ドクターサロン

 池脇 腎不全の方の貧血の新しい薬、HIF-PH阻害薬についてです。3年前にもHIF-PHの質問をいただきました。内田先生は腎臓学会で「HIF-PH阻害薬の適正使用に関するrecommendation」の委員長をされているということで出演していただきましたが、先生の「素晴らしい薬なので、大事に育てたい」というお言葉が今でも印象に残っています。
 内田 ありがとうございます。
 池脇 画期的な薬が2019年に出て5年ぐらい経ちましたが、HIF-PH阻害薬の現場での使われ方はどういう状況でしょうか。
 内田 製薬メーカーの思いとは別に、思ったほど皆さんが爆発的に使っているところまではいきませんが、すでに5種類の薬が出ており、それぞれにいいところ、特徴などがあります。今、それらを透析の患者さん、保存期の患者さんに使っていただいているところです。
 池脇 それまでは、エリスロポエチンは経口ではなく注射だったので、一般の臨床実地の医師がそこまでやるのは、なかなか敷居が高かったように思います。しかし、今はこういった薬を処方すればいいことから、裾野は広がっているということでしょうか。
 内田 これまでの注射薬ですと専門医が扱うことが多かったのですが、経口薬になったことで、腎臓の機能が少し悪くて貧血がある方に、一般医家が処方できる腎性貧血治療薬です。今まで紹介状を書き、専門医に送ってきた患者さんを、ご自身のかかりつけ医で腎性貧血を診ていただけるようになったことは、すごく喜ばしいことだと思います。
 池脇 そうですね。ただ、HIFの役割ということから、例えば血管内皮の増殖因子(VEGF)を増やすことにより考えうる合併症、悪性腫瘍から糖尿病の網膜症、加齢黄斑変性症、血栓塞栓症などが起こりうることも、recommendationとして出されており、結論というには期間的に十分長くはないですが、大きな合併症はあまり出ていないように思います。
 内田 皆さんに適正使用していただいているおかげではないかと思いますが、症例報告は出ています。
 投与したら網膜症が悪化して、中止したら良くなったというような単発の症例や学会報告です。また中枢性の甲状腺機能低下症になった症例が複数報告され、電子添文に追記された薬剤がありましたが、使用そのものをやめたほうがいいというような大きな合併症の報告はないと思います。
 池脇 合併症の大きな波が起こって、販売中止になってしまうことが先生は一番心配されていた事態かもしれませんが、少なくともそういうことはないのですね。波が立っていないとは言わないけれども、ほぼいい状況なのですね。
 内田 想定範囲内です。処方される医師たちのおかげだと思います。
 池脇 そこでこの質問です。
 HIF-PH阻害薬の薬効におけるRDWの意義とはなんでしょうか。
 内田 RDWは、HIF-PH阻害薬を使ったときだけに見なければいけない指標ではありません。鉄欠乏が潜在的にある状態の患者さんに、腎性貧血の治療をするとき、鉄が十分投与されているかどうかの指標です。
 これまでは、フェリチン、TSAT、鉄の飽和率、鉄自体の値を見て、鉄が十分かどうかをみてくださいとガイドラインに記載されていますが、最近はそれだけでは不十分ではないか、特にHIF-PH阻害薬は鉄の代謝を非常に良くしてしまい鉄不足になりやすいので、注意喚起として、今までのフェリチンやTSATだけではなく、RDWのような赤血球の体積の分布の広がりもみたほうがよいという考え方です。要は、鉄が十分であれば分布は狭くなるはずです。
 赤血球の体積が大きいところにまとまっていればいいのですが、小さなものから大きなものまでばらつきがあると、まだまだ鉄が足りない赤血球があることを示しています。ですからRDWが大きいと、まだ鉄が不足しているのではないかがわかる指標となります。
 例えば栄養状態や肝機能などはフェリチンやTSATに影響を与えますが、RDWはそれらの影響をあまり受けないので、透析専門医や腎臓専門医の間では、鉄欠乏の指標としてRDWも用いて、適切に鉄を補充してから刺激剤を使うという方向性も議論されています。それはエリスロポエチンでも、HIF-PH阻害薬でも、どちらもです。質問された医師はおそらく一般医家で、HIF-PH阻害薬を使うときに、どうやってRDWを使ったらいいのでしょうかという質問ではないかと思いました。非常に勉強されておられ、敬服しました。
