ドクターサロン

 皆さんが外国人患者さんに“How have you been feeling lately with the new medication?”と質問したと仮定しましょう。そして患者さんが“I've definitely had better.”と回答したとします。さて皆さんはこの患者さんが新しい薬に満足なのか、それとも不満なのか、すぐにわかりますか?
 これは“I've definitely had better results with the previous medication.” の略なので、「以前(の薬)のほうが良かったですね」という意味になります。もちろん実際には“I've definitely had better. It doesn't seem to be working as well as I hoped.”のような補足情報があるでしょうし、患者さんの声の調子や顔の表情などからも「新しい薬は効かなかった」という意味が推測できると思います。
 ただこういった短い慣用表現は簡単そうに見えて、意外と理解するのが難しい表現と言えます。TOEFLなどの英語の試験でも、リスニング問題で日本人が難しいと感じるのは情報量が多い問題ではなく、情報量が少ない中でこのような短い慣用表現の意味が問われる問題なのです。
 ではそんな慣用表現の中で「同意」 を示すものをまず見ていきましょう。相手が言ったことに強く同意をする場合には、“You can say that again!”や“You're telling me!”といった表現が使われます。また「的に当たる」というイメージから“Spot on!”「そのとおり!」と表現したり、「ギャンブルで賭けたお金が的中した」というイメージから“You're right on the money!”と表現することもあります。ほかにも「釘の頭を打つように核心をつく」というイメージで“You hit the nail on the head.”のように表現することができます。
 患者さんに何かを提案した際に患者さんが“I'm sold.”と言えば、それは“I believe your idea.”と同義となり、日本語で言うところの「納得しました」や「やりましょう」という意味になります。これに対して“I'm easy.”と言えば、それは「どちらでもいいですよ」 という意味になります。また「厳密に言えば違いはあるのだろうが、ほとんど同じなのでどっちでも違いはないもの」という意味で“six of one, half a dozen of the other”「12個入りの1パックの卵のうちの6個か、もう一方の半パックの卵か」という表現もあり、省略してsix of oneとも表現されます。
 患者さんに「共感」を示す場合には、皆さんおなじみの“I'm sorry to hear that.”や“This must be distressing.” のほかにも“I've been there.”のような表現も使われます。この表現は「そこに行ったことがあります」だけでなく「自分にも経験があります」という意味でも使われるのです。また“I see.”“I understand.” “I know.”というよく似た表現がありますが、これらはそれぞれ「外見から理解できる」「理屈から理解できる」「経験から理解できる」というニュアンスがあります。ですから相槌を打つ際には“I see.”がよく使われ、逆に安易に“I know.”という表現を使うと、人によっては「馴れ馴れしい」と感じられたり「あんたにはわからないよ」と反感を買ってしまうのです。さらに踏み込んだ表現として“I feel you.”という表現もありますが、これは「感覚から理解できる」というニュアンスで、「気持ちわかるよ」のような意味となります。また嫌なことに対して共感を示す際には“I hate it when that happens.”「それって嫌だよね」のような表現も使われます。
 「満足」を表現する場合には否定形の表現もよく使われます。例えば“It couldn't be better.”というのは「これ以上にはなりようがない=最高」という意味になりますし、“You couldn't ask for anything nicer.”も「これ以上のものは望めない=最高」という意味になります。
 このように否定形の表現にはわかりづらいものが多く、“I haven't gotten around to it.”と言えば、それは「まだそこまで手が回っていない」という意味になります。忙しい医師にとっては使用頻度の高い表現ですので、ぜひ覚えて使ってみてください。
 また“You don't wanna know.”は「知りたくないですね」ではなく、「知らないほうがいいですよ」という意味で使われます。このように“You don't wanna( want to)…”は「~をしないほうがいいですよ」という意味でも使われます。具体的には“You're thinking of skipping your medication because you feel better today, right? You don't wanna do that. It's important to complete the course to fully resolve the infection.”のように使われます。この“You don't wanna do that.”はカジュアルな表現なのですが、医師が患者さんに使っても問題のない表現ですので、機会があればぜひ使ってみてください。
