山内
柳澤先生、妊娠糖尿病も含めて、妊娠中の糖尿病はどのように分類されますか。
柳澤
妊娠中に取り扱う糖代謝異常には、妊娠糖尿病、妊娠中の明らかな糖尿病、糖尿病合併妊娠の3つがあります。
糖尿病合併妊娠は、妊娠前にすでに糖尿病が診断されている人、確実な糖尿病網膜症がある人になります。
妊娠糖尿病と妊娠中の明らかな糖尿病は、妊娠中の検査でわかった糖代謝異常になります。妊娠中の明らかな糖尿病の中には、妊娠中に1型糖尿病を発症した人や、妊娠前に見逃されていた2型糖尿病の人、あとは妊娠の影響を強く受けているような人も含まれています。
妊娠中は胎児にエネルギー源としてグルコースを供給しなければいけないことから、特に妊娠の後半になると母体はインスリン抵抗性が出てきて血糖値が高くなります。通常は母体の膵臓からのインスリン分泌も増加して、ちょうどいい血糖値に調節をしますが、膵臓のインスリン分泌能の弱い人が妊娠糖尿病を発症することになります。
山内
正常な母体も、妊娠中、特に後半はインスリン抵抗性が出てくると考えてよいのですね。
柳澤
そうですね。すべての妊婦さんでインスリン抵抗性が出てきます。
山内
その理由としては、胎児にブドウ糖をより多く供給しようということが働いているのですか。
柳澤
そうですね。
山内
食後の高血糖も出てきやすいようですが、この辺りの理由はあるのでしょうか。
柳澤
それもインスリン抵抗性が原因で食後の高血糖が起きます。食前はかえって、胎児にグルコースを供給するので低めになります。
山内
妊娠中の糖尿病というと、食後の高血糖は一番大きな問題点になるのですね。
柳澤
そうですね。
山内
このように、妊娠中の耐糖能障害は非常に多くの種類がありますが、まず妊娠糖尿病という名前のものは境界型であり、糖尿病ではないのですね。
柳澤
妊娠中に行った75gOGTTで空腹時血糖値が92㎎/dL以上、1時間値が180㎎/dL以上、2時間値が153㎎/dL以上のうち、1点でも満たすと妊娠糖尿病です。空腹時血糖値が126㎎/dL以上、またはHbA1cが6.5%以上という、妊娠していないときの糖尿病型の基準を満たした場合には、妊娠中の明らかな糖尿病になります。
妊娠していないときの糖尿病の診断基準に比べ、妊娠糖尿病の診断基準はかなり厳しい値になっていますが、妊娠中は軽度の耐糖能異常であっても周産期合併症のリスクとなることから、妊娠糖尿病の診断基準が決められています。
山内
ただ、非常に厳しい基準ですね。
柳澤
はい、厳しいです。
山内
そういった厳しいものになった影響を受けて、妊娠糖尿病はかなり増えていると見てよいですか。
柳澤
現在の診断基準に変わったときに、前の診断基準時に比べ、妊娠糖尿病の人が4倍ぐらい増え、全妊婦の約10%に何らかの耐糖能異常があるといわれています。日本では高年齢出産が増えているので、最近さらに増加している可能性があると思います。
山内
胎児の危険までいかないにしろ、巨大児が増えてくるなどしますか。
柳澤
妊娠前から1型糖尿病や2型糖尿病がある方の場合、妊娠初期の血糖値が高値であると先天異常や流産の可能性が高くなってきます。妊娠糖尿病は、典型的には妊娠中期以降のインスリン抵抗性が原因になり、発症するので、児の合併症としては児の過剰発育、巨大児が中心となります。
山内
すると、軽度のときから治療が開始になると思います。妊娠糖尿病ないし非常に軽い例については、まず食事療法から始めるのがよいのでしょうか。
柳澤
妊娠糖尿病と診断されると、まずは食事療法から開始します。食事療法ですが、基準としては目標体重╳30kcal+児の成長分として付加量を妊娠中にとっていただくようになっています。
付加量に関しては日本人の食事摂取基準の妊娠初期50kcal、妊娠中期250kcal、妊娠後期450kcalを付加したり、妊娠中一律に200kcalを付加する場合があります。私の場合は、妊娠中期以降に診断されて来た方に関しては、付加量200kcalぐらいでスタートし、お母さんの体重の増え方や児の成長を見ながら微調節をしていきます。
山内
原則的に、非常に肥満な母体の場合には付加量はなくてもいいとなっていますか。
柳澤