 池脇 私も単純にHIF-PH阻害薬の効果はHbの改善かと思いましたが、確かにHIF-PH阻害薬は鉄の需要が増えますね。鉄が欠乏しやすい状況でHIF-PH阻害薬を使うのではなく、鉄を十分補充してから使う。それが十分かどうかを、こういう指標で評価するのですね。
 内田 はい。RDWだけ見ればいいのではなく、フェリチンやTSATだけよりも、通常、血算の返信として戻ってきている値ですので、これまであまり鉄補充治療の指標となってこなかったRDWも、指標として有用ではないかということです。
 池脇 HIF-PH阻害薬の効果を100%発揮してもらうには十分な鉄がないといけないということから、RDWを一つの指標として使うという考え方ですね。
 内田 そうです。鉄が十分にあれば必要最低限のHIF-PH阻害薬の量で効果が最大に得られるので、なるべく、鉄が十分かどうかを、いろいろなアンテナを使って感知するべきではないかという考え方です。
 池脇 HIF-PH阻害薬を処方した患者さんには定期的にこういった指標を見ていったほうがいいですか。
 内田 まず、HIF-PH阻害薬を処方する前に、鉄の代謝の状況について、その患者さんがどうなのかを評価する必要があります。栄養状態や肝機能、まだ月経がある女性とか、いろいろなことにより鉄代謝が変わってくるので、投与前にフェリチン、TSAT、鉄とともにRDWも含めて評価していただき、鉄が足りなければまず鉄補充をし、これらの指標が鉄の充足を示したら、HIF-PH阻害薬を処方するという段階を踏んでいただくことがいいと思います。
 池脇 まずは鉄の状況を把握して、不足があれば補充したうえでスタートするのですね。
 内田 鉄を補充しただけでHbが上がってくることがあります。であれば、HIF-PH阻害薬を投与する必要はまだないわけです。
 池脇 確かに、そうですね。それも適正使用の一つですね。
 内田 はい。3年前にできなかったことを今回はお話しできて、私もとてもうれしく思います。
 池脇 この質問はなかなか深いといえますね。
 内田 本当にびっくりしました。
 池脇 腎臓専門医ではないところからこういう質問が出てくるということは、たぶんHIF-PH阻害薬を使われていて、こういった考えを実地臨床で患者さんに還元しようということですね。
 RDWは、日本語で赤血球の体積分布幅という意味ですが、これは今後ガイドラインにも登場する可能性がありますか。
 内田 可能性はあると思います。どうしてもエビデンスレベルの高い論文がないと、なかなかガイドラインに載せられない事情もありますが、2015年のガイドラインでは、RDWには一言も触れられていません。鉄、フェリチン、TSATでコントロールするようにとしか書いてありませんが、現在、2015年版日本透析医学会「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」が改定中とうかがっており、もしかしたらRDWについて記載されるかもしれません。
 池脇 貧血を改善する意義も確認したいのですが、貧血は腎不全患者さんの予後の規定因子の一つですね。
 内田 そうですね。貧血を良くすると腎不全の進行が遅くなる。そこも両方向性ですし、未来の心血管系の合併症の予防をできることも、患者さんのQOLにとって非常に重要ではないかと思います。
 池脇 最後に、5種類のHIF-PH阻害薬は満遍なく使われているというよりも、幾つかが非常によく使われています。何となく薬の優劣が、使われている量に影響しているかのような印象を受けますが、いかがでしょうか。
 内田 私は、そのようなことは決してないと思います。やはり、発売された順番に影響されているように思います。最後に出た薬はなかなか苦戦しているようですが、処方数が少ない薬の効果が悪いわけではなく、5種類それぞれに特徴があります。
 一般医家がいろいろなHIF-PH阻害薬を使うことで、そこからエビデンスを創出していただければ、私たちとしても、それをガイドラインに利用させていただくという意味で、いい循環が生まれるのではないかと思います。
 池脇 内田先生の大事に育てたいというものが、そのとおりになっていることがわかりました。ありがとうございました。