ドクターサロン

藤城

慢性便秘に対する治療についてうかがいます。

まずはじめに、自分は便秘であると思っている方もたくさんいらっしゃると思いますが、実際に便秘の方は増えているのでしょうか。また、その原因は何だと考えられているのか教えてください。

伊原

便秘症、便秘持ちの方は増えていると思います。実際、便秘症は若い方、女性に多い病気ですが、65歳を超えると性差がなくなり、慢性便秘症の有病率が一気に上昇します。いま高齢者の4人に1人が慢性便秘症といわれているので、日本の超高齢社会が慢性便秘症の有病率の増加に影響していると考えられます。

では、なぜ高齢者に便秘症が多いかの理由です。しっかりとわかっていないところもありますが、腸内細菌の老化というか変化、水分の調節、消化管の運動調節といった腸管機能が落ちていることやフレイルによる排便機能の低下等が考えられます。

また、一方でインターネット調査の結果では、若い方にも便秘症が増えている可能性を示すデータが出ています。これは、おそらく食習慣の欧米化等により、水分調節や運動機能を担う食物繊維摂取不足が原因ではないかと考えられます。

藤城

腸内細菌の話が出ました。年を取ってくると腸内細菌は変わってくるのですね。食事内容などが原因でしょうか。それとも、何か免疫の問題だったり、多因子かもしれませんが、主な原因はどのように考えられているのでしょうか。

伊原

これまでも、生まれてからの腸内細菌の種類や、大腸菌が増えて大腸菌が減った後にラクトバシラス系が増えたなど、いろいろな研究結果があります。

高齢になって水分の調節ができないときに便秘の原因になるといわれているのがムチンです。消化管粘膜上皮のムチンの産生等が落ちてしまい、ムチンとの絡みで腸内細菌が変化したり、腸内細菌はムチンを食べることにより生きているので、そういった腸内細菌が生きられなくなり、種類が変わることが指摘されています。

我々は腸内細菌の種類により、腸の運動機能が変わるという研究を行っています。腸内細菌が変わると、腸管の水分調節、運動機能は大きく変わります。高齢者では、機能が落ちるような腸内細菌叢に変化しやすいと考えています。

藤城

伊原先生は2023年に日本消化管学会から出された、便通異常症診療ガイドラインの委員長をなさっているとお聞きしています。そのガイドライン作成の意義について教えていただけますか。

伊原

まず、背景からお話しします。先ほど便秘に関連する腸内環境の話をさせていただきましたが、科学が進み、腸脳臓器連関が生体の恒常性の維持に重要であることがわかってきました。さらに慢性便秘症に関しては、生活の質や社会労働生産性を低下させるのみならず、幾つかのコホート研究にて長期生命予後と関係することが示されています。すなわち、慢性便秘症治療の重要性を再認識する必要がありました。

また、新しい薬が次々と上市され、エビデンスを整理してこれら新規の慢性便秘症治療薬の位置づけを明確にする必要があるという背景の下、ガイドラインが作成されました。

このガイドラインは単に生活の質の低下に関連するのみならず、そこから一歩進んで長期生命予後に関連することから、積極的に治療すべき疾患であることに言及したところに、まず一つの意義があります。

さらに慢性便秘症がcommon diseaseであることから、専門医のみならず、非専門医も対象として、今回初めてフローチャートをつくり、慢性便秘症の診療について啓発しているところが本ガイドラインの意義であると考えています。

藤城

慢性便秘症だと、生活の質が落ちるだけでなく、生命予後にも影響するようになって短命になるという話を聞きましたが、そういうことがあるのですね。

伊原

日本のコホート研究でも、欧米の退役軍人を対象とした大規模なコホート研究でも、心血管イベントが上昇することが一番に示されています。それだけではなく、パーキンソン病等、本来は一見関係なさそうな病気にも関連していることについても、幾つかのエビデンスが出てきています。長期生命予後に関係することを再認識する必要があるということです。

藤城

それから、過敏性腸症候群という病名をよく聞きますが、過敏性腸症候群と機能性便秘症は違うのでしょうか。

伊原

今回のガイドラインでは、大腸がん等を起因とする原因がある二次性の便秘症と、原因がない便秘症に分けています。難しいくくりでいうと、原因がない便秘症が機能性消化管疾患の中の便秘症になります。その中に機能性便秘症と、便秘型の過敏性腸症候群があります。ほとんどの便秘症の患者さんは、このどちらかに起因することになります。便秘症状を訴える患者さんの中で、腹痛の症状が前面に出るものが過敏性腸症候群であり、前面に出ないものが機能性便秘症です。

