齊藤
松田先生、虫垂炎は俗に盲腸といわれていますが、実際はどうなのでしょうか。
松田
医学的には虫垂炎あるいは急性虫垂炎が正式な名前ですが、一般的には盲腸という名前が付いています。
解剖学的には、盲腸のさらに下のところに、虫が垂れ下がっているようにできているのが虫垂で、正確にはそこに炎症が起きます。盲腸は虫垂よりも上にある部分であり、実際に炎症が起きるのは虫垂なので、正式な名前は急性虫垂炎になります。
齊藤
虫垂の中で炎症が起きるということですが、原因はどの程度わかっているのですか。
松田
医学的にいいますと、糞石(大便が虫垂内で固まって石のようになったもの)、あるいはリンパ濾胞の過形成、虫垂粘膜の腫脹、寄生虫や異物、腫瘍、虫垂の屈曲や癒着などが要因となり、虫垂内腔が閉塞して内圧が上昇し、細菌感染を伴うために発症するといわれています。簡単にいうと、何らかの原因で虫垂内に細菌感染が発症、悪化するために起きます。
齊藤
それが進行すると、どういうことになるのでしょうか。
松田
菌が繁殖して虫垂に炎症が起き、悪化していくと、虫垂は壊死に陥ることがあります。その後、虫垂に穿孔を生じてくる、すなわち虫垂に穴があくと、虫垂内の膿が腹腔内に漏れ出し、限局性あるいは汎発性の腹膜炎となります。
齊藤
そうやって進行するということですが、これは分類されていますね。
松田
カタル性、蜂窩織炎性、壊疽性、穿孔性の4つに分類されます。はじめの2つが単純性虫垂炎、あとの2 つは複雑性虫垂炎といわれます。
簡単にいいますと、カタル性は炎症が非常に軽いもの、蜂窩織炎性は炎症が明らかなもの、壊疽性はさらに壊死部分を伴ったもの、穿孔性は文字どおり虫垂の壁に穴があいてしまい、虫垂内の膿や便が虫垂の外へ漏れてしまう状態です。
齊藤
基本的症状は痛みだそうですが、先生もなったことがあるのですね。
松田
高校3年生の大みそかに虫垂炎になりました。虫垂炎の典型例では、上腹部痛で始まり、右の下腹部へ痛みが移動します。最初は胃が痛いのかと感じますが、その後、気づくと右の下腹部が痛くなります。私自身もおなかが冷えたと思い、胃の辺りを湯たんぽで温めていましたが、それが逆効果だったようです。
ただし、はじめから右下腹部が痛い患者さんもいます。さらに、嘔気・嘔吐、微熱、便秘等を伴います。熱は37度台のことが多く、穿孔性腹膜炎や膿瘍形成の場合は39度以上になることもあります。下痢はまれです。
齊藤
救急の外来で、救急医は、どういう診察をするのですか。
松田
まず、一番大事な診察法としては触診です。実際に医師が患者さんのおなかを触り、右の下腹部に圧痛を認めます。圧痛とは、医師がおなかを押した場合、患者さんが痛みを感じることです。
その圧痛の部位として有名なのはMcBurney点です。これは、へそと右の上前腸骨棘、腸骨の出っ張りですが、そこを結んだ外側1/3の点が痛くなります。
それからもう一つ、Lanz点。これは左右の上前腸骨棘を結ぶ右側1/3の点です。
さらに炎症が高度になると反跳痛が出てきます。これは、押した後に離すと痛みが発生するものです。
さらにひどくなると筋性防御といって、医師が少しおなかを押すと、非常に痛いため、患者さんの腹筋に力が入ってしまいます。腹膜刺激症状といわれていて、炎症が腹膜に及んでいることを示しています。反跳痛や筋性防御が見られるときは、緊急手術を視野に入れて対処します。
齊藤
痛みが強いと、炎症がひどいと考えていいのでしょうか。
松田
一般的にはそうですが、膿が後腹膜、おなかの後ろ側に広がっている場合、腹壁の痛みがないため、おなかを押しても痛みがなかったりします。これは注意しなければいけません。
齊藤
子どもや妊婦さんでも起こりますね。
松田
はい。診察の仕方は同様ですが、小児や高齢者では、虫垂炎は重症化しやすいので注意が必要となります。
また、妊婦さんの場合、子宮が大きくなるため、虫垂が上方外側、普通よりも上のほうに移動するので、そこは注意が必要です。
齊藤
血液検査はどういうことをやりますか。
松田
血液検査では、白血球が増え、その中でも好中球が増えます。また、よくいわれるCRP(C反応タンパク)は、初期では正常範囲内のことも多いです。
齊藤
