山内
内科においてカルニチンはビタミンに似たような物質というイメージで、多少影が薄い物質ですが、小児科ではなかなか大きな話題になっているようですね。
杉山
低カルニチン血症をきたす疾患、もともとカルニチンが低くなる病気という方も、非常にまれではありますが、もちろんいらっしゃいます。ただ、それとは別に、カルニチンが低くなり低血糖になってしまい、けいれんを起こし、後遺症を残してしまう患者さんが一時期多く報告されたことがあります。それが小児科の中で大きな問題として提起され、検討されていました。
そこで一番大きな話題として挙がったのが、カルニチンを下げやすい抗菌薬があることでした。抗菌薬の中でもピボキシル基が抗菌薬の骨格の中に付いているものがあります。それが付いている薬を使うと、体の中にあるカルニチンが尿経由で外に出てしまい、体内のカルニチンが下がる。下がるだけでは必ず異常が起こるわけではないのですが、そこで栄養の摂取や筋肉量が少ないことが重なると低血糖を引き起こします。
カルニチンは脂肪から体の中のエネルギー、ATPをつくるのをトランスポート(輸送)する役割があるので、それができなくなり、低血糖が遷延する、難治化する。そしてけいれん重積になり、一部の方は後遺症を残してしまったことが広く知られるようになり、小児科の領域の中で、学会としても提言を出すぐらい取り沙汰されることになりました。
山内
低血糖による後遺症が残るケースには、けっこう重症例もあるのですね。
杉山
数字だけ下がっている症例もありますが、低血糖が非常に重篤な後遺症を残してしまったという報告もあります。
山内
以前から先天性の代謝異常はあったと思いますが、これはまれなものでしょうか。
杉山
カルニチン関連の先天代謝異常は幾つかありますが、一つひとつは数十万人に1人、100万人に1人という頻度です。もちろん先天性代謝異常症の界隈では知られていますが、一般の小児科のレベルでカルニチンが取り沙汰されるのは、今回の薬剤関連以外ではなかったと思います。
山内
薬剤で低カルニチン血症を起こされる方に、代謝異常がバックグラウンドとしてあることはわかっているのでしょうか。
杉山
もともと代謝異常がある方で発症したわけではなく、いわゆる基礎疾患もなく、それまでの発達も正常で元気に暮らしていた方が、風邪をひいたりするので、いろいろな抗菌薬を長く飲んでいる間に低血糖になり、発症したといわれています。
山内
普通の子どもが起こすのですね。
杉山
まさにそうです。
山内
起こしやすい年齢は、いかがでしょうか。
杉山
体の筋肉の中にカルニチンが貯蔵されているので、筋肉量が少ない乳幼児、小学生より手前ぐらい、もしくは逆に80歳以上の高齢者も出やすいです。
1歳前後からが風邪を頻繁にひくので、それで抗菌薬を飲む年齢もかぶってくると、1~2歳というところが今回の低カルニチン血症を特に発症しやすい年齢です。
山内
抗菌薬が使われ始めたところで、出てきやすいということですね。カルニチンは一般的には体の中に入ってくる際には食物由来、もう一つ、生合成もあるかと思いますが、生合成が迅速にいかないので、量的に足りなくなってしまうと考えてよいのでしょうか。
杉山
カルニチンは最近もサプリメント等で摂取できるという話は出ていると思います。もちろん筋肉の中に貯蔵されていますが、下がったからといって、すぐにカルニチンを体の中で上げる作用はないと思われます。
山内
そのあたりが欠乏につながりやすい一つの背景だということですね。
杉山
そうですね。
山内
症状をもう少し詳しく教えていただきたいのですが、最初はけいれんのようなものでしょうか。
杉山
ガイドラインでいろいろな症状が書かれていますが、小児なので、症状を自分で伝えるのが難しいところではあります。大人だと、疲れやすい、運動すると筋肉が少し痛くなるので、あまり動きたくなくなる。
それが一線を越す、もしくはご飯の量が減ってきたりすると低血糖になってしまい、それをカバーするかたちでの脂肪からのエネルギーがなくなり、けいれんしてしまうという流れです。
