ドクターサロン

 池田 高齢者の認知症治療についての質問です。認知症もタイプが幾つかありますが、90歳代で発症する方は何か特徴がありますか。
 岩田 認知症で一番多い疾患はアルツハイマー型だと思います。それに次いでレビー小体型がありますが、90歳以上になってくるとアルツハイマー型はかなり減る一方、レビー小体型はそれなりの数がいらっしゃいます。
 それ以外の高齢者タウオパチーのような少し特殊なタイプの認知症が増えてくるので、通常の意味での認知症の病気の割合というのではなく、だいぶ違った様相を呈してくるのが90歳以上の方々になると思います。
 池田 アルツハイマー型ではない方の認知症発症は、何歳ぐらいからその頻度が増えていくのでしょうか。
 岩田 だいたい80歳ぐらいを超えての発症は、アルツハイマー型以外の認知症が徐々に増えていくと考えられています。
 池田 現在、いろいろ薬が出てきていますが、そういったものの適応があまりないということでしょうか。
 岩田 アルツハイマー型以外の認知症だと、レビー小体型には適応がありますが、それ以外の高齢者タウオパチーといわれる一群の疾患には適応がありません。その中でも少し特殊な嗜銀顆粒病がありますが、現在、この方々に投与可能なコリンエステラーゼ阻害薬を投与すると、よけいに症状が悪くなることも観察されています。こういった方々を見つけた場合には、投与しないほうがよいことになります。
 池田 タウオパチーは聞き慣れない言葉ですが、これはどういった状態でしょうか。
 岩田 アルツハイマー病は、脳の中にアミロイドがたまり、それに伴いタウという物質が基本的に脳全体に広がります。
 そうすると、脳の様々なところの機能が悪化するわけです。例えば、側頭葉は記憶力を担っていて、頭頂葉は道に迷わない、物の場所を知っている、物の形を見るといった機能を持っていますが、そういった機能も障害されていきます。
 一方で、高齢者タウオパチーはアミロイドがほとんどたまりません。ですから、タウの分布が側頭葉にかなり限局し、記憶力の障害はものすごく強いけれども、道に迷ったりはしないし、計算はできる。このような、かなりいびつな状態になっていくことが多いです。
 池田 認知症というと忘れっぽい、忘れてしまうということですが、それはあるけれども、どこかへ行くとか、そういった機能は残されているのですか。
 岩田 比較的残されます。完全に残るわけではないのですが、アルツハイマー型のように、どんどんいろいろなことができなくなってしまうわけではなく、記憶力はものすごく悪くて3分前のことも全然覚えていないけれども、料理は作れたりします。
 池田 どちらかというと機能が温存されていて、記憶力はなくなっているようなイメージでしょうか。
 岩田 そうですね。そういう方々はアルツハイマー型に比べ、MRIで見る海馬の萎縮は、むしろものすごく強いです。
 池田 アルツハイマー型も含め、病型診断をされると思いますが、この決め手は臨床症状でしょうか。それとも何か画像的なものでしょうか。
 岩田 一つは、まず発症年齢を重視します。80歳以上の発症という点で、私たちはアルツハイマー病の可能性が少し低いだろうと考えます。
 その上で、記憶力の障害はかなり強いけれども、それ以外の機能は意外といいと思うケースは、アルツハイマー型以外のものを考えるきっかけになります。
 これらを踏まえて脳のMRIを撮像すると、海馬の萎縮がかなり強い。もしアルツハイマー型ならおそらく道に迷って家に帰れなくなるとか、そういった症状が出ているだろうと推測するぐらいの海馬の萎縮が見られるのが、まず一つの前提になってきます。
 その上で、今般、保険償還されましたが、アルツハイマー型の脳でアミロイドがたまっていることを検査で知ることができるようになりました。そういった検査を行い、アミロイドがたまっていなければ、アルツハイマー型ではないだろうと考える。今後はそういう感じになるかもしれません。
 池田 画像診断ができるようになれば、さらに正確な診断につながるということですが、患者さんにとっては、おそらく薬の種類があまりないから、とにかく使ってくれという話があると思います。アルツハイマー型以外の方たちに、今の薬を使うことの良し悪しはわかっているのでしょうか。
 岩田 どうしても使ってほしいと言われたときに、85歳以上の方に既存のアルツハイマー型の治療薬を使うことは、むしろよくないという話もあることをお話しすることがあります。
 どういう意味かというと、結局、薬は利益と副作用のバランスだと思いますが、85歳を超えていると、それにより得られる認知機能の改善よりも、副作用のほうが強くなってしまうことが多いので、あまり推奨されないのが一般的な考え方になっています。
 池田 その副作用はどういうものでしょうか。
 岩田 一つは消化器の症状です。一番軽い症状としては、食欲がなくなる。少し重くなってくると吐くとか、そういう症状が出てきます。
 食欲低下の場合、何か最近やせてきたなというような感じで気づくのですが、80歳、90歳以上で体重がどんどん減るのは、むしろ命の危険があります。そういった意味で投与しないほうがよいケースはけっこうあると思います。
