藤城 加藤先生、十二指腸腫瘍、特に十二指腸がんは、最近、日本で数が増えているのでしょうか。
加藤 疫学的には100万人当たり23.7 人で、だいたい60人以下を希少がんとしているので、すごく少ないがんです。
ただし、欧米で報告されているデータに比べると、最近日本で発見されている数は10倍くらい多いことがあります。これは、おそらく日本では内視鏡検査を簡単に受けることができるので、無症状の状態で検査を受け、たまたま病気が見つかることが非常に多くなっているためで、実際の病院などでの感じとしても、患者さんがかなり増えている印象があります。
藤城 それは内視鏡検査だけが発見動機になっていて、何か日本人特有の原因があるわけではないということでしょうか。
加藤 そうです。十二指腸のがんについては、例えば胃がんだとピロリ菌の感染などのリスクがいわれていますが、遺伝的にすごく病気になりやすい家族性大腸腺腫症が十二指腸に病気をつくる以外のほとんどは原因がよくわからず、たまたま検査をすると無症状で見つかることが非常に多いような印象があります。
藤城 それは日本では内視鏡検査がかなり普及していることが影響しているからでしょうか。
加藤 そのように考えます。例えば欧米などでは、検査がすごく高額で受けられなかったりすることがありますが、日本の場合は医療へのアクセスが非常によいので、皆さん、検査を受けたことで、偶然に見つかる場合が多いと思います。
藤城 2016年から内視鏡検診が対策型検診に組み込まれた影響もありますか。
加藤 あると思います。ですから、ほとんど無症状で発見される方が多いのが、この病気の特徴です。
藤城 内視鏡検査で見つけて診断することになりますが、その診断の進歩はどのような感じでしょうか。
加藤 もともと消化器のがんは、診断をつけるときに細胞を一部採り、病理検査に回して検査しますが、この領域はそれがかなり難しいことが知られています。細胞の検査では良性のポリープとがんをなかなか完全に区別できないといわれています。
また、この場所は壁が非常に薄いので細胞を採ってしまうと後の治療に非常に難渋することもあり、診断が難しい状況でした。
しかし、ここ最近は内視鏡で特殊な光を使って表面を詳しく見たり、それを100倍ぐらいに拡大して見る検査をすることで、病気の性質を予想することがかなりできるようになってきて、非常に良い成績が報告されつつあります。
藤城 生検だと、良性・悪性の診断が難しいという話でしたが、それは1 点を採ってくるところが影響しているのでしょうか。内視鏡だと面で診断できるとか、ほかと対比しながら診断できるというメリットがあることでしょうか。
加藤 まさにおっしゃるとおりです。非常に大きな病変のうち、すごくたちの悪いところが狭い領域に含まれていた場合、そこを採らないと組織をしっかりと診断できないことがあります。内視鏡検査の場合、リアルタイムに全体病変をくまなく見て、一番怪しいところを探すことができるので、そういった意味で、細胞の検査より内視鏡検査のほうがいいかもしれません。
ただ、この病気は数がすごく少ないので、胃や大腸の病気のように、まだ診断が完全に確立しているわけではないですが、最近の進歩により、そういうことがわかるようになってきています。
藤城 生検により線維化、病変を治療しにくくなるという話も先ほど出ましたが、内視鏡治療に関しては、どのような状況にあるのでしょうか。
加藤 この領域は内視鏡の治療が難しいといわれていました。理由の一つに十二指腸という場所が普通の内視鏡では到達することが難しい点があります。
内視鏡検査というと一般の方は胃カメラという言い方をされることが多く、主に胃を見る検査となっています。
十二指腸は指12本分の長さで、胃の次のところ、小腸の入り口になります。曲がりくねっていて、口から遠いので、内視鏡で到達すること自体がそもそも難しく、内視鏡治療が技術的に難しいのです。
そして、十二指腸のもう一つの特徴は、そこに膵臓の口である膵管と、消化液が出てくる胆管、胆汁や膵液という消化に関わるような非常に強い消化液が出るところにあります。切除した後に血が出てしまったり、穴があいてしまったりするような、かなり大きなトラブルになることがわかっていて、内視鏡治療は非常に難しいとされてきました。
実際、昔はほかの臓器と同じように内視鏡治療を行うとかなりトラブルが多かったということですが、最近では幾つかの方法が開発され、方法が工夫されることにより、かなりいろいろな内視鏡治療が広く行われるようになってきています。
藤城 どういう治療があるのでしょうか。
