池田
ライム病とはどのような疾患でしょうか。
石黒
ライム病はマダニにより運ばれる、スピロヘータ科のボレリア属細菌により引き起こされる感染症です。マダニに刺されたからといって、菌を持っていなければ罹患しないのですが、この菌を持ったマダニに刺されると罹患してしまいます。
罹患すると関節が腫れたり、関節炎を起こしたり、皮膚が赤くなるといった症状が出ます。
池田
私はこの病気を聞いたことがあまりありませんが、歴史的に古くから認識されている疾患でしょうか。
石黒
19世紀の後半ぐらいから、ダニに刺された後、何か原因不明の神経症状を起こす病気があることは知られていたようです。これが病気としてわかってきたのはわりと新しく、1970年代にアメリカのコネティカット州のライム地方で、関節炎を主体とする病気として認識され、ライム病という名前が付けられました。
池田
発見から50年ぐらい経過していますが、アメリカでの罹患状況はいかがでしょうか。
石黒
アメリカでは、罹患者がとても多く、年間数万の単位で発生しています。日本ではそんなに多くなく、まだ認識が十分でないこともあるのかもしれませんが、年間数百人で、その大部分は北海道からの報告です。
池田
今のところはほとんどが北海道ですが、後々本州から南にくることは否定できないのですね。
石黒
今は北海道でも天候がだいぶ変わっていますし、人の流れも多いので、北海道以外のところで絶対に起こらないかといわれるとそうではなくみながわかっていなければいけない病気だと思います。
池田
原因不明の神経症状、関節炎、皮膚の紅斑などがあると、ライム病を頭に置いておかないと、誤診してしまうことになりますね。
石黒
ダニに刺された後に関節が腫れたり、皮膚が赤くなったりするとライム病の可能性があると思います。
池田
気になるところは原因菌、伝播様式ですが、宿主はわかっているのでしょうか。
石黒
世界的に見ると、ライム病を起こすような病原体は何種類か知られています。世界の地域によって違いがありますが、日本ではボレリア・ブルグドルフェリ菌、ボレリア・ガリニ菌が主体となっています。
池田
スピロヘータはどうやってダニに入っていくのでしょうか。
石黒
それはすごく不思議です。話は違いますが、蚊が病原体を運ぶ感染症があります。どういうわけか、蚊とウイルスには相性があり、どの病原体にはどの蚊といったつながりがあるようです。同じように、ダニであればなんでもいいわけではなく、例えばイエダニにはライム病を起こす菌は入っていきません。病原体とダニという組み合わせには何か理由があるのだと思います。
池田
伝播様式はどのようなものでしょうか。
石黒
ヒトへは、ダニにかまれた部位から病原体が体内に入っていきます。48~72時間ぐらい、長い間刺されていないと人にうつらないので、刺されたらなるべく早くダニを取ることが大切です。基本的にはヒトからヒトへの伝播はしないといわれています。
先ほども申し上げましたが、特定のダニから感染するので、家庭内のダニに刺されたからといってライム病になるわけではありません。
池田
臨床症状、初期段階から感染のかなり後期まで、症状が変わっていくとうかがいましたが、どのように変化していくのでしょうか。
石黒
第1段階としてダニに刺されたら、最初は遊走性紅斑といって、ダニに刺されたところが赤くなり、それがだんだん広がっていきます。ダニに刺されてから最初の何日か、何週間かたった後に遊走性紅斑が出てきます。
そのときに筋肉が痛くなったり、関節が痛くなったり、頭が痛くなったり、熱が出たり、倦怠感があったり、インフルエンザに似たような症状を出すことがあります。
第2段階としては、数週間、数カ月後に病原体が全身を回り、いろいろな症状が出てきます。皮膚症状に加え、神経の症状、髄膜炎のような症状、心臓で房室ブロック、伝導系がやられます。目の症状、関節が腫れるといった症状が出ることもあります。
大多数はそこで診断がつくと思いますが、そこで気がつかないと、数カ月から数年すると非常に重い皮膚の症状、慢性の関節炎を起こすことがあります。
池田
時期により少しずつ変わってきて、皮膚から神経、関節に行ったりするのですね。
石黒
はい。
池田
確かに、この多彩な症状を見ると、ライム病を知らないと混乱しますね。
石黒
ダニに刺された後で皮膚と関節の症状があることを患者さんが自覚して話してくれたら、診断しやすくなります。しかし、患者さんが話してくれない、自覚があまりないとなると、診断には少し苦労すると思います。
池田
診断がついたら、今度はどのように治療をするのでしょうか。
石黒
48時間以内にダニを取ると病原体は人にうつらないので、なるべく早く取ることが大切です。ただ、自分で取ろうとしてダニの一部が皮膚に残ってしまうと、肉芽腫の原因になることがあるといわれています。皮膚科や専門医に取ってもらう、あるいは、ダニを取るためのピンセットのようなもので、ダニを残さないように完全に取ることが大切です。
遊走性紅斑などの症状が見られたら、ドキシサイクリン、アモキシシリンを14日間飲みます。
神経症状が現れたら、髄液への移行がいいといわれているセフトリアキソン、セフォタキシムを2~3週間投与することになります。
ただ、一番大切なのはダニに刺されないことです。ライム病はダニに刺されなければ起こらないので、ダニのいそうなところには行かないとか、白っぽい服装をして、ダニが服についたら、すぐわかるようにする、あるいは皮膚を出さないようにする、虫よけスプレーなどを十分かける、外から帰ってきたら着替えをする。つまり、うちの中にダニを持ち込まないようにするという注意も必要だと思います。
池田
根本的なことですね。
診断が難しい、誤診されて治療を受けられない場合も含め、どのような経過を取るのでしょうか。
石黒
ほとんどの場合、抗生物質を内服します。ドキシサイクリン、アモキシシリンなどを2~4週間、内服すると治るといわれています。
中には、治療が終わっても半年ぐらいずっと筋肉が痛い、関節が痛い、疲れるといった症状が続くこともあります。それは治療後のライム病症候群といわれています。普通は時間とともにそれも治っていくことが多いですが、時間が随分かかる方も中にはいます。
運悪く診断がなかなかつかなくて、治療を受けられないことになると、感染の後期に非常に重い皮膚の症状や関節炎が続くことがあります。
池田
幸い診断がついて早く治療をした場合、神経症状、髄膜症状、関節症状といったものは、消えてなくなるものでしょうか。
石黒
診断がついて抗菌薬を飲むと、時間とともに大部分はなくなるといわれています。
池田
ステージⅢに行く前に見つかり、治療を受ければ、何とか症状も回復するということですね。
石黒
早く見つけ、もし症状があるのだったら、抗菌薬を早く飲むことがすごく大切だと思います。
池田
ありがとうございました。