肥満の場合には付加量なしということになっています。
山内
逆に、日本人の場合はかなり痩せている方がいらっしゃいますが、こういった方はどうでしょうか。
柳澤
特にいま問題になっているのは、妊娠糖尿病と診断され、血糖値が高い場合には、インスリン療法を行う必要がありますが、患者さんの中にはインスリン療法をやりたくないといって、極端に食事の摂取カロリーや炭水化物を減らしてしまう方がいます。そうすると、母体の体重も増えなくて、児の成長も抑制されてしまうため、必要な栄養をとっていただけるように指導していくことが大切になってきます。
山内
その場合は付加量もやや多めと考えてよいのですか。
柳澤
実際には患者さんの体重を見ながら、食事を減らしすぎていないかどうかを診察のときに聞き取り、摂取カロリーが少ないようであれば今よりも増やしてもらうことをお話しさせていただいています。
山内
食後高血糖がわりに主体となる病態ですから、やはり甘いもののとりすぎには、注意したほうがいいと考えられますか。
柳澤
基本的にはバランスのいい食事をとっていただくことが大切です。
山内
治療が実際に食事ではなく薬になると、いま日本では妊婦さんへの経口糖尿病薬の使用はなるべく差し控えることになっているので、インスリンになると思います。先ほどの話にもあったように、インスリン治療は敷居が急に高くなる感じもありますが、先生はどの辺りだとインスリンを考慮しますか。
柳澤
いま妊娠中の血糖値の目標として、空腹時血糖値が95㎎/dL未満、食後血糖値は1時間が140㎎/dL未満、2時間が120㎎/dL未満になっています。妊娠糖尿病の方はSMBGを行っていただき、その値を超えてくるようであればインスリン治療を開始することになります。
実際の現場では、測定していただいた血糖を拝見し、目標値を超えているときがある場合には、超えてしまう原因が何かなかったかどうかを聞き、原因があるようであれば、そちらをまず改善していただく。食事に気をつけているのに、どうしても目標値を超えてしまうということであれば、インスリンを使うようにしています。
山内
この場合、1ポイント、2ポイント超えても使うのか。それとも、もう少しならして見ているのか。その辺りはいかがですか。
柳澤
これは診ている医師により、様々だとは思いますが、私の場合は、測定している血糖値の半分以上が目標値を超えてしまっているようでしたら、インスリンを使うようにしています。
山内
使うインスリンの種類ですが、食後高血糖タイプなので超速効型、速効型を中心にして導入されると考えてよいですか。
柳澤
妊娠糖尿病の患者さんはインスリン抵抗性があり、食後高血糖を示す方が多いので、食前の超速効型インスリンを使うことが多いです。ただし、朝の空腹時の血糖値も高い場合には、持効型のインスリンも使うようになります。
山内
速効型系を使う場合、スライディングスケールのように血糖値に応じて打つスタイルではなく、決めた量を定時に打つかたちでよいですか。
柳澤
食後の高血糖を起こさないようにしたいので、定期的に打つインスリン量を、血糖を見ながら調節していくことになります。
山内
量は個々にかなり違うとは思いますが、先生の場合、目安としては、どのぐらい使われていらっしゃいますか。
柳澤
人により量は様々ですが、実際には外来でインスリンを始めることも多いので、はじめは慣れていただくことから2単位や4単位という少ない量で始めます。患者さんがインスリンを打つことに慣れてきたら、血糖値に合わせて増量していきます。
山内
1日3回打つような方も、かなりいらっしゃいますか。
柳澤
妊娠糖尿病でインスリン療法を行う方がどれぐらいいるかということも、施設や診ている医師により違います。私が診ている患者さんだと30%ぐらいの方がインスリン療法を行っています。3回打っている人も多いですが、1回、2回の方もいらっしゃいます。
山内
インスリンを増量、減量、調節する場合、1型糖尿病のように少量の微調整と考えてよいですか。
柳澤
それも患者さんによりますが、妊娠中はインスリン抵抗性が強いため、妊娠していないときに比べると多めに増量していくこともあります。
山内
ありがとうございました。