齊藤 まず日本での胃がんの疫学はどうなっていますか。
辻 徐々に減少傾向でありますが、例えば診断される罹患の数などでは年間10万件を超えていますので、まだベスト5に入るような、非常に日本ではメジャーながんです。
齊藤 ピロリ菌が関係しているのですね。
辻 おっしゃるとおりです。
齊藤 除菌が進んでいる中で患者さんの高齢化ということですか。
辻 おっしゃるとおりで、だんだん胃がんの患者さんの年齢層が高齢化しています。ピロリ菌を駆除して胃がんを減らしていこうと進んではいるのですが、ピロリ菌がいた方々が高齢化して、その方々の発がんがあります。数自体はまだしばらく多くて、本当に減ってくるのはもっと先ではないかといわれております。
齊藤 さて、基本的なことですが、がんは粘膜でできて、それが深く進行していくのですね。
辻 はい。まず粘膜内からがんが出て、徐々にその深達度、深いほうに浸潤していきます。
齊藤 4層になっているのですか。
辻 はい。私たちのほうでは大きく粘膜、粘膜下層、そして筋肉の層、そしてその外側の漿膜、さらにその外側まで行っているかで分けていることが多いです。
齊藤 内視鏡による治療ができるのは、粘膜にほぼ近いものになりますか。
辻 基本的に粘膜内がんといわれる最も表面の層に限局しているものが一番のターゲットで、一部その粘膜の下、粘膜下層に行っても大丈夫なものもあるという状況です。
齊藤 日本では胃がんの患者さんが約10万人ということで、先生のところにまわってくる患者さんは、早いステージの方が多いのでしょうか。
辻 日本は胃がん検診を古くからしっかり整備していて、世界に誇る検診ができているため、非常に早期ステージで見つかる方が多く、ステージ1のがんが半分以上という状況です。ですので、幸いなことに我々の病院にも早期の方が多く紹介されています。
齊藤 患者さんは内視鏡治療でいける人と手術にまわる方と区分けがあるのですね。
辻 おおまかに申しますと、筋層浸潤以上のものは、そもそも切除ができませんし、転移の率もあるので、基本、遠隔転移などの照査をしてからになります。その手術療法、あるいはもう少し遠隔転移があったりした場合には、薬物療法を行っていくことになります。
齊藤 粘膜にほぼ限られたということですが、腫瘍のサイズはありますか。
辻 細かく申しますと、胃がんには分化型、未分化型で大きく2つに大別される細胞の種類があります。分化型がんのほうが胃の性質性を色濃く残していますが、大きさに関しては場合によって制限なく、例えば私たちも直径が7㎝や8㎝あるような胃がんを剝がし取ることもあります。未分化型がんは、現在は少なくとも2㎝の直径までということになっているので、少し差があります。
齊藤 今の腫瘍の定義づけは、事前にいろいろなテクニックで見ていくのですね。
辻 基本的にはまず内視鏡で見るしかありません。皆さんびっくりされるかもしれないのですが、内視鏡医が写真の見た目で、これは2㎝ぐらいと予測すると、これがけっこう当たっていて、それで見当をつけて大きさを考えています。あと、深さに関しても日本は診断学が発達していて、空気を抜いたときの軟らかさであったり、ヒダが寄っているなどの状況を総合して、深さが粘膜内かそれよりも深いかを判断して予測を立てています。
齊藤 分化型と未分化型は見えるのですか。
辻 こちらも基本は生検の病理ですが、拡大内視鏡検査というものを用いて、その血管を拡大して見たときの血管の形の分類で、ある程度予測はつきます。
齊藤 どういう方法で取るのでしょうか。
辻 今、ほとんどは、この内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)というもので切除しています。私はよく電気彫刻刀と言っていますが、胃カメラを通して電気メスを出していって、彫刻刀で剝がし取るようにそぎ取っていく、日本が世界に誇る治療法です。
もちろん、胃の壁はそんなに厚くないので、粘膜下層におそらくヒアルロン酸が多いと思うのですが、膨隆剤を打って、その粘膜下層を膨らませることでマージンを取り、余裕を持たせながら電気メスで周囲切開をして剝離して取っていくことになります。
齊藤 実際の手技はどのくらい時間がかかるものですか。
辻 エキスパートが行いますと、例えば2㎝以内ぐらいの粘膜内がんでスタンダードケースであれば、おそらく30分前後から1時間ぐらいで終わることが多いと思います。ただ、もちろん先ほども言いましたように粘膜内がんで分化型がんだと、場合によっては7、8㎝のものも取ることがあります。こうなると例えば2、3時間かかることもあります。
