ドクターサロン

藤城

山下先生、胃腫瘍の中でも胃がんの外科治療について今までの変遷等をお話しいただけますか。

山下

以前は胃がんは日本で一番多いがん種で、がんといえば胃がんというような感じでした。「白い巨塔」というドラマがありましたよね。

1970年代後半だと思うのですが、主人公の医師は胃がんで亡くなったのですが、実は2003年にリメイクされたときは、そのときの死亡数1位だった肺がんに変わりました。それほど少し前の時代はがんといえば「胃がん」という感じだったのです。外科医が治療するがんの患者さんといえば、胃がんが一番多いという状況で、疫学での変化を見ても本当にそうなのです。そのため胃がんの治療に関心を持った外科医が多く、当時は化学療法が発達していなかったので、なんとか外科手術で取って治そうという強い意気込みを持った医師が多かったのではないかと思います。

藤城

胃がんの治療が非常に上手な外科医が名医だという時代が長らく続いていたということでしょうか。

山下

そう思います。そのため胃がんをなんとか外科的に取り除こうとして、進行がんに対しても拡大手術で大きく取って治そうとしていたので、日本の場合は、大きな拡大手術であっても手術をより安全に無事に終えて帰すということがすごく発展していった国だろうと思います。実際に海外と比べても日本の胃がん治療の成績がいいことはわかっているので、本当に先人たちの努力に支えられて、今の胃がん治療があるのではないかと思います。

藤城

海外ではあまり胃がんの治療は発展しなかったのですか。

山下

そういうわけではありません。胃がんの数そのものが日本と比べて少ないのです。日本式の拡大手術を行った欧米の臨床試験の結果は術後死亡率も合併症率もかなり高くて、日本式の手術は安全にしにくいということがあり、縮小した手術のほうが主体になっていきました。一昔前の話ですが、臨床試験の結果をもとに、欧米側も日本式の手術に向いているようなところもありました。欧米ではどちらかというと縮小手術、日本では拡大手術がすごく進んでいたというところがありました。

藤城

拡大手術をすると臓器が大きく取られてしまうので、術後に患者さんがいろいろな合併症で苦しむこともありそうですが、いかがですか。

山下

化学療法が発達する前なので、どうしても手術で取るしかないということ、要するに大きく取れば取るほどいいのではないかという発想もあったと思います。ただ、本当にそれをやる価値があるのかという議論があって、1995年を境に臨床試験が始まり、今までよいと思っていた拡大手術が、実は生存期間延長に寄与していないことがわかって、徐々に切除する範囲が縮小していきました。

当時、複数の臨床試験が進んでいたのですが、どの臨床試験でも拡大手術のほうにはメリットがなかったということで、徐々に外科的手術で予防的に広く取れば取るほどいいというわけではなく、ここまで取れば十分ではないかという条件が見えてきたというのが、今の日本の状況かと思います。なので、以前のような拡大手術よりは、切除範囲が徐々に小さくなっていきました。

藤城

切除する範囲が小さくなってくると、開腹ではなくて腹腔鏡手術に段々置き換わってきているそうです。その現状を教えていただけますか。

山下

腹腔鏡手術というのは、お腹の中にカメラを入れて、二酸化炭素のガスでお腹の中を膨らませます。すると、お腹の中に空間ができて、カメラで覗くことができます。そのカメラに映し出された映像を見ながら、右手と左手から道具を入れられる、ポートという、1㎝程度の穴に鉗子を入れて、モニターに映るその鉗子の動きで手術を進めます。

開腹手術の場合は、20㎝だったり、場合によってはもっと大きく切るので大きな傷が付きます。ですので、手術後、患者さんも傷みが強かったり、なかなかベッドから起きて歩いたりが進まないケースもありますが、腹腔鏡手術は、どうしても小さい穴が複数付きますが、小さい傷なので痛みが少ない。そしてすぐに歩ける、ということは回復が早く退院も早い。特に若い人で仕事を持っている方の場合は、長く入院しているよりも早く回復し、早く退院して、すぐ社会に戻ることにつながると思います。

腹腔鏡手術に代表される低侵襲手術、傷が小さく負担の少ない手術というのは、患者さんの早期回復にとても役立っていると思います。

藤城

今の日本では腹腔鏡手術と開腹手術の割合はどれぐらいですか。

山下

以前、腹腔鏡手術は進行がんには適用できないとされていました。しかし2023年3月に論文報告されましたが、進行がんに対して日本で行われた早期がんの臨床試験において、開腹手術に比べて腹腔鏡手術の結果は劣りませんでした。同じ成績が得られるのであれば、より低侵襲の腹腔鏡手術を適用していこうと、胃がん治療ガイドラインの速報版にも出ているように、腹腔鏡手術の適応が拡がっていきました。かなり多くの症例が腹腔鏡手術の対象になっているのが日本の現状だと思います。

