がんに効くのですか。
岩井
まず、がん免疫療法の話からさせていただきます。がん免疫療法とは、生体に本来備わっている免疫力を利用して、がんを治そうとする治療法のことをいいます。
この歴史は非常に古く、今から1世紀以上前にニューヨークの外科医であったウィリアム・コーリー博士が、がんに細菌を投与する治療をしたのが始まりといわれています。それから1世紀もの間、なかなか免疫の力だけでがんを治すことはできませんでした。
次に、なぜ、この免疫チェックポイント阻害剤が非常にがんに効いたのかということについて、お話ししたいと思います。従来の免疫療法はアクセルを踏むほうばかり頑張っていました。それに対して、免疫チェックポイント阻害剤は、ブレーキがかかっていたら車は動かないという逆転の発想でつくり出されました。
がんはとても賢くて、免疫チェックポイント分子を発現することによって、宿主の免疫系にブレーキをかけ、攻撃されないように逃げています。それに対して免疫チェックポイント阻害剤は、そのブレーキが利かないようにすることにより、免疫力を高める薬になっています。
池田
確かに新しい発想ですね。ブレーキをかけさせない、暴走させるということだと思います。
今はたくさんのがん種に適用になっていますが、だいたいどのがん種でも、がん細胞の周りは免疫チェックポイント分子が発現しているのでしょうか。
岩井
免疫チェックポイント分子がどのくらい発現しているかは、非常に個人差があります。そのため、実際に効果がある患者さんの割合は20%ぐらいになっています。薬の効き目に個人差がある点が、弱点といえます。
池田
私は皮膚科医ですが、最初に悪性黒色腫の治療で承認されました。今ではいろいろながん種に適用拡大されていますが、それぞれのがん細胞の抗原の特異性ではないことが基本になっているのでしょうか。
岩井
従来の抗がん剤は、がん細胞そのものを攻撃しようとする薬だったのに対し、免疫チェックポイント阻害剤は、免疫系を活性化することにより、がんを治そうとする治療なので、薬の標的はがんではなくリンパ球になっています。仮にがんが突然変異を起こしても、効果が長期間持続することが期待されます。
また、ある特定のがんを対象としたものではなく、特異性によって限定されないので、様々な種類のがんの治療に使うことができます。
池田
約20%の患者さんにしか効かないということですが、この薬は高価です。有効な例なのか、無効な例なのか、事前に知るような方法はあるのでしょうか。
岩井
その問題は非常に大事だと思います。医療費が高いですし、仮に投与しても8割の方には効かないという問題があるので、現在、世界中の研究者が、効く人と効かない人、あるいはかえって悪くなる人を見つけられるような診断マーカーを探す研究を展開しています。
池田
先生のところではいかがですか。
岩井
私は京都大学の本庶佑先生の下で、免疫チェックポイント阻害剤の開発に携わりました。その開発をした責任の下、ぜひ患者さんを見分けられるような診断マーカーを見つけたいと思って、現在研究を進めています。
池田
本当に期待されるものだと思います。画像上、がんが大きくなったり、小さくなったりということだけだと、有効性を評価しにくいとのことですが、これはどうしてでしょうか。
岩井
画像で評価した場合、陰影で判定しますが、その陰影の中身がわかりません。腫瘍自体が大きくなっているのか、炎症が起こって免疫応答が激しいために影が広がっているのか、その区別がつきません。
そのため、画像による評価だけでなく、血液中に出てきている成分を見比べるなどの方法により、効いているのか、効いていないのかが判定できるようなリキッドバイオマーカーという領域に最近は注目が集まっています。
池田
見た目だけではわからないということですね。皮膚科だと、黒色腫などは本当に大きくなっているのかどうか、ある程度、生検して見ることはできますが、肺がん、腎がん等の内臓がんは難しいですね。
岩井
がんの種類により生検できるもの、できないものがあると思います。また、がんのできている場所によっては、アクセスできないこともあるかもしれません。生検を行ったことにより、さらに転移したり、それが原因となって広がってしまうこともあるかと思います。できるかぎり、体を傷つけずに評価できる方法が望ましいと思います。
池田
それも含め、症例のバイオマーカーを見つけるのはたいへんな仕事だと思います。先生に頑張っていただき、多くの患者さんの福音となるよう、よろしくお願いします。ありがとうございました。