山内
そうすると、小児の場合、低血糖症状が出てくる、意識が少し低下してくるといったあたりで初めて気がつくかたちになりますか。
杉山
低カルニチン血症に症状で気づくのは、なかなかないと思います。実際に測ってみると低いという方はいらっしゃると思いますが、低血糖までいき、何かの症状が出て初めてわかる方のほうが断然多いと思います。
山内
では、本当に知識として知っていないと診断が難しいということですね。
杉山
知っているか、知っていないかで対応が変わると思います。
山内
質問の誘発しやすい薬剤ということですが、セフェム系が多いような印象があります。いかがでしょうか。
杉山
誘発しやすい薬剤は、ピボキシル基が付いている抗菌薬になります。いま国内で使われているものが4種類で、名前にピボキシルが入っていれば間違いなくそうですが、一般名で少しわかりにくいものもあります。
名前を挙げると、セフカペンピボキシル(フロモックス)、セフジトレンピボキシル(メイアクト)、セフテラムピボキシル(トミロン)、テビペネムピボキシル(オラペネム)。この4つの薬がピボキシル基含有で、低カルニチン血症を誘発する薬剤です。
名前が少し似たもので、セフポドキシムプロキセチル(バナン)とセフジニル(セフゾン)は、ピボキシル基は含んでいないので問題はないとされている薬です。
山内
セフェム系だからというわけではなく、わかりやすくいうと、ピボキシル基にカルニチンがくっついて発症してしまう感じですね。
杉山
まさにそのとおりです。
山内
いま挙げられた4つの薬剤、いずれも本当によく使われる薬剤ですよね。
杉山
本当にそうです。いろいろなガイドラインに載っていますし、小児期で風邪をひき、一般的な薬で治りづらいというとき、長引く、熱、中耳炎などのときには、かなり使われやすい薬です。しかも小児科と耳鼻科領域、ほかの領域でも、たぶん出しやすい、出されやすい薬かと思います。
山内
最後の質問で、抗生剤投与に対し注意すべき点とあります。薬剤誘発の場合、使用している期間に、どの程度依存するものでしょうか。
杉山
カルニチンの数値が下がってくるのは、飲んでいる期間が長ければ長いほど、ひどく低下します。薬をやめた後も上がってくるのが遅いといわれています。
ただ、長くなければいいのかというと、それはまた少し違います。熱を出していてご飯を食べられていないお子さんは、3~4日ぐらいで低カルニチン血症、低血糖をきたしたという報告があります。お子さん特有のご飯を食べられない、低血糖になりやすい状況も考えた上で処方する必要があると思います。
山内
お子さんは耳鼻科に行ったり、内科に行ったり、小児科に行ったり、あちらこちらの診療科を受診して、知らないところで同じような薬剤が出てくることはあるわけですよね。
杉山
まさに報告にある患者さんは、多くの病院で、いろいろな病気に対し、1日、2日あけたりはしていても、継続的にピボキシル基が付いている抗菌薬を内服していたのが、後々の聴き取りでわかっています。前の病院で何を飲んでいたか、自分が出すものがかぶっていないか、考慮していただけるといいかと思います。
山内
薬で誘発された方々は、乳児から幼小児になり、大人になっていきますが、どのあたりまで引きずるものでしょうか。
杉山
万が一、低血糖で後遺症が出た場合、もちろん引きずるとは思いますが、そうではなく一過性、一時的にカルニチンが薬のせいで下がっていて、食べられなくて低血糖になってということであれば、まず薬をやめれば上がります。
低カルニチン血症の報告はだいたい4歳ぐらいまでなので、それ以降になると、年齢的にも筋肉の量が増えてきて風邪もひきにくくなります。一度低カルニチン血症を起こした患者さんでも、その後、起こしやすいかと言われると、成長につれ起こしにくく、ほぼ起きなくなると考えていいと思います。
山内
どうもありがとうございました。