池田
脳梗塞の血栓回収療法についての質問です。まず、脳梗塞はなぜ起こるのでしょうか。
植田
大きく分けて3つのタイプの脳梗塞が知られています。
一つは、一番重症化しやすい心原性脳塞栓症です。特に心房細動、不整脈を持った方の心房内に血栓ができ、それが突然、脳に流れていき、パンと詰まります。
それから、最近増えているのがアテローム血栓性脳梗塞といって動脈硬化が主体になるもので、心臓の冠動脈が詰まるのと同様に、脳の血管、特に頸動脈などにプラークがたまり、そこで詰まったり、あるいは詰まったプラークが脳の中に流れていくタイプです。
3つ目が、日本人に昔から多いタイプのラクナ梗塞といわれる脳梗塞です。これは脳の中の穿通枝という非常に細い血管が詰まる、比較的軽症の脳梗塞です。この3つのタイプが、およそ1/3ずつといわれています。
池田
これが主なタイプですが、現在のガイドラインでは、一般的治療はどのようになっているのでしょうか。
植田
急性期脳梗塞のガイドラインは先ほどのタイプ別ではなく、全体の脳梗塞に対して、まず、急性期は発症から4.5時間まではtPAという薬を静脈内投与する。これが2006年に日本で認可されました。その後、進んできたのがカテーテル治療です。
池田
今回の血栓回収療法もカテーテル治療ということですが、一般に行われているカテーテル治療は、どのようなものでしょうか。
植田
カテーテル治療は、特に脳梗塞の場合、血栓回収のデバイスが2010年ぐらいから進歩してきました。通常、動脈硬化の細い血管を広げるステントは冠動脈ステントのように非常に硬いステントですが、脳の中の血栓をつかんで引っ張ってくるステントリトリーバーは自己拡張型で、非常に軟らかいステントです。
このステントリトリーバーというものを用いて脳の主幹動脈、太い血管に詰まった血栓をカテーテルで直接からめ取ってくる治療が進んできました。
池田
すべての症例に血栓回収という治療法を施すわけにはいきません。どのような症例が対象になるのでしょうか。
植田
脳梗塞は時間とともに進展していきますから、最初にエビデンスが確立されたのが発症から6時間以内になります。
しかも太い血管ですから、頸動脈から脳の中に入っていった血管で内頸動脈、あるいは中大脳動脈、そういった血管の主幹部の太い血管閉塞による早期の脳梗塞を対象にしています。
2015年にランダム化スタディが5つ発表され、tPA静注療法と比べてカテーテル治療をしたほうが3カ月後の転帰が良いという結果が出ています。
池田
ランダム化スタディですか。なかなかすごいですね。
植田
そうですね。日本は参加していない国際的な試験です。
池田
最近では、時間的にもっと延びてきているのでしょうか。
植田
6時間は非常に限られているので、それから12時間、今は24時間まで、いわゆるタイムウィンドウが延びてきています。
ただし、それには患者さんを選択する基準が少し厳しくなっています。CTやMRIの画像を見て、脳梗塞の進展がまだ少ないことを確認した患者さんは、12時間あるいは24時間まで有効であることも、ランダム化スタディで証明されています。
池田
時間的な余裕は広がってきたけれども、症例の選択はさらに厳しくなるかたちですね。
植田
そうです。
池田
しかし、逆にいうと、早くやったほうがいいことは確かでしょうか。
植田
それは間違いないです。
池田
もう一つ、tPAとランダム化スタディで比較されていますが、これは2つ併用するのでしょうか。
植田
tPAの適応である4時間半までに入院した患者さんは、先にtPAを打ってからカテーテル治療が標準ですが、実はtPAをスキップしてカテーテル治療だけをしたほうがよいのか、tPAもしたほうがよいのか。これもランダム化スタディが5~6つ行われていて、どちらがいいのかという結論はまだ出ていません。
ですから、tPAをせずにカテーテル治療だけをしたほうがよいというエビデンスは出ていません。病院、医師ごとに、tPAを入れるかどうかを決め、それぞれがやっている状況です。
池田
tPAとカテーテル治療の両方を一度に行うと、何か重篤な弊害が起こることがあるのでしょうか。
植田
tPAは血栓溶解剤ですから、出血性の合併症が多少多いのではないかという危惧はありましたが、実際のスタディではそれほど増えていませんでした。