藤城

最近はロボット支援下の手術も行われるようになっていますが、そのあたりはどうですか。

山下

ロボットはなかなか高額なので導入できていない病院ももちろんあります。腹腔鏡手術と同じく小さな傷を複数置くことで、ロボットのアームを腹腔内に入れてモニターに映る画像を見ながら行うのは同じです。腹腔鏡手術は出し入れが一方向にしか行かないのですが、ロボット支援下手術は手首のような関節機能もあることから奥の深いところでも関節を使ってうまく剝離できたり、より細かい操作をできるというメリットがあります。

これまで腹腔鏡では難しいかなと思う場合でも、より進行したがんに対しても、ロボットを多く使う医師にとっては適用している、というような感じですね。要は腹腔鏡手術と同じく低侵襲手術だけれども、より進行した人に対しても適用してやっていける。これは開腹でないと難しいかなというステージの患者さんでも、ロボットだと低侵襲で済むといったこともありうる、ということになってきました。

藤城

素晴らしいですね。胃がんの患者さんはかなり高齢化が進んでいると聞いていますが、高齢者に対する外科手術と若年者に対する外科手術で注意する点は違うのでしょうか。

山下

実は最近、高齢者の胃がん患者さんが多いです。これは今の高齢者というのが、ピロリ菌感染率の高い世代なのです。胃がんの原因として一番多いのはピロリ菌感染ですが、若年世代は本当にピロリ菌感染率が低いです。そのため最近の新規の胃がん患者さんといえばだいたい高齢者になります。高齢者で、もし胃カメラ検査を受けていない方がいたらぜひ受けていただきたいですね。

高齢者の場合はサルコペニアといってどうしても年齢が上がるにつれて筋肉が少なくなっていきます。イメージどおりなのですが、筋肉が少なくなってくると、歩くのが遅い、階段の登り降りもつらい、筋肉が少ないことから手術後のリハビリが進まないなど、いろいろあります。どうしても胃がんの場合、皆さん食事の量が本当に減り、体重も必ず減ります。特に胃全摘は顕著なのですが、高齢者の場合、もともと筋肉が少なくて栄養もそんなにいいわけではないところに、胃の手術をして食事が摂れなくなってくると、さらに栄養面が悪くなってくる。そうすると筋肉も減ってくる、活動も減ってくる。言葉は悪いですが、あまり食べなくてもエネルギー・カロリーを摂らなくてもけっこう生きていける、生活できる。そうするとさらに慢性的な栄養障害が進んで、さらに筋肉が減り、悪いスパイラルが進みます。これをフレイル・サイクルといいますが、寝たきりになっていったり、いわゆる老衰のような感じで本当に衰えていく。

そういうケースがあるので、高齢者の場合は、外科医としてはがんは取りたいけれど、この患者さんに、特に胃全摘をやっていいのかどうか悩む医師が多いと思います。がんは治したいけれども、そういう胃切除に伴う手術後の後遺症をどうしようかなど、そういう視点が特に強くあります。本当にそういう患者さんが多く、どうしようかと悩むことがけっこうあります。

藤城

手術後、患者さんに注意すべき点としては、体をなるべく早く動かす、離床するということですか。

山下

やはり長い間横になっていると動かさない筋肉がどんどん落ちていくので、ベッドに横になりっぱなしの時間はできるだけ短いほうがいいですね。なので、必ず手術翌日から歩いていただきます。先ほど低侵襲手術の話をしましたが、やはり傷が小さいと翌日から歩けます。

高齢者の場合でも、より早期に離床を含めたリハビリが進むことで、筋肉の低下の幅をできるだけ小さくして、最小限に筋肉の減少を食い止め、早くに栄養面も改善させて、日常生活に復帰していただきます。低侵襲手術はそういう意味でも高齢者にはいいのではないかと思います。

藤城

タンパク質が多い食事がいいなど食事内容で注意することはあるのでしょうか。

山下

筋肉という視点で考えると、もちろんタンパク質が多いのはいいと思いますが、この辺りはあまり細かく指示をしても難しいので、バランスよく栄養を摂りましょうと指導しています。糖質、タンパク質、脂質をバランスよく摂るということで、特にこれを食べなさいということはないと思います。

藤城

胃腫瘍、特に胃がんに対する外科治療の変遷から現状について、教えていただきありがとうございました。