山内
杉田先生、質問にあるような症例も確かにありますね。ヘルペスだと思ったけれど発疹がない。先生はどういったものをお考えになりますか。
杉田
体幹部の神経障害だと思います。特に神経根を病巣として疑う場合は、原因としては帯状疱疹が圧倒的に多いです。
今回の症例では、それが神経根に沿った症状かどうか、つまりデルマトームに沿った帯状の症状かどうかが、まず気になります。
デルマトームに沿った帯状の障害であれば、神経根の障害として感染症で一番多いのは帯状疱疹、代謝性のものとして一番多いのは糖尿病性によるもの。あとは本当にごくまれですが、自己免疫のものであると、これはどちらかというと神経科の専門医が診るところですが、シェーグレン症候群、サルコイドーシス等。鑑別としてはその辺りが挙げられるかと思います。
山内
特殊な病気になりますとなかなか思いつきにくいところもあります。神経根に関しては、比較的ありうる病気と考えてよいでしょうか。
杉田
頸髄領域や腰髄領域に比べると、胸髄領域は圧倒的に少ないのが現状です。
その原因の一つとして、変性が生じづらい点が挙げられます。頸椎、腰椎は、湾曲の影響で荷重がかかり、変性を受け、それによる神経根の圧迫による頸椎症性神経根症、もしくはヘルニア等による神経根症が非常に多いです。胸髄領域は、基本的にそれは極めてまれなので、圧倒的に少ないですね。
もう一つ見逃されやすい点としては、頸髄領域、腰髄領域は、どちらも手足で運動の評価がしやすいですが、胸髄領域は手足がないところなので、そこの運動症状を患者さんが訴えることは基本的にないのです。
ごくまれに、おなかのデルマトームのところだと、偽性ヘルニアと言いますが、そこだけ腹壁の筋緊張が落ち、ボコッと飛び出すようになったりすることもあります。いずれにしろ、普通は運動症状が出づらいです。胸髄領域の神経根の障害は、全体的に頸髄、腰髄と比べるとまれです。
山内
もう一つの質問で、どちらかというと背中側に痛みがあるようですが、これはかなり特徴的でしょうか。
杉田
一般的に末梢神経の場合は長さ依存性の障害と表現しますが、神経の一番遠いところから障害されていきます。一番遠い細胞体から栄養が届かなくなりダメージを受けるので、足であれば足先の神経から、手であれば手先の神経からというかたちです。
胸髄領域にとって神経で一番遠い場所は、脊髄からグルッと回っておなか側、前側になります。胸髄領域の末梢神経の障害の場合、例えば肋間神経痛や糖尿病性のものがありますが、基本的には前側の痛みになることが多いです。
今回は背部なので、いわゆる典型的な末梢神経というよりは、神経根やその近傍の障害かという気がします。
山内
分布の話が出たところで、神経根症での症状ですが、例えば鑑別診断する際の所見の特徴的なものをまとめていただけますか。
杉田
まず、一番重要なのはデルマトームに沿った分布かどうか。先ほど胸髄領域は運動の評価が難しいとお話ししましたが、手足と違い、唯一楽なのは、感覚障害の分布が胸髄領域は輪切り状になっているので、すごくわかりやすいのです(図)。手足は斜めになっているので、髄節性が少しわかりにくかったりするところもありますが、輪切り状になっているので、そこは比較的わかりやすいかと思います。
あと頸髄領域の神経根は、例えば頸部を後屈させると痛みが出たり、腰部もそういうところがありますが、特に胸椎の場合は前後屈よりも回旋運動により痛みが誘発されるかどうかが、特徴として一つあるかと思います。
話が少しそれますが、脊髄の病気ではないかというところも、きちんと除外することが重要です。それにあたっての注意点としては、膀胱直腸障害が出ていないか、下肢の症状がないか、この2点は必ず確認したほうがいいです。
もちろん、脊髄でも髄節のデルマトームに沿った分布の障害を呈することがあるので、そこが注意するところでしょうか。
先ほどの質問に戻ると、胸髄領域の神経根に関しては、デルマトームに沿った帯状の分布かどうかというところ、場合によっては回旋運動などで痛みが誘発されるのが特徴かと思います。
山内
痛みの性状はピリピリしたものが多いと考えてよいでしょうか。
杉田
正直に申し上げると、痛みの性状だけで特徴的かは、なかなか難しいと個人的に思います。これは患者さんにより、訴えはかなり様々です。確かに、帯状疱疹などはピリピリとおっしゃる方が多いと思いますが、痛みの性状だけからは、解剖的にどこが悪いのかを同定しきれないと個人的には思います。
山内
症状としては知覚が喪失するといったこともあるのでしょうか。
杉田
難しいのが、単一の神経根の障害の場合、実は感覚は上下の神経根とオーバーラップしていることがけっこうあるのです。ですから単一が障害された場合、上下での髄節の範囲がかぶさっていることで、異常感覚はあるけれども、触っている感覚はわかることがしばしばあります。複数の神経根、隣り合うところがダメージを受けると感覚が落ちることがありますが、単一の神経根だけだと、感覚が落ちないこともときどきあります。
これは頸椎症性神経根症や腰部椎間板ヘルニアによる神経根症も同様ですが、単一の神経根の場合、感覚が落ちていないから神経の問題ではない、とはならないところが、一つ注意すべき点かと思います。
山内
痛みの領域ですが、デルマトームという話が出てきました。一方、例えば島状に痛み、知覚異常が生じることはあるのでしょうか。
杉田
あります。これもしびれの分布を考える上で重要な点ですが、神経の長さに依存して障害されるか、長さに依存しないで障害されるかが、しびれを考える上での最初のステップとして重要になってきます。
長さ依存性とはどういうものかというと、体から一番遠いところからダメージを受けてくるもので、こういったタイプの神経疾患が圧倒的に多いです。糖尿病性ニューロパチー、アルコール性ニューロパチー、ビタミン欠乏性ニューロパチーは、基本的にすべて足先、手先からです。長さ依存性に障害されないものもあり、そういう場合は島状のような分布で障害されるものがあります。まれな自己免疫疾患だと、シェーグレン症候群やサルコイドーシス、さらに少しまれなところで言うとファブリー病やアミロイドーシスなどもそういう分布を呈することがありますが、全体の頻度としては、そこまで多いものではないと思います。
山内
この症例の場合、背中のほうということで、診断がなかなか難しいところがありそうですが、これはまたフォローアップしていただくことになるでしょうか。
杉田
今は脊髄の障害を疑うような膀胱直腸障害や下肢の症状がなく、本当にピリピリした痛みだけであれば、私は無理にMRIなどにいかずに、まずは対症療法のみで経過をフォローするのが妥当かと思います。ほかに何か新しい症状が出てこないかどうかをフォローするほうが、診断に近づくかという気がします。
山内
画像は撮れますが、神経伝導速度、その他、神経関係のいろいろな検査法がありますが、このあたりは診断には難しい領域でしょうか。
杉田
ご指摘のとおり、神経伝導検査は基本的に手足にしかできません。胸髄領域のおなか、胸のところなどはできないので、そういった電気生理検査に頼ることは正直難しいです。
針筋電図という検査がありますが、これはアドバンストな話になります。傍脊柱起立筋、背骨の脇のところの筋に刺すことで、そういった髄節の神経が根元で障害されていないかを診ることは多少はできますが、正直、そこまでいくことはなかなか難しいです。
山内
超専門的になってきますね。
杉田
これはかなり専門的なので、基本的に胸髄領域は電気生理検査では診断は難しいと思っていただいてよいかと思います。
山内
どうもありがとうございました。