加藤 病変のサイズで大きく分けると、比較的小さいものはスネア鉗子といって輪投げの輪のように閉じて病変の根元を締める。大腸のポリープなどでよく用いられている、スネアを使って切除する内視鏡的粘膜切除術(EMR) といわれる方法になります。
比較的大きいものについては、最近は内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)といって電気メスではがして取ったり、そこに外科医のサポートを借りるような方法等が報告されています。
藤城 先生はESDの名手とうかがっています。先生のところでの治療成績などは教えていただけますか。
加藤 ESDは胃や大腸、どの臓器でも行いますが、大きな術中のトラブルが穿孔、穴があいてしまうことが2~3%程度あります。
この治療も15年、20年ぐらい前から始まりましたが、初期のころは十二指腸でその治療を行っても、20~30%ぐらいトラブルがあったと報告されています。
ただし、いろいろな方法を工夫することにより、かなり上手な医師が行えば、穿孔の確率も10%を切るぐらいになりますし、実際、術中にそういうトラブルが起きたとしても、傷口をしっかり縫って保護すると、術後にほとんど何も起こらないこともわかってきています。われわれの施設では何百人の患者さんがいても術後にトラブルになるような方は5%以下だと思います。
藤城 そうすると、施設を選ぶのも非常に重要なのですね。
加藤 特に大型の病変については施設の差が、まだ少しあるように思います。小さな病変に関しては、先ほどお話ししたスネアを使って切除する方法で、比較的安全に取れるようになってきていると思います。
病変が非常に大きくなる前に切除してしまえば、それほどたいへんなことではないですが、2~3㎝を超えるような大きな病変で見つかった場合は、十分注意して治療に当たるほうがよいと思います。
藤城 十二指腸腫瘍、がんに対する外科手術の現状はどうでしょうか。
加藤 先ほど多くの病変が無症状で見つかり、無症状でかなり早い段階なので、多くは内視鏡治療で治るという話をしました。他方、がんが少し浸潤してしまうと、かなり転移のリスクがある臓器であるともいわれています。この場合は手術で、十二指腸とともに周りのリンパ節をしっかり取る郭清という処置が必要になります。
十二指腸の場合、特有の状況として十二指腸という腸だけを切ればよいわけではなく、膵臓という臓器や胆管という管がくっついています。そこを手術するためには十二指腸だけでなく膵臓、胆管の一部を切り、残った管の部分を小腸につなげる膵頭十二指腸切除術という、かなり大きな手術が必要になってきます。進行して転移のリスクがあるような患者さんの場合、そこを切除することが必要になってくると思います。
藤城 手術が少し難しいような患者さんに対しては、がん薬物療法が行われると思いますが、どういう状況でしょうか。
加藤 十二指腸がんは希少がんということで、標準的な治療をどのようなかたちで行ったらよいのか、長らく定まっていませんでした。しかし、転移があり手術ができない再発小腸がんに対し、フッ化ピリミジンと、胃がんや大腸がんでも広く使われているオキサリプラチンといった薬が使われるようになり、有効性が示され、2018年9月から保険適用になっています。
藤城 今の話をうかがうと、内視鏡治療は技術をかなり要するということ、外科手術になるとかなり大がかりな手術が必要だということですが、その間を埋めるような工夫は行われているのでしょうか。
加藤 内視鏡治療は後のトラブルも多いですし、手術も定型的というか、膵頭十二指腸切除になると、生活の質がかなり落ちるので、十二指腸の一部だけを切って取る外科手術も考案されています。一般的には十二指腸局所切除といわれている、病気のところのみを取ってくる手術になります。
さらにその間を埋めるものとして、内視鏡治療のESDで病気を取った後、外側から壁の薄いところを補強するような腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS)が提案され、今では保険が使えるようになっています。
藤城 今、様々な工夫が行われ、希少がんである十二指腸腫瘍、がんに対する治療が発展してきていることがよくわかりました。
まだ数も少ないということで、しっかりした施設で診断、治療を行う必要があることも理解しました。ありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅲ)
十二指腸腫瘍に対する治療
慶應義塾大学内視鏡センター教授
加藤 元彦 先生
(聞き手藤城 光弘先生)