ドクターサロン

 齊藤 クローン病についてうかがいます。まず、炎症性腸疾患とはどういったものでしょうか。
 猿田 炎症性腸疾患は、潰瘍性大腸炎、クローン病という二大疾患に代表される、腸を中心とする消化管粘膜に炎症が生じる疾患です。
 潰瘍性大腸炎は、直腸から連続して口側に広がる大腸に炎症を起こす疾患です。一方、口から肛門まで食べ物が通る消化管のいかなるところでも炎症を起こすことがあるのがクローン病です。
 いずれも遺伝的背景のうえに免疫異常を起こし、食事や様々な環境因子をきっかけに発症する疾患で、残念ながら完治することがないことから、難治性炎症性腸管障害と呼ばれています。
 齊藤 症状はどうですか。
 猿田 潰瘍性大腸炎の場合、大腸の粘膜がびまん性、全周性、連続性に炎症を起こし、大腸にある毛細血管網が必ず破綻するので、血便が主症状となります。
 一方のクローン病は散在性、つまり、飛び飛びに潰瘍を起こすので、潰瘍を起こした場所に血管があると血便となりますが、血管がない場合は下痢症状のみとなります。また、クローン病は、栄養を吸収する小腸にも炎症を起こすことが多いので、栄養吸収障害を伴い、痩せてきます。半年で6~7㎏など、体重減少を伴った慢性下痢症を起こすのが特徴かと思います。
 齊藤 同じ炎症性腸疾患でもだいぶ違うのですね。疫学的にはどうでしょうか。
 猿田 アメリカでは潰瘍性大腸炎とクローン病の比は1対1であることが知られています。日本では潰瘍性大腸炎とクローン病の比は3~4対1と、潰瘍性大腸炎が3~4倍多くなっています。
 実は2024年、大規模な疫学研究が行われる予定になっていますが、2014年末に行われた疫学研究では、潰瘍性大腸炎が約22万人、クローン病が約7万人いることが報告されています。2024年の調査においては、おそらく潰瘍性大腸炎は26万~30万人、クローン病は9万人程度になるのではないかと予測されています。
 そして、クローン病に関しては、男性がやや多い傾向がありますが、潰瘍性大腸炎に関しては性差はありません。
 齊藤 年齢はいかがですか。
 猿田 潰瘍性大腸炎は、好発年齢は20代、いわゆる働き盛りに多いのに対し、クローン病は10~20代で、成長期に起こすことが多いことが知られています。
 齊藤 そうすると、学校や会社等で困ることになりますか。
 猿田 潰瘍性大腸炎、クローン病ともに、学校生活が活発な時期、あるいは働き盛りの時期に発症し、慢性の下痢や腹痛を起こします。そのため、授業中や仕事中に席を立つことも多くなり、やる気がない人と勘違いされたり、腹痛により学校や仕事に行かれなくなり、家に閉じこもってしまう人もいることが問題点として挙げられてきました。
 齊藤 病態はわかってきたのでしょうか。
 猿田 潰瘍性大腸炎も、クローン病も、根本の引き金となるものに関してはまだわかっていませんが、遺伝的背景のうえに生活環境が影響してくることが知られています。クローン病では、脂質の摂取量が多くなればなるほど、この病気を起こす率が上がるといわれています。
 かつては、アメリカ、ヨーロッパに多かった疾患ですが、アジア圏でも脂質の摂取量や欧米化した食事が増えている日本、韓国、中国の大都市圏では、クローン病の発症率が増えています。
 齊藤 細胞レベルではどうですか。
 猿田 我々の体の中の消化管粘膜直下には、栄養素等が体に入っていいかどうかを見極める役割をする樹状細胞系統が門番のように構えています。
 クローン病では、その門番のように構えている樹状細胞系統が、細菌なのか食事抗原なのかはまだ判明していませんが、刺激を受けることにより、病原性マクロファージ、病原性樹状細胞と呼ばれる病的細胞に変化し、過剰な炎症性サイトカインを発現することが知られています。
 代表的なサイトカインはTNF-αで、このTNF-αが過剰に分泌されることにより、腸管粘膜の傷害が生じたり、炎症細胞をさらに誘導したりすることで、慢性炎症が継続することが知られています。
 炎症が持続すると浮腫状変化、発赤変化などの初期変化が認められますが、そのときは、患者さんは症状を認めないことも多いです。しかし、炎症がひどくなると、深い潰瘍、大きな潰瘍となり、痛みや下痢を起こすようになります。
 クローン病では特に回腸末端といわれる小腸の最後の部分で炎症を起こす方が多いのですが、ここは栄養吸収とかかわるため、脂質の多い食事をとった後に、右下腹部がかなり痛くなることで気づく患者さんも多くいらっしゃいます。さらに、下痢が止まらなくなるとともに、肛門に痔ろうといわれる肛門病変を合併し、排泄することが苦痛となり、患者さんが異変に気づいて受診し、クローン病の診断になることも多いです。
 齊藤 小腸病変は、内視鏡で検査できるのですか。
 猿田 小腸は6~8mの長い臓器なので、全部を簡単に検査することは難しいですが、クローン病は回腸末端、つまり小腸の最後に炎症を起こすことが多いので、通常の大腸内視鏡を少し小腸側にまで進めることにより、病変の有無を確認できます。
 小腸に広範に病変を持つことがわかった患者さんは、より詳細に小腸を観察するために、カプセル内視鏡を用いたり、大学病院などではバルーン小腸内視鏡を使って検索し、病変の分布を正しく評価します。
