池田
去勢抵抗性前立腺がんについての質問の前に、前立腺がんと診断された患者さんにどのような治療が行われるのか、何か指標があるのでしょうか。
久米
一般的に、その人が今後どれだけ生きるか、いわゆる期待余命により、治療法はかなり変わってきます。例えば、非常に元気な若い方で合併症もないような方であれば、もちろん転移がないことが前提ですが、その場合は根治治療、すなわち手術もしくは放射線治療が行われます。今は手術だったらロボット支援手術が行われます。
一方で、残念ながら転移があった人はホルモン療法が選択されます。また期待余命が少ない、一般的には高齢者の場合、おおむね80歳以上の場合は根治治療よりは、どちらかというとホルモン療法を行います。
池田
その方のパフォーマンスのレベルで治療法が決まっていくのですね。ホルモン療法を選び、おそらくリュープロレリンなどを使われますが、それを使っていてどういう状態になれば、去勢抵抗性前立腺がんという判断になるのでしょうか。
久米
まず、ホルモン療法の場合、男性ホルモンを抑える意味で、リュープロレリンといったLH-RHのアゴニストもしくはアンタゴニストが使われます。
その他としては、外科的に精巣を取ってしまう、いわゆる外科的去勢も行われます。それだけでも95%ぐらいはアンドロゲンを抑えられますが、5%ぐらい、主に副腎からアンドロゲンが出ているので、完全にアンドロゲンを抑え込むことは難しいですね。
池田
では、この場合の去勢は本当に去勢するのではなく、こういったホルモン療法で、あるレベル以下にテストステロンが低値になったものを指すということですか。
久米
そういうことになります。だいたいテストステロンを50ng/dL以下に抑えられた場合には去勢と同じ効果があるということで、去勢閾という言葉もよく使われています。
池田
そのレベル以下になったら去勢しなくても去勢ということなのですね。
久米
そういうことになります。
池田
去勢抵抗性というと、テストステロンが低値にもかかわらず、PSAなどが上がってくるのでしょうか。
久米
主にPSAの上昇で、中にはPSAが上がりにくいものは画像上の進行を入れますが、普通はあまりお目にかかりません。
このメカニズムではアンドロゲンのレセプターの異常などいろいろなことが明らかにされています。そういったいろいろなメカニズムで、あるときに去勢閾になっていたにもかかわらず、前立腺がんが進行してしまうことがあります。去勢にもかかわらず増殖していくということで、去勢抵抗性前立腺がんと呼んでいます。
池田
この言葉は以前から一般的なのでしょうか。
久米
私の記憶だと、15~20年ぐらい前まではホルモン不応性という言葉が主流でしたが、最近になり去勢抵抗性前立腺がんという言葉が定着してきたと思います。
池田
こういう診断を受けたときに、次にどのような治療法に移っていくのでしょうか。
久米
一般には、残った5%ぐらいのアンドロゲンの作用をいかに抑えるかになります。今度はアンドロゲンのレセプターを強力にブロックする方法が一つ。もう一つはアンドロゲンの合成自体を止めてしまう薬、アビラテロンという薬が有名ですが、そういった2つの方法で、アンドロゲンの作用をできるだけ抑え込むことになっています。
池田
その際もLH-RHアゴニストなどを一緒に使うのですか。
久米
もちろん併用して使います。
池田
その2つの新しい薬をかぶせて、反応としてはどういう感じになるのでしょうか。
久米
いろいろな試験を見ると、去勢抵抗性前立腺がんではおおむねがんを抑えられている期間は1~2年ぐらいで、Overall Survival、全生存期間としては数年といったところではないかと思います。
池田
数年延びてくるのですね。
久米
いいえ、去勢抵抗性前立腺がんではこれらの新薬を使っても、全生存期間は数年くらいという意味です。
池田
一方で、いわゆる抗がん剤があるとうかがいましたが。
久米
