ドクターサロン

池脇

注意欠如・多動症、いわゆるADHDは子どもの病気、問題だと理解していましたが、成人、特に高齢者にもあるのですね。

小野

もともと発達障害は子どもの病気といわれてきました。診断基準でも12歳以前にその症状が現れていることが重要とされてきました。

しかし近年、子ども時代の諸外国の疫学調査では、国により幅はあるものの一般人口の約6%前後、成人期に至ると約3%前後が存在し、成人期以降もその症状が持続するのではないかということが知られるようになってきました。

池脇

パーセンテージは多少下がっても、それでも3%というとけっこうな数です。子どものころには顕在化しなかったけれども、成人、高齢となったときに、ADHDの症状が何かのきっかけで出てくる、そういう理解でよいのでしょうか。

小野

ご指摘のとおり、ADHDの症状は環境により見え隠れすることがあります。児童によっても学校環境によって、現れたり、現れなかったり、成人期においても環境によって、現れたり、現れなかったり、そういったことがあるのではないかと考えられています。

要するに、適応を損なうほどの厳しい環境により変わってくるのではないかといわれています。例えば集中力が必要な環境であれば、目立ってしまうのです。

池脇

今回の注意欠如・多動症は、高齢者で忘れっぽくなったり、不注意、集中力がないとなってくると、いわゆる認知症かどうか、その辺りの鑑別が重要かと思います。

小野

海外で、認知症であると言われたけれども、よく検査してみると注意欠如・多動症(ADHD)ではないかと言われた患者さんがいて、認知症の薬をやめてADHDの治療をしたら良くなったという報告があります。次第に、認知症の周辺にはADHDも潜んでいるのではないかと探索されるようになってきています。

池脇

例えば認知症がだいぶ進んでしまった病態よりも、むしろ軽度認知障害(MCI)との鑑別が焦点という感じでしょうか。

小野

そうですね。ちょうどMCIぐらいの年齢における注意力の低下と、ADHDの注意力の低下は類似していると思われるので、その辺が鑑別点になります。特に重要なのは、子ども時代から症状があったかどうかです。

池脇

例えば50代、60代ぐらいの方で、少し忘れっぽい、どこかで感情が高ぶってしまうというときに、これはMCIなのか、ADHDなのか。最終的な診断、どういう観点でこれを見ていくかは、若いころにどうだったかというのも一つで、それ以外に幾つか鑑別するポイントはありますか。

小野

物忘れというよりは不注意ですね。注意力が持続するかどうか。それから、遂行機能、順序立ての問題があるかどうかといった辺りも、ADHDとの鑑別では非常に重要になってきます。ADHDの人は衝動的なので、衝動買いのようなものが昔からあったり、落ち着きのない活発な感じの人が多いのですが、そういった人物的な特徴もADHDをとらえる専門家としては考えます。

池脇

周りから見ると、衝動買いをしているとか、いろいろあるにしても、本人はそれが普通だと思っているので、聞き出すときには、ご本人よりも家族の方の情報が重要でしょうか。

小野

小さいころの情報は難しいですが、お子さんなどにお聞きすると、自分の親は昔からこういう性格で、こんな失敗がありましたというような話があって、それで気づくことは少なくないです。

池脇

発達障害はADHDと自閉症スペクトラム(ASD)、学習障害(LD)の3つがある中で、認知症との鑑別で問題になってくるのは、基本的にはADHDでしょうか。

小野

それは大切な質問です。自閉症スペクトラムとの鑑別も重要になってきます。老年期に至るにつれ、子ども時代の活発さが失われ、人との交流を避けるような傾向がありますが、その状態が自閉症スペクトラムの人とのコミュニケーションの課題と類似しているところがあります。

ですから、これも小児期から人とのコミュニケーションの課題が持続していたのかも重要になります。繰り返しになりますが、発達障害との鑑別は、幼少期(12歳以前)の症状がどのようなものであったかを確認することがたいへん重要だと思われます。

池脇

一般的に認知症は進行性ですが、発達障害は、たどっていくと若いときからあるものが、たまたま今顕在化している。進行性はあまりないと考えてよいのでしょうか。

小野

本体の病態が進行するのかどうかについては、明確なエビデンスはありません。ただ環境により、その症状が強く現れるときと、現れないときがあると考えられています。

発達障害自体は、脳の発達期における課題から現れるものだと推定されているので、基本的なベースの部分は大きく変わらないのかもしれません。

池脇

質問では、72歳女性の注意欠如・多動症で、若いときからどうもそういう傾向がある。今後、前頭側頭型認知症に移行か、合併するのかを心配されているということです。

先生の立場から、これは将来どういうことを心配すべきでしょうか。

小野

現在の落ち着きのなさや物忘れがどちらに由来していて、認知的な障害に由来していて、それが進行性、前頭側頭型認知症に発展するのかは、まだ未知数でわからないところが多いと思います。現在の研究では、ADHDが前駆してあると、認知症に至る率は健常者よりもやや高いという報告が出ています。また、アルツハイマー病との関連を示唆するエビデンスも少しずつ出ていて、認知症との関連を否定することはできません。

ただし、この年齢で落ち着きのなさ、物忘れに困っているとしたときに、それが子ども時代から続いているとすると、ADHDを鑑別に入れていくことは、今日においては重要と考えられます。

池脇

少なからず認知症のようだけれども、ADHDもあるとなってくると、治療が全然違いますね。

小野

鑑別法としては、もちろん重篤な疾患である認知症の鑑別から進め、認知症の鑑別の中で「どうも認知症ではなさそうだ」というときに、ADHDのような発達障害の鑑別を進めていくのがよいかと思います。

また、その鑑別のためにはADHDなどに精通している専門家に相談いただけるとよいかと思います。

池脇

ここから先は治療なので専門医の話になりますが、有効な薬も登場しているのでしょうか。

小野

ADHDも成人の場合、最近では有効な薬が発見され、非中枢刺激薬が2剤、中枢刺激薬が1剤あります。そういった薬を使う場合もありますし、抑肝散といった漢方薬で気の高ぶりを少し抑えるだけでも、症状面で改善を示す場合もあります。そのようなアプローチをすることもあります。

池脇

きちんとADHDだと診断できないケースでは、治療的な診断をするのでしょうか。

小野

望ましくはないといわれています。プラセボ効果もありますから、投薬は慎重に行い幼少期のデータを正確に取ることのほうが診断上は重要だとされています。

池脇

日常診療で診察している方が、落ち着きや物忘れがあるから認知症だとはすぐにいかず、ADHDも鑑別に入れるのは重要だということですね。ありがとうございました。