ドクターサロン

山内

村瀬先生、「切迫するDについてご教示ください」ということです。これだけだと専門外の医師にはよくわからないと思います。『外傷初期診療ガイドラインJATEC』の中に収載されている言葉ということで、その辺りからお話をうかがいます。これは救急対応のガイドラインとして、かなり前から出てきていたものなのでしょうか。

村瀬

私は医師の年数が比較的浅いですが、おそらく私が医師になる前から存在したガイドラインであろうと思われます。

山内

その中で、当然いろいろなノウハウ的なものも含め、解説があると思います。まず、Dがいきなり出てきていますが、語呂合わせのようにしてABCDEとあるようですね。

村瀬

はい。AはAirway、BはBreathing、CはCirculationと、気道・呼吸・循環が最初に来て、DはDysfunction of CNSという中枢神経障害を指す言葉といった順番になっていて、その順番に沿って診察をしていくことが基本になってきます。

山内

そういうかたちで、順を追って、速やかに、漏れがないように、ということでしょうね。

このDですが、「切迫するD」という表現が使われていますし、実際にガイドライン上でも使われている言葉のようですが、この「切迫する」は何を意味しているのでしょうか。

村瀬

「切迫する」は緊急手術が必要な頭蓋内病変の有無という意味です。Glasgow Coma Scale(GCS)で8点以下。GCSが2点以上低下する。瞳孔不同、片麻痺、徐脈と高血圧を呈する状態のクッシング徴候の脳ヘルニア徴候。この3つを指し「切迫するD」と定義しています。

山内

細かいところはウェブサイトにも出ていますのでそちらを参考にしていただくとして、例えばこれが全部そろっている、そろっていないで対応は分かれると見てよいのでしょうか。

村瀬

すべてがそろっているわけではありませんが、どれか一つに当てはまる場合は「切迫するDあり」と評価することになります。その後、頭部CTをなるべく速やかに行うという流れになってきます。

山内

この場合、自分の手に負えない場合には、当然どこかに助けを求めるかたちになるでしょうか。

村瀬

JATEC自体がPrimary survey、Secondary surveyとなっていますが、Primary surveyで評価して自らの医療機関では対応できない場合は、より高次の医療機関に転送するという目的も含めたガイドラインになっています。

山内

このガイドラインは、対象はPrimaryのところということで、必ずしも高次機関ではないと考えてよいのでしょうか。

村瀬

二次医療機関であっても、そういったガイドラインに基づき評価をすることによって、より適切な治療が受けられる高次の医療機関に搬送することも目的としたガイドラインだと捉えています。

山内

この質問は開業医からですが、開業医がこれに接する可能性は想定されているのでしょうか。

村瀬

シチュエーションとしてはあまりないかとも思いますが、例えば珍しいケースで、ご自分が歩行中に交通事故に遭遇するとか、そういった場合には一つ役立てられるガイドラインではないかと考えています。

山内

先ほどありましたABCD、Eもあるようですが、比較的語呂合わせで覚えやすいかたちなので、緊急のときのためには知っておいたほうがいいのでしょうね。

村瀬

そうですね。開業医もそうですし、高次でなくても一般の病院が外傷を診たときに、慌てずに蘇生を行えることが目標の一つになっています。私は外傷診療の専門ですが、このような外傷のガイドラインを知っておいていただけると、適切な医療が提供できるのではないかと考えています。

山内

ただ、ウェブサイトで見ても、このガイドラインはなかなかボリュームがあり、慣れている医師でないと使いこなせないのではないかという気もします。

村瀬

特に重症になると速やかな対応が求められ、その際にわざわざ本を開くことはできませんので、頭の中にはある程度入っている状態が、外傷診療に携わる医師には望ましいと思います。

山内

実際、先生が現場で診られていて、Dの対応になるような方はどのぐらいの頻度でいるのでしょうか。

村瀬

私が所属しているのは外傷センターですが、外傷センターの中でも「切迫するDあり」と取るケースは、頭の外傷があったとしても、そう多くはありません。10件の中で2~3件あるかどうかといったところでしょうか。