 このようにknowを使う慣用表現は、これ以外にも数多くあります。
 最初にご紹介したいのがknow what one is doingという表現です。これは「自分のやっていることがわかっている=自分の仕事に自信を持っている」というニュアンスの表現で、“Don't worry, I've performed this procedure many times; I know what I'm doing.” と言えば、「自分はこの仕事のプロです」のような意味になります。この表現は「自信がある」という部分が強調された表現ですので、“I only look like I know what I'm doing.”と言えば、「自分はただ自信があるように見せているだけです」という意味になります。
 これとほぼ同じような意味として“I know my stuff.”という表現もありますが、こちらはknow what one is doingに比べて知識やスキルが強調されているニュアンスがあり、「自分の仕事を熟知している」という意味になります。
 これらとよく似た表現としてknow the ropesknow the scoreというものもあります。前者は「縄の扱いを知っている=手技や環境に慣れている」という意味になり、“She really knows the ropes of the ER now.”のように使われます。これに対して後者は「得点を知っている=(都合の悪い)真相を知っている」という意味になり、“You know the score; managing diabetes is tough.”のように使われます。
 「都合が悪い」と言えば、医師としては患者さんに辛いと思われることも勧める必要があるでしょう。そんな時にはbite the bulletという慣用表現が使えます。これは「弾丸を噛み締めて我慢する=腹を括ってやってみる」という意味で、“You'll need to bite the bullet and take this treatment.”のように使います。
 そして患者さんを励ます際にはkeep your chin upstay the courseなども使ってみましょう。前者は「顎を上げる=顔を上げる」という意味で、“Keep your chin up, we're making good progress with your treatment.”のように使い、後者は「レースのコースにとどまる=最後までやり抜く」という意味で、“The therapy is challenging, but stay the course, and you'll see improvement.”のように使います。
 励ますと言えば「頑張って!」の英語表現が“Break a leg!”だと考えている方が多いようですが、これは舞台に上がろうとする人に向けて使う表現ですので、プレゼンテーションを控えているような人には使えますが、患者さんを励ます際には適切ではないのでご注意を。
 そしてlegと言えばpull someone's legの意味を「足を引っ張る」と誤解している人も多いようですが、これは「脚を引っ掛ける=からかう」という意味になります。ですから“Are you pulling my leg?”は「からかってるの?」という意味になるのです。
 職場で会議などをしていると「誰もが知っているけれども、気まずいために誰も言及できない話題」などがありますが、そのようなものを英語ではelephant in the roomと表現します。これは「象が部屋の中にいれば誰もが気づくが、あえて誰もそれを話題にしない」というイメージから生まれた表現です。
 英語のelephantには日本語の象と同じように「重い」というイメージがあるため、心筋梗塞や狭心症の患者さんは“I feel like an elephant is sitting on my chest.”のように表現します。ただ英語圏ではelephantに「記憶力が良い動物」というイメージもあるため、患者さんは“Even after all these years, I remember every detail of that day; I've got a memory like an elephant.” のように表現して、記憶力を自慢するかもしれません。
 これとは逆に「記憶力が悪い動物」として、日本では鳥を連想するので「鳥頭」という表現がありますが、英語圏ではgoldfishやfishを連想するので“I have a memory like a goldfish.” という表現を使います。またこれは「篩(ふるい)」を意味するsieveを使って“I have a memory like a sieve.” とも表現されます。
 皆さんも組織で働いていれば様々な案件が「未定」という状態も経験すると思います。そのような状況を英語ではup in the air と呼び、“The budget for the new department is still up in the air.”のようにstill と一緒によく使います。
 そして今回最後にご紹介するのが“It is what it is.”という表現です。これは「それが本来あるべき状態にある=仕方がない」という意味の表現です。物価高や医師の働き方改革など、自分の力ではどうすることもできない状況に対して諦念気味に使う表現であり、英語圏では本当によく使われる表現です。ただ安易に患者さんに向けて使ってしまうと「医師としての責務を果たしていない」という印象を与えかねませんので、使う場面と相手には十分に注意してくださいね。