ドクターサロン

 多田 朴先生は、これまでの東京大学医科学研究所附属病院 総合診療科を引き継ぎ、2021年7月1日から腫瘍・ 総合内科を設立されました。担がん患者さんはその年齢構成から、腫瘍以外の合併症を有していることも多く、こうした合併症も併せて患者さんを包括的に診ていただけるということで、たいへんありがたいと思います。
 さて、「胃腫瘍に対する薬物療法」 ですが、薬物療法の対象となる胃腫瘍とは、いかなる症例を想定しているのでしょうか。もっというならば、悪性腫瘍の場合は、まず摘出術選択が原則と考えられますが、薬物療法の関わり方から教えていただけたらと思います。
  胃腫瘍という話でしたが、胃がんについてお話しさせていただきます。胃がんに対する抗がん剤治療の役割として、大きく2つに分けることができます。治癒切除が可能な手術の前後、日本の場合は後ろが中心ですが、補助化学療法といって手術後の再発率を下げるための抗がん剤治療と、もう一つ、手術ができないぐらいに進行された患者さん、または手術した後に、不幸にして再発された患者さんに対し、延命や症状緩和、症状出現までの時間を延ばすための緩和的な化学療法の2種類があります。
 多田 補助的化学療法と緩和的な化学療法の薬の使い方には違いがあるのでしょうか。
  新薬の開発は、どうしても手術できない患者さんのほうから進むので、緩和的化学療法のほうが一歩先んじている感じがあります。
 多田 薬物の種類は特に異なることがありますか。
  基本的に、術後補助化学療法の開発の歴史は、S-1という経口抗がん剤が手術単独に対し治癒率を10%向上したところから始まり、今はカペシタビンやオキサリプラチン、ドセタキセルという薬が入ってきていて、ステージⅢの胃がんの術後では併用することが標準治療となっています。
 緩和的化学療法においても5-FUからS-1と発展してきて、S-1+シスプラチン、最近ではS-1とオキサリプラチンが使われるようになりました。さらにHER2陽性胃がん(約20%)の患者さんにはトラスツズマブという分子標的薬を使うことになります。
 それから、免疫チェックポイント阻害薬です。最近、ニボルマブという薬が出てきて、緩和的化学療法では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤を使う点において、手術後の補助化学療法より一歩先んじているとご理解いただければと思います。
 多田 実際に私どもがそういった患者さんを診察、治療することになると思いますが、どの薬を使おうか、どのタイプがいいか、薬により注意点はあるのでしょうか。
  標準的な治療が推奨されています。標準治療は並定食ではなく、一番いい治療だとご理解いただければと思います。
 多田 チャンピオンセラピーでしょうか。
  そうですね。
 いま緩和的化学療法においてはS-1やカペシタビンなどのフッ化ピリミジンとオキサリプラチン、プラチナ系薬剤の2剤併用に、さらにHER2陽性の場合はトラスツズマブ、そうでなければニボルマブを使うのが、標準治療です。
 多田 がん細胞そのものをやっつける方法は薬により差があると思います。細胞そのものを壊していくことに至るのでしょうが、壊し方が少し違う、副作用が違うということでしょうか。
  5-FUやプラチナ系は、殺細胞性抗がん剤といわれていて、細胞の増殖が速いところをアタックするため、正常細胞でも、例えば骨髄や髪の毛、腸粘膜などの増殖の速いところもやられてしまいます。吐き気や口内炎、下痢、脱毛もあります。
 免疫にはブレーキとアクセルが正常に働いていますが、免疫チェックポイント阻害剤はブレーキを外す薬です。結果的にはアクセルが強くなるのですが、そうするとニボルマブは自分のリンパ球が自分自身を攻撃するような副作用を起こすことがあり、それは頭から全身、どこに起こるかわかりません。
 ですから、殺細胞性抗がん剤の副作用は、投薬をやめてしまえば1~2週間でだいたい回復しますが、免疫チェックポイント阻害薬の副作用は、いつ起こるかわかりませんし、最悪の場合、治療が終わってから副作用が起こることもあります。その辺は注意しなければいけないと思います。
 多田 先生がおっしゃったニボルマブは確か本庶佑先生の研究から出た薬で、脚光を浴びていますね。抗がん剤が効かないタイプのものでも使うことで、最初は3次治療で使っていましたが、今はもう1次治療ですか。
  1次治療です。
 多田 延命効果があるということでしょうか。
  はい。特に免疫チェックポイント阻害薬の長所として、効果が長続きするといわれています。ニボルマブが承認されたのは2017年で、今ようやく治験の3年経過の論文を書いているところですが、3年、5年と見たときに、長期生存される方が何%なのか、しっかりとした結果が出てくるのではないかと期待されています。
 多田 実際にがんの薬は、血液、腎臓など、様々なところに副作用が出てくるということですが、使いにくいような患者さんの場合はどうすればよいでしょうか。
  例えば間質性肺炎のある方にニボルマブを使うのはとても怖いことになるので、使えません。高齢の方で腎臓が多少悪い方、肝臓が悪い方がいらっしゃると、肝臓で分解されたり、腎臓で排泄するのが遅れるので量を減らしたり、副作用の出方を見ながら、微調整を加えていくようなかたちで行っています。
 多田 1次治療から始まり、結果が出なければ2次治療、3次治療となるのですが、使い方の一つのパターンのようなものは何かあるのでしょうか。
  標準治療があり、それに対して今は電子カルテでレジメンなどがきちんと登録されているので、だいたい皆さん、同じように治療をしています。しかし、副作用を見ながら微調整していくところがたいへん大事ですし、あまり量を減らしすぎると今度は効果も損ねてしまいます。そのバランスがたいへん難しいと思います。
 多田 レジメンがあり、だいたい決まっていて、そこに乗っていくということでしょうか。
  医療安全なども非常に重要です。昔の紙カルテの時代には間違って処方したりすることがたまにありましたが、そういうことができるだけないように、きちんと決められたとおりにやっていくのが、まず第一歩です。
 多田 患者さんを診ながら、その状態により変えていくということでしょうか。
 私は高齢者医学をけっこう勉強した人間ですが、Geriatricアセスメントのようなものがあるように、そういった表のようなものがあるのですか。
  簡単なのはG8といって、8個の質問項目で点数化して、14点を切る人は少し注意をしなさいと言われています。
 多田 それを見ながら選択していくのですね。
  どちらかというと、高齢の患者さんの問題点を気づかせてくれます。自分たちが聞き逃したことが、「こういうことがあったのだ」と気づかせてくれるツールだと思います。
 まだGeriatricアセスメントと抗がん剤の適正量に関してのきちんとした研究はないので、参考情報としながら考えていくようにしています。
 多田 抗がん剤の話ですが、胃がんに対し、どういう薬を使えばよいかに加えて、症例の状態によりいろいろ方法を変える、レジメンを変えるという話もお聞きしました。
 先生が進めていくような抗がん剤の一つのあり方も含めて、今後どういう方向に胃がんの治療法が進んでいくのか、教えていただけますか。
  最近の新薬の開発は本当に目覚ましいものがあります。おそらく今年、新薬がもう一つ現場に入ってくると思います。また、抗体に抗がん剤をくっつけた、昔でいうミサイル療法のような新薬なども次々と出てきています。毎年変わっていくぐらいの進歩があるのではないか、そうなれば、もっといい結果が得られるのではないかと期待しています。
 多田 Up to Dateな抗がん剤のお話も一緒にしていただきました。ありがとうございました。