 池田 その辺まで患者さんに説明しない限りは、なかなか納得してもらえないことも多いのでしょうか。
 岩田 そうですね。ただ、アルツハイマー型のように、ご家族の顔を見てもわからなくなってしまうとか、自分でトイレにも行けなくなり、いろいろなところで失敗してしまうことは、あまり起こらないと教えてあげると、比較的安心される方が多いと思います。
 池田 逆に80歳以上の方で認知症症状が出る方の経過はゆっくりなのでしょうか。
 岩田 そうですね。高齢者タウオパチーの方は非常にゆっくりで、90歳になってもMMSEが10点ぐらいは取れます。10点はそれなりの点数なので、そのぐらいのレベルにはとどまってくれることになります。
 池田 併せてそれを説明されることにより、薬のデメリットのほうが強いという話で納得していただくパターンですね。
 岩田 はい。
 池田 一方、質問に「内服薬の効果判定の簡単な指標」とあります。アルツハイマー型の方に薬を投与され、これはよくなったという簡単な指標はあるのでしょうか。
 岩田 これもけっこう難しいのですが、私は、ご家族に対し何が問題なのか、個別の案件を聞いておくようにしています。例えば患者さんがお父さんだとしたら、「最近、お父さんはどんな問題がありますか」と聞くと、たいていは記憶の問題があるとおっしゃいます。
 残念ながら、いま使える抗認知症薬は記憶がよくなることはないので、申し訳ないけれども、その話は置いておきましょうと、必ず言います。それ以外の面で、例えば何か趣味をやらなくなったとか、家事でできなくなったことはないか、テレビを見なくなったことはないかなど、対象の方が以前に比べできなくなったこと、やらなくなったことは何があるのかを聞きます。それをリストアップしておき、次の外来、もしくはその後の外来で、「薬を投与することにより、あなたが以前問題と言っていた、この事柄はどうなりましたか」と聞きます。
 そうすると、たいてい1つか2つぐらい、少しやるようになったとおっしゃってくださることがあるので、それをもって「よかったですね」と言うようにしています。
 池田 問題点を記憶から外して列挙することにより、後でその改善を確認するということですね。
 岩田 そういうことです。
 池田 次の質問で、内服薬の効果があっても認知症が進行することはあるだろうが、どの段階まで投与を継続すべきか、ということですが、いかがでしょうか。
 岩田 これもお答えするのがかなり難しい質問です。薬の適応に関しては、ものによっては高度アルツハイマー病といって、ほぼ寝たきりになった方でも投与することは、適応上はオーケーだと思います。ですから、どの時点で中止するかは、ご家族の判断になるかと思います。
 ご自宅で過ごされていて、ご家族と一緒に暮らしている状態だと、1日でもその状態を続けたいから、薬を投与して、少しでもよい状態を保ちましょうと話すと納得いただけると思います。
 施設に入所して家族の手を離れてしまう方に関しては、結果的に目的とする家族との暮らしはなくなってしまうので、ご家族のほうから、「この薬を続ける意味があるのでしょうか」という質問をされることが多々あります。そういったケースの場合、薬をやめることはあるかもしれません。
 池田 入所された後のことですが、専門医にお会いする機会がなくなってしまうと思います。その場合、その施設の担当医にある程度の方針を伝えておき、それで継続治療ということになるのでしょうか。
 岩田 そういうかたちになりますし、周辺症状等が問題になったり、あとは思いもよらない症状が出たりすることがあります。そうなったときにはぜひ外来に紹介いただきたい旨をあらかじめお伝えしておく。問題が出たときには外来に来ていただき、外来で何回かお会いして対処することが多いと思います。
 池田 施設に入っても周辺症状がいきなり起こったりと、いろいろな症状があります。それに対して、ある程度有効な治療法はあるのでしょうか。
 岩田 周辺症状に関しては、すべて保険適用外になってしまうので、その辺は注意が必要です。困っていらっしゃる症状を聞き、精神科で使うような薬を使うことが多いですが、そういったものを使い、少なくとも介護が適正に行えるぐらいの状態にしてあげることはよく行います。
 池田 それによって、患者さんの施設内における暮らしがスムーズにいくようになれば、それでいいのでしょうか。
 岩田 そうですね。本来は、患者さんの側に立つと、薬で患者さんを静かにさせて介護をしやすくするのは、少しかわいそうな感じはします。
 患者さんが怒ってしまうのには原因が必ずあります。本当は施設の側の対応を変えていただき、その原因を取り除く努力はしてほしいですが、ご存じのとおり、介護に割けるリソースの問題があります。理想はわかるけれども、そこまでやっているような余裕は、うちにはないですというところに関しては、致し方ないので、患者さんの側に少し変わっていただく選択肢を取らざるを得ないケースはよくあると思います。
 池田 今後、高齢社会がどんどん進むので、先生方にご尽力いただくことも多いかと思います。ありがとうございました。