学術的にはこの両者を分ける必要がありますが、日常診療においては連続するスペクトラムとして分ける必要がないとされています。

藤城

では、慢性便秘症における大腸内視鏡の役割は、どういうところにあるのでしょうか。

伊原

慢性便秘症の中から、大腸がんを代表とする、直接的に生命に関与するような疾患か否かを鑑別しなければいけません。

今回のガイドラインは専門医のみならず、非専門医を対象としているので、フローチャートを作成し、そのフローチャートの最初に、警告症状、危険因子等をしっかり示しました。そういった症状、徴候が見つかった場合には、まず大腸内視鏡検査を施行して、二次性の直接生命に関連するような器質性の便秘症を鑑別することを記載しています。

その中で、大腸内視鏡検査は大腸がんを見つける一番のツールなので、今回のガイドラインでもエビデンスレベルが非常に高いAで推奨しています。慢性便秘症の診療に不可欠な検査であると考えています。

藤城

今まで便秘だったからということで、検査をせずに薬だけを使うのではなく、内視鏡検査も受けていただくということですね。

伊原

そうですね。

藤城

高齢者は薬をたくさん飲んでいる方も多いと思います。こういう薬なども便秘に影響を与えるとうかがっていますが、その辺りはいかがでしょうか。

伊原

先ほどの一次性と二次性の話で、二次性便秘症の最も重要な一つに薬剤性の便秘症があり、今回のガイドラインでも記載しています。

これは機序から腸管運動を抑制する、もしくは腸管内の水分量を減らす薬が原因ですが、代表的なものとして向精神薬は抗コリン作用によって、腸管運動を抑制します。それ以外にも循環器系で使われる降圧薬であるCa拮抗薬や抗パーキンソン病薬も腸管運動を抑制します。最も重要なのがオピオイドとなります。

これらの薬を内服されている患者さんが便秘を訴える場合には、薬剤性便秘症の可能性があります。漸減、中止できればよいですが、できない場合もあります。そのような場合は、通常の慢性便秘症の薬物治療を行っていく方針になります。

藤城

新しい便秘薬もいろいろ出ているという話もうかがいました。どのように使い分けていけばよいのでしょうか。

伊原

最も大事な点です。今回のガイドラインでは、エビデンスを整理し、その使い方、使う順番をフローチャートで示したところが一番新しいところです。

まず、浸透圧性下剤ですが、本来その患者さんの持っている腸管運動の力を利用する、腸にやさしい薬です。保医発を考慮した上で使います。

具体的には、酸化マグネシウムを第一選択とし、高齢者、腎機能低下者などは酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症のリスクが問題となっているので、そのような場合にはポリエチレングリコール製剤、ラクツロース製剤を使います。

そして、これら浸透圧性下剤で改善しない場合には新しい薬である胆汁酸トランスポーター阻害薬や上皮機能変容薬を用いることになります。なお、今回のガイドラインでは、プロバイオティクスや漢方薬はエビデンスが少し弱いということで、代替補助治療として位置づけました。

また、非専門医に最も伝えたいことは、薬剤耐性や習慣性がある刺激性下剤に関しては、常用するのではなく、短期間や屯用に位置づけたということです。

藤城

便秘の方は市販されている便秘薬で済ませる方もいると思いますが、やはり病院にかかったほうがいいのでしょうか。

伊原

市販薬のほとんどは刺激性下剤か酸化マグネシウム製剤かと思います。しかしながら市販薬といっても刺激性下剤が入っていて、連用した場合には腸管運動機能が高度に障害される可能性もありますし、酸化マグネシウムの内服量が増加した場合には、高マグネシウム血症をきたすリスクがあります。

背景でもお話ししましたが、慢性便秘症が長期生命予後に影響することがわかりました。腸にやさしい治療薬が開発された現在、市販の便秘薬を常用せざるをえない慢性便秘症の患者さんは、ぜひ病院を受診して、よりよい治療を受けていただきたいと考えています。

藤城

病院を探すときのアドバイスはありますか。

伊原

慢性便秘症はcommon diseaseなので、一般内科で診療可能だと思いますが、消化器内科を標榜している病院やクリニックがあると、より適切かと思います。

もう一つの検討材料として、今回ガイドラインを発刊した日本消化管学会が認定する、便通マネージメントドクターという資格があります。この資格を有する医師が在籍する病院やクリニックを探すことも一つの方法かと考えています。

藤城

ありがとうございました。