齊藤 患者さんは、その間は静脈麻酔で寝ているのですか。
辻 おっしゃるとおりです。日本は歴史的にESDが内視鏡室で発達してきたものですから、基本的には静脈麻酔と静脈鎮痛の注射薬で行っていますが、我々大学病院などではかなり込み入ったケースやすごく大きなものは、全身麻酔で行うこともまれにあります。
齊藤 麻酔科医が入っているのですね。
辻 そうですね。
齊藤 患者さんに副反応というか、問題が起こる場合について、どう説明されていますか。
辻 大きく分けて穴が開くことと血が出ることがあると説明しています。
まず一つは穿孔です。これは主に術中に電気メスで筋肉の層を突き破ってしまう術中穿孔が主になります。ハイボリュームセンターでは、2~4%ぐらいの確率で起こるといわれています。昔は本当に穴が開くと大騒ぎしたのですが、現在は基本的にクリッピングといって、穴を内視鏡で塞いでしまいます。外科医を呼ばないで保存でいけることが多いと思います。
もう一つの出血は、術中はもちろん止めながら行うところが技術ですので、術後の出血、次の日とか、場合によっては退院したあとに、家で突然吐血してしまうことが問題になります。この確率がだいたい5%前後といわれています。なおかつ最近は抗凝固薬や抗血小板剤を飲んでいる方も多くなっていますので、もう少し率が上がってくるという問題があります。
齊藤 腫瘍が取れたときはどのようにしていくのですか。
辻 今まで日本は胃がんの手術の実績がたくさんあるので、どういう場合にリンパ節転移を起こさないかという膨大なデータを基に、内視鏡治療基準が作られています。ですので、切り終わった標本をきちんと病理部に送っているのですが、これを2㎜ごとのスライスにして、病理医に詳細に見てもらいます。
深さ、それから脈管浸潤という、血管やリンパ管に食い込んでいないか、がんの細胞の種類、断端を判定して基準に満ちていれば、内視鏡で完了になります。基準を外れていれば追加の治療、例えば追加の外科切除であったりが必要かという検討になります。
齊藤 しっかり取れる率は、だいたいどのぐらいですか。
辻 術前に、例えば上から見て深さを判定することは100%できません。切除症例で10~15%ぐらいが追加切除検討になるというのが、私たちの施設でも、おそらくハイボリュームセンターでもそうなのかと思います。また、もう一方でR0といいますが、水平と深部がきちんと取れるかは技術の問題ですので、少なくとも私たちの施設も99%以上達成しています。
齊藤 そういうことができる施設は認定なのですか。
辻 日本胃癌学会では、日本胃癌学会認定施設という制度を始めています。
齊藤 医師あるいは患者さんは、いろいろ勉強して、こういうところに行くと良いということでしょうか。
辻 やはり、治療件数というのは一つの目安になり、多くの施設は治療件数を公開していると思います。私たちの施設は胃の内視鏡治療でも年間150件以上行っているのですが、例えば50件以上はやる必要があるのではないかといったような、一つの目安はあるかと思います。
齊藤 では、最後にフォローアップはどうなりますか。
辻 内視鏡の治癒切除基準を満たしてこれで転移の率がほぼゼロであるとなった場合は、内視鏡で1年に1回フォローするということで、検診と同じようなペースになってくるかと思います。
齊藤 それからもう少し完璧でなかった場合はどうなりますか。
辻 すでにリンパ管侵襲があるとか、深さがもう粘膜の下層のだいぶ深いところまで行っているとなると、転移の問題がありますので、外科医の追加外科切除などを検討するのですが、問題は、例えばその水平方向の一部分が怪しいとか、そういった場合です。これに関しては慎重フォローということになっていて、3~6カ月後に内視鏡でチェックするように、ちょっと慎重にフォローしていって、もし小さな遺残が見つかった場合には、内視鏡でサルベージをするといったことも許容されています。
齊藤 どうもありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅲ)
胃腫瘍に対する内視鏡治療
東京大学医学部附属病院次世代内視鏡開発講座特任准教授
辻 陽介 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)