患者さんに「咳は出ますか?」と英語で尋ねたい場合、皆さんはどのように表現されますか?
「咳」の医学日本語は「咳嗽」となりますが、英語では一般的にも医学的にもcoughと呼ばれます。そして「咳は出ますか?」の最も自然な英語表現は、名詞のcoughを使った“Do you have a cough?”というものになります。もちろんこのcoughは動詞としても使われるので“Do you cough?”と表現しても良いのですが、「咳という症状はありますか?」という意味では“Do you have a cough?”と表現するほうが自然です。
では「ゴホゴホ」や「ゲホゲホ」のような咳に関する擬音語は、英語ではどのように表現するのでしょうか?
これらが「相手の注意を引くための咳払い」という意味でしたら、英語では“cough cough”や“ahem ahem”のように表現します。これはclear one's throat「喉にある痰を出す=咳払いをする」際の音を表現したものであり、日本語の「エヘン」に相当します。
ただし「ゴホゴホ」が「激しく咳き込む」という意味でしたら、英語ではhave a hacking coughのように表現します。computer hackerやlifehackとして日本語にも定着しているhackという動詞には、元々「乱暴に切る・打つ」 のようなイメージがあります。ここから「許可なく乱暴にコンピュータに侵入する人」をcomputer hackerと、そして「従来のやり方とは異なる賢い方法で生活を便利にする方法」をlifehackと呼ぶようになったのです。ですからこのhacking coughには「激しく続く咳」というイメージがあるのです。
そして「激しく咳き込む」にはほかにも様々な表現があります。動詞のcoughをそのまま使ってcough hardのように表現するほか、「嵐のような咳が出る」というイメージでcough a stormという表現も使われます。またhave a coughing fit「咳の発作が起こる」という表現も患者さんにはよく使われます。
このほかにもおもしろい表現としてはcough up a lungというものがあります。これは「肺が口から出てくるくらい激しく咳き込む」というイメージの表現です。またこれと似た表現としてcough one's head off「首が取れるほど激しく咳き込む」というものもあります。
100日ほど咳が続く「百日咳」の医学英語はpertussis(「パタシィス」のような発音)ですが、一般的にはwhooping coughと呼ばれます。激しく咳き込んでいる間は息を吸うことができず、咳の合間に音を立てて大きく息を吸い込む必要があります。そしてこの「音を立てて大きく息を吸い込む」という動作を英語ではwhoopと言います。つまりwhooping coughとは「音を立てて大きく息を吸い込むことが必要なくらいの激しい咳」という意味になるのです。
日本語では一般用語の「咳」と専門用語の「咳嗽」という区別がありますが、「痰」に関しては一般用語と医学用語の区別はありません。しかし英語では一般的にはphlegmが使われ、医学的な場面ではsputumという表現が使われます。ですから患者さんに対して「痰」に関して尋ねる際には、phlegmという一般用語を使いましょう。そしてこのphlegmはgを発音せずに「フレム」のような発音となりますのでご注意を。
ここで特に気をつけていただきたいのが「痰が出る」という表現です。痰は咳とともに排出されるので、cough up phlegmという表現が使われます。ですから患者さんに「痰は出ますか?」と尋ねる際には、“Do you have phlegm?” のような表現ではなく“Do you cough up phlegm?”という表現を使ってください。
ただこのcough upには「抵抗しながら渡す」というイメージもあり、「借りているお金を払う」や「無理強いされて情報を提供する」という意味でも使われます。日本の刑事ドラマで容疑者を尋問する場面では「いい加減、吐いたらどうだ?」のように「無理強いされて情報を提供する」ことを「吐く」と表現しますが、英語ではこれを“We need you to cough up the details.”のようにcough upを使って表現します。ですから強い口調で“Cough it up!”のように言われたら、それは「痰を出してください」ではなく、「金返せ!」や「白状しろ!」という意味になるのです。
そしてこの「痰」phlegm/sputum を排出することを医学的には「喀痰」と表現しますが、英語ではこれをexpectoration(動詞はexpectorate)と表現します。これは「外」を表すex-と「胸部」を表すpector-を組み合わせた「胸から出す」というイメージの医学用語です。
「痰を伴う咳」cough with phlegmを医学的には「湿性咳嗽」と言いますが、英語ではこれをwet coughやproductive coughと表現します。そして「咳を伴わない咳」cough without phlegmを医学的には「乾性咳嗽」と言いますが、英語ではこれをdry coughやnonproductive coughと表現します。先ほどご紹介したhacking coughというのも、このdry coughであることが一般的です。
また痰の性状の表現には日本語でも英語でも想像力豊かなものも多く、日本語では「グミのような痰」のようにも表現されます。英語にも「ドロっとしたクッキーのような痰」としてlung cookiesという表現が、そして「ベトッとした気持ち悪い黒い痰」としてgunkという表現があります。このgunkとは「ベトっとした黒いもの」というイメージの表現で、粘性の高い黒い油状の物体の総称です。
「咳止めの薬」は一般的にcough medicineと呼ばれます。英語圏では液体状のものが「市販薬」over-thecounter(OTC)drugとして普及しており、cough syrupと呼ばれています。こういったOTC drugとしてのcough medicineは入手が容易なこともあり、米国ではこれらのcough medicineを過剰摂取するabusing cough medicineが大きな社会問題になっています。
咳止め薬の成分であるdextromethorphan(「デクスメトゥフン」のように発音)は過剰摂取することでopioid系の鎮痛剤と同じようにtipsy「ほろ酔い」→high「ハイ」→stoned「朦朧とした状態」といった症状が起こります。手軽に手に入るcough syrupを大量に摂取することで簡単にhighになれるということから米国の若者の間にこのabusing cough medicineが蔓延しているのです。
このdextromethorphanの略語がDXMですので、これを含むcough syrupの過剰摂取はDXM(「ディー・エクス・エム」と発音)と呼ばれるほか、その商品名であるRobitussinを使ってtripするという意味でrobotrippingとも呼ばれています。またこのcough syrupは紫色をしていることが多いため、これをspriteなどの炭酸飲料やフルーツ味のキャンディなどと混ぜたものをpurple drankやdirty spriteとも表現します。ほかにもsyrupを「カッコよく」発音したsizzurpや、平衡感覚が失われて身体が傾く感覚を覚えることからついたLeanといった表現もこういった飲料の呼び名として普及しています
また錠剤としてのcough medicineとしてはCoricidin Cough & Coldというものが有名で、これを過剰摂取することをその頭文字を取ってTriple Cと呼びます。またこの錠剤は米国の有名なキャンディであるSkittlesと似ていることから、その過剰摂取はskittlingとも呼ばれています。
当然これらのcough medicineの過剰摂取は様々な症状を引き起こし、場合によっては死に至るほか、若者がほかのより有害な薬物に手を出すというgateway to other drugsにもなるため、米国では大きな関心を集めています。米国の報道では今回ご紹介した表現はよく使われていますので、ぜひ意識してみてください。