齊藤
過敏性腸症候群(IBS)とはどういった疾患でしょうか。
二神
名前のとおりで、ベースに内臓の知覚過敏があります。定義としては、第一に器質的な疾患がないことが大前提です。
つまり、日本のIBSの定義は、大腸内視鏡検査をしても特に異常はないけれども、腹痛、腹部の非常につらい膨満感や張り、あるいは何とも言えない不快感と表現されるような症状があり、便通が改善することにより、それらの症状が消失することです。
齊藤
過敏になる病態や病因はわかっていますか。
二神
基本的には、頭のほうからの問題、あるいは腸管局所の問題が、過敏性というものをかたちづくっているといわれています。
例えば機能性ディスペプシアでも同じで、微細炎症という言い方をしますが、消化管の局所の非常にわずかな炎症、具体的には腸管の伸展刺激などにより、痛みを感じやすいことがあります。脳がそういう痛みを非常に感じやすい方がいるということもあります。IBSの患者さんにはもともとベースに多少不安感が強い方がおられて、それにより、いま言ったような症状が複合的に起こりやすいといわれています。
齊藤
感染の後にも起こるといわれているのですか。
二神
おっしゃるとおりで、IBSの20~30%ぐらいが感染後IBSといわれています。この感染症は幅広く、バクテリア、細菌感染からウイルス感染まで報告されていますが、有名なものはサルモネラ感染症で、確かスペインで食中毒からきているという報告がGastro enterology誌に載っています。
これはサルモネラ感染症が起こり、収束して半年以上たち、感染症は良くなった。しかし、いつまでたっても腹痛、便通異常、下痢や便秘がなかなか治らないということで、一般的には感染症とストレスが合わさり、その後のIBSの病態をかたちづくっていくといわれています。
齊藤
疫学的には、どの層の方が多いでしょうか。
二神
年齢層としてはけっこう幅広く、おそらく男女とも全人口の4~5%ぐらいはIBSだといわれています。患者さんには非常に若い方も年配の方もいらっしゃいます。
当院は川崎市にあり、仕事を持っている方もよく来院されます。そのような、壮年期の非常に働き盛りの方にIBSの方はたくさんいます。
一方で学童期は、クラブ活動、学校の人間関係、勉強などがストレスとなって便秘になり、おなかが痛くなってしまい、学校に行けなくなる方もいます。また、高齢者で、便秘で困っている方もいます。
これは便秘型のIBSになりますが、そういった方がおなかの張りがなかなか取れなくてつらいといって来院することもあるので、若い世代から壮年期、そして高齢者まで幅広くいらっしゃる病気だと思います。
齊藤
基本症状はどういったことになりますか。
二神
国際分類では腹痛もIBSの症状としていますが、腹痛は日本人の中では比較的少なく、腹部の膨満感や、何とも言えない不快感といった症状を呈する方が多いです。特に高齢者は腹部膨満感、腹部不快感が圧倒的に多く、若年層では腹痛を主体とするIBSが多いと思います。
齊藤
先生は、どのようなかたちで診療をされていますか。
二神
まず、私たちのところに紹介していただく患者さんの症状は便秘型と下痢型です。厄介なのは混合型で、便秘と下痢を交互に繰り返すような方がいます。
IBSの便秘型だと基本的には便秘の治療に即したかたちになるので、最初は生活習慣の改善や朝起きて朝食後にトイレに行っていただく癖をつけていただくなどの、排便の習慣づけが重要になります。
なかなかうまくいかない場合は、薬物療法になりますが、ちょうど2023年に便通異常の新しいガイドライン(便通異常診療ガイドライン)が出ています。第一選択薬剤としては、浸透圧性下剤なので、マグネシウム製剤や高分子化合物(PEG)になります。
その次に来るのが、比較的新しい上皮機能変容薬。代表的なものはルビプロストンとリナクロチドという薬です。リナクロチドの場合は知覚をある意味で鈍麻させるというか、知覚神経刺激の活動電位を落とすので、まさしくIBSの痛みや腹部不快感を取る作用を持っています。そういう意味では、リナクロチドは非常にいいと思います。
もう一つ、3番目としてはエロビキシバットという薬で、これは胆汁酸トランスポーター阻害薬です。この辺を代表的な下剤として使っていくことになろうかと思います。それでもうまくいかないときには、膨張性下剤、消化管運動機能改善薬、漢方薬などを用いたり、オンデマンド治療として、刺激性下剤が有効なこともあります。
一方で、下痢型に関してはラモセトロン、それから整腸剤関係が有効です。ラモセトロンと整腸剤をうまく組み合わせながら、便秘に傾けないように下痢を抑えていく。この辺りは患者さんに対する周知が重要で、ブレーキをかけすぎると便秘になり、今度は便秘のための痛みが出てきたりするので、患者さんと話し合いながら、そういった薬をうまく使っていくことになると思います。
齊藤
いろいろな薬が使えるようになりましたが、先生はどのように使い分けていくのでしょうか。また患者さん自身で調節をしてもらうこともあるのですか。
二神
例えば、下剤を使う場合は効きすぎて下痢がひどくなってしまうと困るので、働き盛りの方には休日に試していただきます。最適の組み合わせを患者さんと相談しながら調節し、基本的には便通の異常を整えていきます。
下痢型に関してもラモセトロンをうまく使っていただき、何錠ぐらいが自分にちょうど合うのか、便秘に傾きすぎないような用量をうまく調節していただく。その辺は患者さんのライフスタイルに合わせ、薬を調節したりすることはあります。
齊藤
ある程度うまくいけば最終的には実地医家に逆紹介ということになりますか。
二神
おっしゃるとおりで、患者さんは私と話をしているうちに、全部解決するのは難しいということをだんだん理解していくのだと思います。薬を試していただきながら、QOLがある程度改善したところで、100%満足度はないかもしれません。仕事ができる、あるいは学校に行って友達と楽しくやれるようなところで折り合いをつけていただいたところで、かかりつけ医にお返しします。そして、それを継続していただきます。
齊藤
ありがとうございました。