今まで抗がん剤は前立腺がんには全然効かないと言われていましたが、20年ぐらい前にタキサン系の抗がん剤が効くことが証明されています。ドセタキセルという抗がん剤が生命予後を改善するという研究結果が出て、それ以来、去勢抵抗性前立腺がんにドセタキセルが使われるようになりました。
ドセタキセルの側鎖を少し変えたカバジタキセルという薬も使われてきて、今では去勢抵抗性前立腺がんの治療としては、ホルモン療法と化学療法という2つの軸で動いていると考えていいと思います。
池田
この2つの軸は併用することはあるのでしょうか。
久米
最近、そういうスタディが出始めています。ドセタキセルと新しいアンドロゲンのブロッカー、LH-RHの併用をわれわれはトリプレットと呼んでいますが、最近はそういうものが出ています。
池田
まだ試験段階ということでしょうか。
久米
もう保険は通っているので使えます。ただし、診断時にすでに転移がある未治療症例、つまり去勢抵抗性ではない症例に対して使えるということです。
昔は去勢抵抗性になってから、いろいろと高価な薬を使い始めましたが、今ではそれがどんどん前倒しになってきて、診断時に転移があった場合には、早くからこういった新薬でしっかり抑える流れになりつつあります。
先ほどの併用療法もそのうちの一つで、これまではアンドロゲンのレセプターを強力にブロックする方法、もしくは化学療法といっていたのが、転移のある前立腺がんに対しては今度は両方とも最初の段階で使っていこうという流れになっています。
池田
逆の意味で、転移があると、このコンビネーションの治療が受けられますが、転移がないとホルモン療法になってしまうのですか。
久米
転移がない場合には、最初はLH-RHアゴニストなどのアンドロゲンを抑える治療になるかと思います。ただし、併用療法をすることもあります。ホルモン療法をするときに、アンドロゲンのレセプターをブロックするという考えは、30年ぐらい前からあり、そういう薬は出ていましたが、それほど高額な薬ではなかったのです。日常臨床ではそういった薬を併用して、最初から行うケースも多いかと思います。
最近出た新しい薬、アンドロゲンのレセプターを強力にブロックする、もしくはアンドロゲンの合成を抑える薬、いわゆるARAT(androgen receptor axis-targeted)agentsという薬はかなり高価なので、本当に去勢抵抗性になって初めて使っていた経緯があります。
池田
それをなるべく早くという流れなのですね。
久米
そういう感じです。
池田
それにより、予後が長くなってくるのでしょうか。
久米
そういう研究結果があるから保険適用になったという経緯があります。
池田
前立腺がんもそうですが、家族性に発生するがんがけっこうあります。それに関して、前立腺がんでは何か取り組みがあるのでしょうか。
久米
前立腺がんは、BRCA1/2の遺伝子の異常により起きるものが10%ぐらいあるといわれています。それに関しては、ようやく定着しつつある遺伝子検査、いわゆるパネル検査を行い、こういった遺伝子の変異(mutation)がある場合は、PARP阻害剤、オラパリブという薬が使えるようになっています。このオラパリブも保険適用になっています。
池田
これは、どういったものをターゲットにするのでしょうか。
久米
オラパリブはPARP阻害剤といって、一本鎖切断を修復する酵素を阻害します。
一方、BRCA1/2は二本鎖切断を修復する酵素なので、BRCA1/2がmutationを起こして、なおかつPARPを阻害するオラパリブを投与すると、一本鎖切断も二本鎖切断も修復できなくなってしまうので、がん細胞が死んでしまう感じです。
池田
BRCA1/2の変異が見つかる前立腺がんは多いのでしょうか。
久米
ジャームラインで10%ぐらい、somatic mutationを含めると20%ぐらいといわれています。
池田
2割の方は、この阻害薬を使う可能性があるということですね。
久米
そういうことになります。
池田
おそらく、前立腺がんも多因子性のものだと思うので、少しずつでも新しい治療法が出てくるのは、患者さんにとっても頼もしいところがあるかと思います。ありがとうございました。