池脇
高血圧患者さんへの降圧剤の投与により、平均余命が延びるというエビデンスがあるのか。すなわち、死亡が有意に減り、予後改善効果があるのかどうか、そのエビデンスを教えてください。
降圧の延長線上に患者さんの予後改善効果があるだろうと信じて治療していますが、確かにエビデンスについてはよくわかりません。
先生が関わっている高血圧学会の最新のガイドライン2019では、その辺りの予後に関しても触れられているそうですね。
田村
日本における高血圧患者さんは約4,000万人、成人2.5人に1人といわれるぐらい、重大な国民病の一つとなっています。実際、国内でのメタ解析を含めた大規模観察研究の結果を見てみると、年代、年齢にかかわらず、血圧が高ければ高いほど、脳心血管病の頻度が上昇することが報告されており、観察研究において、血圧と心血管事故、死亡率との関係は認められています。
池脇
確かにそういう観察、コホートも含め、血圧とイベントは正相関するということで、当然介入すればよくなるのではないか。おそらくいろいろな介入試験も行われ、そういったエビデンスが蓄積されてきたのではないかと思いますが、今の時点でのエビデンスはどういう状況でしょうか。
田村
日本においては年間約10万人以上の方が高血圧およびその関連疾患で亡くなっていると報告されています。となると、一般的に高血圧に対する降圧治療は生活習慣の修正、行動変容も含め、重要であると考えられています。
そこで、JSH2019では幾つかのCQ(クリニカルクエスチョン)の中で、CQ3として「降圧治療において、厳格治療は通常治療と比較して脳心血管イベントおよび死亡を改善するか?」という内容で設定し、今までに報告されている国内外のエビデンスから、このCQに関して検討を加えたのです。
池脇
どういう結果だったのでしょうか。
田村
例えば最初に厳格降圧についてですが、130/80㎜Hg未満の厳格治療による複合脳心血管イベントのリスクが厳格治療と、いわゆる通常降圧治療でどのような違いがあるのかを、国内外の介入RCTをまとめて解析しました。結果としては到達血圧でみた場合、厳格治療群で131/77㎜Hg、通常治療群で140/80㎜Hg。その2群比較により結果を見ると、p値=0.002で厳格治療群において、通常治療群に比べ、複合脳心血管イベントが有意に少ないという結果が得られました。
また、脳卒中イベントのリスク効果についても同様に、厳格治療群vs通常治療群で見た場合に、より低いp値=0.0009で、厳格治療群が標準治療群よりも脳卒中イベントが少ないことが明らかになりました。
池脇
確かに両方とも治療したにしても、そのイベントの発症には有意差があり、厳格に治療したほうが有意に抑えられているとなると、その延長線上にある死亡も有意に減っているのではないかと思いますが、どうだったのでしょうか。
田村
JSH2019においては、死亡率に関しての直接の検討は行っていません。しかしながら、この対象となった国内外の介入試験のうち、かなりインパクトを与えた試験として、米国で行われたSPRINT研究があります。この研究においては、いわゆる複合脳心血管イベントに加え全死亡率(total mortality)に与える厳格降圧の影響も同時に解析されました。
池脇
死亡も有意に抑えているという結果だったのでしょうか。
田村
厳格降圧群ではAOBPという、やや特殊な測定ながら平均血圧が収縮期で122㎜Hgぐらい、標準降圧群ではAOBPで135㎜Hgということで比較が行われ、主要脳心血管評価項目に関してまず説明すると、厳格降圧群において標準降圧群よりもHazard Ratioが0.75、25% risk reductionがあったことが報告されました。
そして、一番注目すべきはall-cause mortality、いわゆる全死亡に関しても、厳格降圧群では標準降圧群に比べ27%、死亡が減っていたことが明らかになりました。
池脇
降圧することにより、降圧しない場合に比べて予後改善効果があるか。いま介入試験で治療しないのは倫理的にもなかなか難しいので、どうしても通常治療と厳格治療の比較になると思います。なかなか差が出にくい状況においても、すべてではないにしても死亡が減っていることになれば、当然それは降圧しない状況に比べたらイベントも含め、死亡も改善するだろうと考えるのが自然かと思いますが、いかがでしょう。
田村
先生のご指摘されたようなことも重要ですし、このSPRINT研究において、この試験には75歳以上の後期高齢者の方が28.2%も含まれていたことが注目に値することと思います。SPRINT研究では後期高齢者も含め、厳格降圧のほうが標準降圧よりも心血管イベント、そして死亡率を改善する結果が明らかにされ、その意味で意義が大きいと考えています。
池脇
確かに、高齢者とそうではない方の降圧に関して言うと、高齢者は積極的に下げることはある意味、用心深くということはあるにしても、高齢者のほうがイベントのリスクは高いわけです。そういう意味では、高齢者に対してもイベント抑制効果だけではなく全死亡も下げるのは、私が見たほかのメタ解析でも死亡を有意に改善しているというデータがあるようですね。
田村
そのように思います。
池脇
厳格に降圧することがイベント、そして死亡に関してもいい影響を与えることが、おそらくエビデンスとして固まりつつある中で、外来で診ている患者さんで血圧の変動がやや高い人などは、様子を見る場合があります。今回のガイドラインではClinical inertia、要するに主治医が不十分なままで放置していることもけっこう問題のようですが、どうでしょうか。
田村
いま先生は2つの重要な点を挙げられたと思います。一つは血圧管理における血圧変動評価の重要性、もう一つは実臨床における降圧目標達成率です。
まず、血圧変動の意義と重要性ですが、今回のJSH2019では、実はエビデンスに多く出てくる診察室血圧よりも、むしろ家庭血圧による高血圧診断と血圧管理を推奨しています。すなわち、診察室血圧による値よりも、むしろ家庭血圧、特に朝の家庭血圧をきちんと下げていくことが臓器合併症の予防、予後改善に重要であるというエビデンスが出てきており、その点が今回のガイドラインの新しい点の一つかと思います。
私の外来でも診察室血圧で降圧不十分であるような方でも、患者さんに家庭血圧、特に朝の家庭血圧をなるべく測定していただき、朝の家庭血圧が低くコントロールされていると、家庭血圧の降圧目標は診察室血圧の降圧目標よりも収縮期、拡張期ともに5㎜Hg低い値を設定しています。例えば、朝の家庭血圧できちんと下げられている方は、それほど心配はないと考えています。
もう一つですが、inertia、いわゆるアドヒアランスですが、いろいろな国内からの研究結果を見ても、例えば130/80㎜Hg未満という厳格降圧目標達成率が必ずしも高くない。JSH2019が刊行された付近の降圧目標の解析研究でも、国内で21.3%という報告が出されています。例えば、いま日本医師会、糖尿病学会、高血圧学会が進めている、かかりつけ医によるリアルワールドデータ解析J-DOME研究を見ても、糖尿病合併高血圧患者さんの降圧目標130/80㎜Hg未満の降圧目標達成率は神奈川県からのデータだと、30%を超えるぐらいということです。この降圧目標の達成率を上げていくのも非常に重要な課題として、高血圧学会では捉えているところです。
池脇
きちんと降圧すればイベントのみならず予後も改善できる。実臨床できちんと厳格に治療することが一番重要だと改めて認識しました。ありがとうございました。