山内

そうすると、一般の救急の施設だと、そう多くは見ることはないという感じですか。

村瀬

そうですね。ただ、脳神経外科であれば比較的意識レベルの悪い患者さんには遭遇しますし、最近、交通事故だけではなく、ご高齢の方の低エネルギー外傷でも、こういった高度の意識障害を呈するケースはあります。分野によっては遭遇する確率は高いのではないかと思います。

山内

いろいろなかたちで応用は可能と考えてよいのですね。

村瀬

はい。ABCは何も外傷に限ったものではありませんので、例えば内科の緊急疾患でも、蘇生、命を失わないことを目標とした場合に、ABCの速やかな達成は大事なことになっていきます。

山内

それにしても、全部辞書のように見ながらというわけにもいかないので、要約版のようなものはないでしょうか。

村瀬

なかなか難しいですね。ラミネート化して簡素なものを貼っておくとか、そういったかたちでの工夫はできるのではないかとは思います。

山内

例えば1人、2人というマンパワーの少ない救急医療施設が地方にもたくさんあると思います。こういったところの医師は基本的なところは身に付けておいてほしいと考えてよいのでしょうか。

村瀬

このガイドラインを策定した目的が、防ぎえた外傷死(Preventable trauma death)を減らすためにつくられていて、日本中どこにいてもユニバーサルに治療を受けられることが目標の一つになっています。あまねく知っていただけるとありがたいというのが、ガイドライン作成委員会の考えではないでしょうか。

山内

これは必須ではなく、まずは要望と考えてよいのでしょうか。

村瀬

そうですね。必須はなかなか難しいと思います。

山内

将来的に、例えばいま話題になっているリモートが出てくると、話はもう少し違ってくると予想されますね。

村瀬

そうですね。例えば救急隊の方から重症の方の動画を送っていただき、リモートで外傷医がそれを見て判断を下すことも、将来的にはありうるのではないかと考えています。

山内

こういったものができてから実際の成果としてはどのようなものが挙げられますか。

村瀬

Preventable death自体は減ってきていると思います。統計の数は詳しくわかりませんが、学会等でも減ってきていることはよく耳にするので、ガイドラインの目的は達成されつつあるのではないかと思います。

山内

一方、実際に使っていないところもけっこう多いのでしょうか。

村瀬

外傷診療に慣れていないところであれば、こういったガイドラインに沿わないで行っているケースもままあるかとは思います。

山内

ただ、先ほどの話だと、別に外傷にこだわる必要もないのですね。

村瀬

ないです。

山内

医師の育成などにも関係するかもしれませんが、先生の施設での教育もこれに沿って行われているのでしょうか。

村瀬

われわれは少し特殊な施設で、日本でも珍しい、JATECをあまり重視していない外傷センターです。ただ、回ってこられる研修医には、JATECのガイドラインに沿って教えているのが実情です。

山内

先生の施設では必ずしも重視していないということですが、ガイドラインをつくるときにいろいろ議論があるはずです。流儀のようなものもあるかと思いますが、「切迫するD」をめぐっての議論は何かあったのでしょうか。

村瀬

「切迫するD」をまず定義するものとして、どのような要素がふさわしいのかということは議論に上ったところだと思います。文献的な根拠もあり、様々な報告がなされている中で、この数値が策定されたものと考えています。

山内

この重み付けなども多少経験的なものになりますね。

村瀬

経験は大事だと思います。脳神経外科医としての経験や頭部外傷診療に携わってこられた医師の経験、ExperienceとEvidenceというところがガイドラインのもととなっているかなと思います。

山内

今後、これをさらにブラッシュアップするとしたら、どういったところが考えられますか。

村瀬

遵守率があまり高くないこともありますし、なるべく早くCTにたどり着くことも、いま言われていることではあります。評価を速やかに行ってバイタルサインを安定させ、Secondary surveyの前に全身のCTスキャン(パンスキャン)を速やかに撮るところが今後、ブラッシュアップの課題になっていくのではないかと思います。

山内

どうもありがとうございました。