 さらに、クローン病は食道や胃にも潰瘍を起こすことが多いので、上部消化管内視鏡検査を行い、食道や胃・十二指腸の病変の有無も確認します。
 齊藤 重症度分類がありますか。
 猿田 日本ではCDAIやIOIBDという分類を重症度分類に用いています。実際の患者さんの重症度は、潰瘍の程度により変化し、時に激しい下痢、発熱、腹痛、腸の穿孔を起こします。そのような重症度が高い方に対しては、必然的に少し強い薬から治療開始となります。
 ただ、クローン病といっても必ずしも炎症が激しい病型ばかりではなく、軽症で見つかった場合には、5-ASA製剤や成分栄養剤から治療を始め、段階的に治療強化することもあります。
 齊藤 重症度に応じた治療となりますが、まずは5-ASA製剤でしょうか。
 猿田 5-ASA製剤は、ほぼすべてのクローン病患者さんに適用となる薬剤で、我々の施設ではほぼ100%処方します。ただ近年、5-ASA製剤を投与された患者さんのうち、5-ASA製剤を飲めば飲むほど腹痛がひどくなり、水下痢が増悪して、発熱を起こす「5-ASAアレルギー」を生じる方が10%ほどいることがわかってきました。そのため、内服開始後に、症状がより悪化していないかどうか確認することが大切です。
 齊藤 次はどうなりますか。
 猿田 基本は5-ASA製剤と、小腸の炎症を抑える目的に成分栄養剤を使いますが、これだけで抑えられる患者さんはクローン病の中の一部にすぎません。
 次の段階は、副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)を使うことが多いです。プレドニゾロンは1カ月の投与で有効性が8割を超えることが知られており、有用性が高い薬剤です。
 ただし、アメリカで行われた観察研究を見ると、プレドニゾロン使用者のうち1年後にプレドニゾロンが外れている方はわずか1/3しかおらず、2/3の方は、またステロイドを使うことになっていたり、手術に移行しています。ステロイドは一過性には満点に近い役割をする薬ですが、長い目で見ると、再燃率が高いことが問題とされています。
 齊藤 先ほど説明のあった病態に対する薬が出てきたということですね。
 猿田 はい。ステロイドは、ある意味、multi cytokine blocker、つまりいろいろなサイトカインを同時に止めることができる有効性がありますが、クローン病ではステロイド治療後に再燃することが多いため、その次はクローン病の病態で中心の役割を担うTNF-αを阻害する抗TNF-α抗体を使うことが多いです。
 この理由として、日本のクローン病患者さんは、欧米に比して肛門病変を合併する率が高く、実に5割以上の方が難治性の肛門病変を持ちます。肛門病変に対し最も成績が良い、つまり治療効果の高い薬が抗TNF-α抗体であるので、抗TNF-α抗体が選択される傾向にあるのです。
 齊藤 次の一手もあるのですね。
 猿田 抗TNF-α抗体はあまりに有効率が高いことから、Miracle Medicineという評価をされたこともありましたが、後に問題点も少し見えてきました。
 それは二次無効という現象で、インフリキシマブを継続しているにもかかわらず、年々効かなくなる患者さんが増えることを指します。最終的に5年ほどたつと6割の方が効かなくなるという報告もあります。この場合、次の薬に移行する必要があります。
 近年、Th17細胞といわれるリンパ球が、炎症の主座を握っていることが報告され、このTh17細胞を増やさないようにすることも一つの治療ターゲットとなっています。IL-23というサイトカインが高いとTh17細胞が増えることが知られており、IL-23を阻害する抗体製剤が登場し、有用性を発揮しています。
 齊藤 まだほかにもありますか。
 猿田 はい。慢性炎症はリンパ球たちが形成します。特に、腸の炎症が慢性化すると腸管外からもリンパ球が呼び寄せられることが知られています。
 この呼び寄せられたリンパ球を通称、腸型リンパ球といいますが、この腸型リンパ球が腸の炎症部位に次々と駆けつけてしまうために、炎症が持続することになります。このリンパ球が駆けつけることを阻害する薬が、抗α4β7インテグリン抗体製剤で、慢性の炎症を形成させる炎症細胞の集合を止めることで、炎症を根絶やしにする作用を示します。
 齊藤 最終的には患者さんのQOLが良い状態を保つということでしょうか。
 猿田 はい。さらに近年ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬が登場し、注射剤と同様の有効性を示しますが、内服薬であることが大きな魅力とされています。
 患者さんのQOLの視点からすると、内服薬で済むのは、かなり朗報かと思います。また、JAK阻害薬による治療は、長期寛解になったら、一時的に休薬もできる可能性を秘めており、QOLをより改善するのではと期待されています。
 注射薬の抗体製剤は一度始めると、基本、生涯にわたり打ち続けなければいけないことが多いのですが、このJAK阻害薬では、コントロールがつき、落ち着いた場合には、一時休薬することができる可能性を秘めており、これが未来を変えるのではと期待されています。
 齊藤 ありがとうございました。