ただ、tPAを入れたりするのに病院内で少し時間がかかったりする場合があるので、スキップしてカテーテル治療だけをやったほうがよいと考える医師もいます。
池田
それぞれの施設の得手、不得手というようなところでしょうか。
最初に、パイオニア的に血栓回収療法をされたのは植田先生ですが、今は施行可能な施設はけっこう増えてきているのでしょうか。
植田
かなり増えてきました。ここ数年で、日本脳卒中学会も脳卒中センターを指定するような制度が出てきました。全国に700を超える脳卒中センターがあり、そのすべてがカテーテル治療ができるわけではありませんが、おそらく7~8割の施設は、こういったカテーテル治療ができるようになっています。
ただし、それが24時間365日できるかは地域差があります。病院差もありますから、すべての人が平等に受けられる治療までには至っていません。
池田
これからどんどん増えることを期待しますが、医師の地域偏在性も含め、これからも対策をしなければいけないところですね。
植田
そのとおりです。
池田
また最初に戻り、具体的な血栓回収療法のやり方ですが、どこから刺入するのでしょうか。
植田
鼠径部の大腿動脈です。全身麻酔ではなく局部麻酔でできるカテーテル治療です。ここから頸動脈、首のところまで、太いガイディングカテーテルを持っていく。その中に細いカテーテルを通し、脳の詰まった血管までマイクロカテーテルを持っていきます。マイクロカテーテルの中に、ステントリトリーバーという血栓を回収する器具を挿入します。
現在、血栓回収にはステントタイプと吸引タイプの2種類があります。少し太めのカテーテルで吸引しますが、それも体外のポンプを使い、強力なポンプの力で吸引する。ときには吸引しながら、ステントリトリーバーで血栓を挟んでくる。そういったコンビネーションの使い方もします。
ですから、主幹動脈におけるこの治療の血栓の詰まったところの再開通率は、今は8~9割ぐらいです。
池田
それはすごいですね。ステントリトリーバーは、どういうイメージですか。ステントが行って開いて、血栓の周りにそれを挿入するかたちでしょうか。
植田
血栓の中、遠位側までマイクロカテーテルをまず通します。その中にステントリトリーバーを入れていき、今度はマイクロカテーテルを引くとステントが勝手に広がる。血栓より少し遠位部で広げて引っ張ってくるかたちです。
池田
向こう側にカテーテルの先が少し行って、そこで開いて手前に引っ張ってくるのですね。どのようにキャッチするのか、いろいろ想像していましたが、よくわかりました。
血栓を回収して再開通率が8~9割となると、予後はどうなのでしょうか。
植田
ランダム化スタディのデータからいうと、だいたい3カ月後に自立した生活を送れる方が5割程度です。この治療をしないと2~3割ぐらいです。倍ぐらいの患者さんが良くなります。
池田
それはすごい差ですね。日本ではどうしてもtPAもやるし、血栓回収もするし、というような感じになってしまうのでしょうか。できることは何でもやってくれということでしょうか。
植田
そうだと思います。
池田
両方やると片方ずつの治療よりもいいというエビデンスが出れば非常にいいですが、まだ臨床試験をやられているということで、その結果はいつごろ出るのでしょうか。
植田
tPAだけでなく、少し細い血管はどうか。内頸動脈という前方循環だけでなく、頭の後ろ、小脳、脳幹の血管はどうなのか。いろいろな適応を広げるためのランダム化スタディが、今は常に海外で行われています。
池田
それが出てくると、また広がりがありますね。今のガイドラインである程度決められている血管の部位、大きさが、さらに広がっていくのですね。
植田
そのとおりだと思います。
池田
現在、血栓回収療法はポピュラーになりつつありますが、ガイドラインはどんどん変わっていくのでしょうか。
植田
日本でもだいたい2年ごとに見直し、あるいは追記がされています。
池田
また新しいエビデンスが出ると変わっていくのですね。
植田
そういうことです。
池田
それに加えて、できる施設数が、あるいは365日24時間できる施設が増えれば、また患者さんにとっては恩恵ですね。どうもありがとうございました