齊藤 山名先生の施設の症例数は、年間どのくらいですか。
山名 私たちの病院では年間1,600~1,800件ぐらいの肛門疾患の手術を行っています。
齊藤 ハイボリュームセンターということになりますね。まず痔核とはどういうものでしょうか。
山名 痔核はいわゆるいぼ痔といわれるものですが、もともと肛門の中にある軟らかい、肛門クッションと呼ばれる細かい血管を含んだ部分が、長年の排便やうっ血の繰り返しにより徐々に膨らんできて、それが出血や痛み、脱出という肛門の外に飛び出してくる症状を呈してくると、いわゆる痔核としての治療が必要な病気と考えています。
齊藤 まずは薬を使って対処するのでしょうか。
山名 最初の治療としては坐薬や軟膏、便通を整える軟便剤を使いながら、出血や痛み、脱出症状が治まるかどうかを見ていきます。
齊藤 それである程度コントロールできればよいのでしょうが、ある段階で手術を決断することになるのでしょうか。
山名 そうです。痔核は排便のために脱出します。初期のうちは排便後に自然に戻りますが、だんだん進行してくると自然に戻らず、拭きながら自分の手で押さないと戻らない状態になってきます。これは毎日のことなので非常に煩わしい症状といえます。また、歩いたり運動をしているときに、お尻からプッと出てきてしまうような脱出の煩わしさが強くなってきている方は、坐薬や軟膏だけではなかなか改善されないので、手術による治療をお勧めする場合があります。
齊藤 出血もありますか。
山名 鮮やかな色の血がポタポタ出たり、中にはシャーッと出たり、比較的出血の量が多いことが特徴です。出血に関しては坐薬や軟膏で治まる方が多いのですが、出血が繰り返し続くと慢性的な貧血になってしまう方もいます。そういう方には手術をお勧めすることがあります。
齊藤 どういった手術になるのでしょうか。
山名 痔核の手術として一番一般的なのは、いぼ痔のところを切除して、根本の部分を結紮、縫合する結紮切除術です。これが長年、痔核の手術の基本とされています。
齊藤 それに加えていろいろな進歩があるのですね。
山名 痔核の手術は、どうしても術後の痛みが大きな問題です。常時痛いわけではないですが、最初の1~2週間は排便のときに強い痛みが出やすいです。その痛みを減らすための工夫として、痛みの原因になるといわれている結紮を省略するため、超音波デバイスを使用します。また、あまり深く切り込まないように硬化療法という注射薬を併用する術式もあります。
齊藤 そういった工夫が行われることにより、術後のいろいろな困ったことを減らしていこうということですね。
山名 はい。手術後に突然出血する合併症のリスクを減らすためにも、超音波デバイスを使用したり注射薬を併用するといった工夫がなされています。
齊藤 次は痔ろうですが、これはどういうものでしょうか。
山名 肛門の中にもともと粘液を排出する小さなくぼみが幾つもありますが、そこに便中の細菌が入り込んで感染して、肛門周囲膿瘍という肛門の周りが化膿するような状態が痔ろうの始まりです。
肛門周囲膿瘍を発症すると、自然に破れて膿が出たり、病院で切開して膿を出す応急処置を受けたりすることで、その腫れはいったん引いて肛門周囲膿瘍の腫れや痛みは良くなります。しかし、膿が出た後に、菌が入った入り口のくぼみと膿が出た皮膚側の出口のところをつなぐ、ろう管という膿の管ができてしまいます。それを痔ろうと言います。
その膿の管がいったんできてしまうと、自然に治ることがなく薬でも完治しないので、手術が必要になってきます。
齊藤 急性期の肛門周囲膿瘍の対策としては、まず切開ということでしょうか。
山名 はい。肛門周囲膿瘍の場合は排便と関係なく常に痛いことが多く、夜も眠れないほど痛いということで病院にいらっしゃる方が多いです。
診察をして腫れや発赤といった肛門周囲膿瘍の所見があれば、まず応急処置として切開排膿をします。これは局所麻酔で皮膚を麻酔して、メスで切開することで膿を排出させます。膿がいったん排出されると痛みは劇的に和らぐので、あとは抗菌薬と鎮痛薬の飲み薬で数週間、経過観察します。
それで7~8割の方は、そのまま痔ろうになってきますが、中には痔ろうとしての穴が残らないで、いったんきれいに治まってしまう方もいます。そういう方は様子を見ていただきますが、いったん治っても、また同じくぼみから菌が入り、肛門周囲膿瘍になることを数カ月ごとに繰り返す方もいます。2度目の場合は比較的早めに手術をお勧めするようにしています。
齊藤 その場合は、どういった手術になりますか。
山名 痔ろうの場合、ろう管組織を取り除かないと治らないので、ろう管そのものを取り除きます。しかし、痔ろうのろう管が肛門括約筋という肛門を締めている大事な筋肉の中を貫いているものですから、肛門括約筋をできるだけ損なわないよう、痔ろうのろう管の部分だけを取り除く手術をします。
比較的浅い痔ろうであれば、筋肉の部分を切っても肛門の締まりにほとんど影響しませんが、複雑痔ろうや深部痔ろうといわれるタイプの痔ろうは、どうしても筋肉の深いところに入っていきます。その場合は、筋肉を切らず、痔ろうのろう管組織だけを切除し、筋肉の部分にはゴムひもを通しておきます。シートン法といいますが、外来で時間をかけ、ゴムの力でゆっくり括約筋の部分を切りつつ治していくと、肛門の締まりへの影響が最小限に抑えられます。
齊藤 裂肛はどういうものでしょうか。
山名 裂肛は一般的に切れ痔といわれるものです。肛門の中には肛門上皮という皮膚の部分があり、そこが広がりにくいと硬い便が通過するときに傷をつけてしまい、排便のときに鋭い痛みが生じます。出血は比較的少なく、紙につく程度のことが多いですが、とにかく排便時の痛みが強いのが特徴で、便秘がちな若い女性などに比較的多く見られる疾患です。
齊藤 対策、手術となると、どういうことをするのですか。
山名 まずは坐薬や軟膏で痛みと出血が治まるかどうか経過を見ます。比較的浅い傷であれば1~2週間、薬を使うことで治まります。それでも症状が改善しない方や、傷が深くて慢性化している方は手術が必要になります。
手術は肛門を広げることが目的であり、切れ痔があるところと違う位置で切開を加え、肛門を少しだけ広げます。あとは、切れ痔がある部分に見張りいぼや肛門ポリープといった前後の隆起ができてくるので、そういった部分も取り除きます。
齊藤 専門性が高い領域であるがゆえに、先生のところはハイボリュームセンターになっているということで、手術は相当な経験がある医師にお願いするのがよいのでしょうね。
山名 小さないぼ痔や単純な痔ろうは一般外科や消化器外科の専門医であれば行える手術ですが、大きないぼ痔や複雑痔ろうの手術は細かい処置の勘どころというものがなかなか難しく、習得しにくい技術なので、肛門手術の経験を数多く積んだ大腸肛門外科の専門医に手術をお願いするのがよいかと思います。
齊藤 どうもありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅴ)
痔疾患に対する治療
JCHO東京山手メディカルセンター副院長
山名 哲郎 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)