白血球はどのくらいまで増えていくのですか。
松田
だいたい1万6,000~2万で1万台のことが多いです。
齊藤
画像検査も行いますか。
松田
一般的に腹部X線検査(レントゲン検査)では、糞石や小腸ガス像、free airの有無、尿管結石の有無を確認します。
ただし、腹部レントゲンで診断をつけることは非常に難しいです。よく行われるのはCT検査です。CT検査では、虫垂腫大、周囲の脂肪織濃度の上昇、糞石、虫垂周囲の腹水、膿瘍などを調べます。
ほかに超音波検査が行われることもあります。超音波検査では虫垂の腫大、虫垂壁の状況、糞石の有無、腹水、膿瘍などを評価します。超音波検査は小児や妊婦では最も有用な検査ですが、実際、成人では虫垂が見えにくいので、超音波だけで診断することは難しいです。
齊藤
鑑別診断は、どういう病気ですか。
松田
鑑別診断を挙げると、大腸憩室炎、急性腸炎、腸重積、大腸がん、クローン病、アメーバ性大腸炎、急性胆囊炎、胆石、急性膵炎、尿管結石、婦人科疾患等があります。そのうち特に難しいものは大腸憩室炎になるかと思います。
また、尿管結石も意外に見落としたりしますが、尿管結石は一般的な急性虫垂炎と比べると痛みが激烈なので、見慣れた医師であれば、鑑別はそれほど難しくないと思います。
齊藤
治療は外科的な対処となりますか。
松田
虫垂炎の標準治療は、今も手術です。近年は腹腔鏡下手術が多く、普及しています。私が医師になった35年前は、開腹手術で行っていましたが、虫垂が見つからずに苦労することがよくありました。特に肥満の患者さんの場合は、虫垂を見つけるのが本当に難しかったです。今は腹腔鏡を使うことで、おなかの中がよく見えるので、昔よりも早く容易に虫垂を見つけることができます。
虫垂を腹腔鏡下に処理して切除することができれば、以前のような大きな傷をつくらずに手術を終えることもできるようになりました。もちろん、虫垂が穿孔していて腹膜炎を呈している場合、今でも腹腔鏡下手術ではなく、大きな傷を開けて開腹手術をすることもあります。
齊藤
それに加え、抗菌薬治療を行うこともあるのですか。
松田
抗菌薬投与による治療は、症状が軽度であり、血液検査や画像検査で異常所見が軽い場合に行われます。
しかし、保存的治療、抗菌薬投与中に悪化して手術となる可能性もありますし、退院後に再燃するリスク、まれに虫垂がんを合併する危険性もあります。
齊藤
抗菌薬治療の後、どのくらいで手術することになるのですか。
松田
抗菌薬治療後、一定期間おいてから手術を行います。この一定期間は、おそらくドクターや施設により違うと思いますが、1~2カ月ぐらい期間をおいて手術を行います。
これは虫垂炎の炎症がひどい状態で手術をするより、抗菌薬治療後の炎症が落ち着いた状態のほうが、手術が容易で、術後の回復も早いというメリットがあります。
齊藤
手術が基本ということですが、難しい場合もあるのでしょうか。
松田
強い腹部所見が見られる場合、血液検査や画像検査で異常所見が明らかな場合、そして糞石を有するような症例では、はじめから手術を選択します。
妊婦の虫垂炎では、穿孔を起こすと早産や胎児死亡の頻度が上昇することから、早期の手術が必要であり、産婦人科と連携して治療にあたる必要があります。
齊藤
どのような手術となりますか。合併症はどうでしょうか。
松田
手術は腹腔鏡下手術、あるいは開腹手術を行います。多くは虫垂だけ切除する虫垂切除法が行われますが、炎症が高度な場合、回盲部切除術といって、虫垂を含め小腸と大腸の一部を切除する手術が行われることもあります。
また、合併症もあり、術後出血、創感染、腹部内膿瘍、縫合不全、糞瘻、腸閉塞、腹壁瘢痕ヘルニアなどがあります。
齊藤
あらためて内容をまとめていただけますか。
松田
まず、虫垂炎は初期症状が上腹部痛であるため、診断が遅れがちです。したがって、上腹部痛の患者さんを診察したときには、急性虫垂炎を鑑別に入れる必要があります。
今でも虫垂炎の標準治療は手術であり、現在は腹腔鏡下手術が普及しつつあります。
もし手術ではなく抗菌薬治療を選択するときは、悪化による緊急手術、退院後の再燃や虫垂がんのリスクを説明する必要があります。
齊藤
どうもありがとうございました。