大西 大腸腫瘍に対する外科治療についてうかがいたいと思います。
疫学的に日本人女性に大腸がんが多いと聞きますが、その辺りはどういう状況になっているでしょうか。
石原 いま日本の大腸がんの年間の年齢調整罹患率は15万人で、毎年新しく15万人が診断されているということです。スクリーニング、検診が日本でもだいぶ広まってきていますが、日本の現状ではまだ十分ではなく、大腸がんは増え続けています。アメリカなどでは、内視鏡のスクリーニングが日本よりだいぶ進んでいて、大腸がんは減少傾向にあるといわれています。
大西 日本では検診で便潜血を行うことになっています。それだけでは十分ではないのでしょうか。
石原 便潜血の受診もまだ十分ではないですし、陽性と言われても、そのまま過ごしてしまう人がかなりいることが大きな問題だと思います。
大西 内視鏡的な切除術もだいぶ進歩していると思いますが、内視鏡で行うのか、外科に任せるのか、その辺はどのように判断するとよいでしょうか。
石原 内視鏡治療の技術は、日本はもう世界のトップレベルです。昔は大きなものは難しいと言われていましたが、最近は大きなものでもESD(Endoscopic submucosal dissection)といった技術を使うなど、世界をリードするような技術を持っています。
基本的には手術が必要になるような、進行がんはもちろん、リンパ節は腸の外側にありますから、早期がんでもリンパ節への転移やリスクがある症例は、外科的に取らなければいけません。早期がんであってもリンパ節転移のリスクを評価して、リスクが高い症例は外科治療となるかと思います。
大西 外科治療の標準的な術式は一般的にどのようなものでしょうか。
石原 大腸がんの外科治療は腸にできた原発病巣を取ることと、所属リンパ節、リンパ節転移のリスクのある領域の部分を取るリンパ節郭清、その2つからなります。
大腸は、おなかの中にグルッとある1~1.5mぐらいの臓器ですが、大腸の各部分を栄養する支配血管があり、そういった領域に沿ってリンパ節転移が起こると考えられています。そこを栄養する血管の解剖から、その部位により定型的な術式が決まっています。
大西 リンパ節郭清が重要だということですね。進行直腸がんも対応がたいへんだと思います。一般的にはどのように行われているのでしょうか。
石原 直腸がんは大腸の肛門に近い20㎝ぐらいの部分にできるがんで、特に頻度が高い領域ですが、外科治療という観点からはほかの部分よりもいろいろな問題があります。一番の問題点は、肛門に近いので肛門がきちんと残せるかということだと思います。
それに関しては、肛門を残して手術するような技術が進歩していますが、本当に肛門に近いところだと、肛門を残せないことがあります。肛門が残せるかは大きなポイントで、患者さんにとっても大きく関わってくるところかと思います。
もう一つの問題点は再発が多いことです。特にがんを取った部分にできる局所再発が多く、それをいかに制御するかが治療のポイントになると思います。
大西 腹腔鏡の手術もだいぶ盛んに行われています。その辺りの状況について教えていただけますか。
石原 腹腔鏡の手術は最近20年ぐらいで技術が進歩しました。特に大腸は腹腔鏡の手術が解剖学的にも技術的にも適しているところで、20年ぐらい前に報告されたものが、最近は本当に広く行われるようになっています。
日本でも、大きな病院だと過半数の大腸がんは腹腔鏡で手術が行われています。腹腔鏡はおなかを大きく切開しない手術です。おなかに穴を開け、そこから細長い器具を使ってスコープを入れ、それを見ながら手術します。患者さんの体にやさしい低侵襲手術として非常に広まってきています。
大西 さらには、ロボット支援下の手術もいろいろな施設で行われるようになっていると思いますが、その現状などを教えていただけますか。
石原 ロボット支援手術は、日本では10年ぐらい前から行われるようになってきています。最近は直腸がんも、それ以外の部分も保険適用が認められるようになりました。
大腸がん領域だと、直腸がんから行われるようになりましたが、ロボット支援手術は、腹腔鏡と同じようにおなかに穴を開け、スコープを見ながら行います。器具の操作を繊細に行えたり、関節がたくさん付いた器具を使いますから、非常に細かい操作を正確に、しかも深いところでできるようになっているのが特徴です
特に直腸がんは肛門に近い、骨盤の深いところにありますから、ロボット支援手術はそういったところに適した手術法として広まっています。今は日本でも、大きな病院ではロボット支援手術がどんどん行われるようになってきています。
大西 患者さんへの侵襲もかなり軽減されているのでしょうか。
石原 腹腔鏡もロボット支援も同じ低侵襲手術で、ロボット支援のほうがはるかに精密な操作ができますから、われわれの感覚としては、そういった部分ではロボット支援手術に分があるところもあると思います。
ただし科学的に、いわゆる臨床試験で明確に差があるかというと、まだそこまでは示されていません。正確な操作ができるということで外科医は期待しています。
大西 これから、ますます広がっていくということですね。
直腸がんに対する術前放射線療法などが行われていると思いますが、その辺りのことをご紹介いただけますか。
石原 直腸がんは骨盤の深いところにありますから、切除した後、そこにまたがんができてしまう局所再発が最大の問題です。
そういう治療が初めて行われたのは欧米で、50年ぐらい前に初めて報告されました。2000年代になり、欧米を中心に非常に大規模な臨床試験が行われ、手術の前に放射線あるいは抗がん剤を加え、簡単に言うと、がんを小さくして切除することで局所再発が減ることが、幾つもの臨床試験で示されました。
日本は、もともとそういう術前治療にはあまり積極的ではなく、外科医の姿勢としても手術によりしっかり治すという考えが強かったのですが、最近は日本でもそういう欧米の考え方を取り入れるようなところが増えてきていると思います。
大西 この方法は患者さんのQOLの改善にも役立つのでしょうか。
石原 一つはがんを小さくして手術することで、それにより肛門が残せるようになることがあると思います。
また、リンパ節郭清の範囲を縮小することができる場合もあり、それによる機能障害も減らせる可能性があると思います。
一方で、放射線自体にも副作用がありますから、そういうデメリットはあります。ただし、局所再発を減らすという観点、肛門を残せるチャンスを増やすという点では、患者さんにメリットがある治療だと思います。
大西 直腸がんの予後が改善するというエビデンスのようなものが徐々に集まってきているのでしょうか。
石原 局所再発は半分ぐらいに減るかと思います。全生存、生命予後までは完全には示されていませんが、局所再発は直腸がんの治療のポイントになる部分ですから、それが放射線と抗がん剤で半分ぐらいになると考えられています。
大西 将来の方向性に関してうかがいたいのですが、これからはロボット支援手術がかなり優勢になってくる流れになるのでしょうか。
石原 現状で、日本を含め世界中でロボット支援手術を取り入れる施設が増えてきています。特に直腸がんではロボット支援手術は非常にメリットのある術式だと思います。
大西 どうもありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅴ)
大腸腫瘍に対する外科治療
東京大学腫瘍外科教授
石原 聡一郎 先生
(聞き手大西 真先生)