ドクターサロン

 齊藤 まず胃潰瘍の成因ですが、歴史的なことも含めてお話しください。
 佐藤 潰瘍の二大原因はピロリ菌とNSAIDsです。昔はピロリ菌の感染率が高かったのでピロリ潰瘍が非常に多かったのですが、ご存じのとおりピロリ菌感染率はだいぶ減ってきていますし、陽性だった方も除菌して陰性になってピロリ潰瘍は減ってきています。代わりにNSAIDsあるいは低用量アスピリンによる潰瘍が増えています。あともう一つは、その2つとも関与していない原因がわからない特発性潰瘍という潰瘍が十数パーセントに増えているのが現状です。
 齊藤 攻撃因子、防御因子という話を以前聞いたことがありますが、その辺はどうなっていますか。
 佐藤 その考え方は今もあり、そのように理解されています。
 齊藤 今はどちらかというと攻撃因子に対する治療が中心ですか。
 佐藤 そうですね。治療は強力な酸分泌抑制薬がありますので、治療の中心はPPIや、今はさらにボノプラザンという新しいアシッドブロッカーによる治療がほとんどです。
 齊藤 ストレスも絡むのでしょうか。
 佐藤 もちろんストレスもありますが、ストレスだけで潰瘍になるということは、あまりありませんね。やはり、震災のように大きなストレスのときは患者さんが増えますが、その中でもやはりピロリ菌陽性の患者さんだったりするほうが潰瘍になる方は多いのだと思います。
 齊藤 胃潰瘍の診断ができて内科的な治療をする場合、まずはどうしますか。
 佐藤 ピロリ胃潰瘍かNSAIDs胃潰瘍かで分かれるのですが、ピロリ胃潰瘍の場合は、原因がピロリ菌ですから、1週間のピロリ菌の除菌治療をいずれかの時期にするというのと、1週間の除菌治療だけで大きな胃潰瘍は瘢痕化しないので、プラス8週間の酸分泌抑制薬の投与によって潰瘍の治癒を促すという治療をします。
 齊藤 ピロリ菌がないほうはNSAIDs ですね。
 佐藤 NSAIDs胃潰瘍は、原因がNSAIDsですから、やめれば急速に治癒に向かうのですが、矛盾しますが、どうしてもNSAIDsをやめられないという状況があります。その場合は、PPI の投与を続けることによって、NSAIDs も併用して治療をします。
 齊藤 NSAIDsのほかにも薬が絡むものがあるのですね。
 佐藤 抗血小板薬として多く投与されている低用量アスピリンです。用量が低いからといって影響が少ないわけではなくて、鎮痛薬で使う用量と同程度に出血性潰瘍のリスクが高くなります。
 齊藤 NSAIDsは腰痛、関節痛などで整形外科、低用量アスピリンは循環器内科ということで消化器内科とは別なところの処方ですね。NSAIDsを飲む期間とは関係があるのでしょうか。
 佐藤 NSAIDs潰瘍というのは長く飲むほど潰瘍ができやすいというものではなくて、1カ月や短期間でもなりうるので、短いから安心ということはありません。
 齊藤 循環器内科では、抗凝固療法も行われていますが、注意点は何かありますか。
 佐藤 ワルファリン等の抗凝固薬そのものは、胃粘膜障害作用はありません。飲むと胃潰瘍になりやすいというわけではないのですが、過去に胃潰瘍の既往のある方や高齢の方は、やはり出血のリスクが考えられるので、その場合は酸分泌抑制薬PPIを併用して予防することが行われることがあります。
 齊藤 今、胃潰瘍の既往の話がありましたが、いわゆる一次予防でPPIを使うことはガイドラインで推奨されているのでしょうか。
 佐藤 高齢の方や基礎疾患がある方、胃潰瘍既往のある方の場合には二次予防になりますが、一次予防として使うならPPIのほうがいいと考えられています。
 齊藤 使っていくことが多いということですか。
 佐藤 リスクが低い場合は、必須ということではなくて、PPIも長期投与によって、ある程度の弊害が考えられることがあります。全く既往がない方やリスクファクターのない方の場合、必ず投与しなくてはいけないということでもないと考えています。
 齊藤 それから先ほどの成因の3つ目のものはどうでしょうか。
 佐藤 ピロリ菌もNSAIDsも原因としてない潰瘍です。ほかの細かい原因を除外されて原因がわからないという潰瘍を特発性潰瘍といいます。2000年のころは、潰瘍の中の数パーセントいるかいないかぐらいの低い割合だったのですが、最近ではそれが十数パーセントを占めています。
 齊藤 その中では増えてきているのですね。これは高齢化とは関係ないのでしょうか。
 佐藤 多少あると思うのですが、若い患者さんもいますので、必ずしも高齢の方だけということではないようです。
 齊藤 治療で何か注意点はありますか。
 佐藤 特発性潰瘍は、ほかのピロリ潰瘍などと比べて、非常に治りにくくて再発しやすいという特徴を持っています。ですから、通常の8週間のPPI 治療を12週間くらいにしなくてはいけない場合が多いですし、潰瘍が瘢痕化した後も治療をやめると高率に再発しますので、再発防止のための維持療法が必要であるとされています。
 齊藤 胃潰瘍の出血に対する基本的な治療はどうなりますか。
 佐藤 止血治療のファーストラインは内視鏡的な止血治療になります。何種類か方法がありますから、それぞれの実施者が得意な扱いやすい方法で止血します。
 齊藤 それでほとんど成功するのでしょうね。
 佐藤 はい。
 齊藤 それでもうまくいかない場合というのは、どのような治療でしょうか。
 佐藤 3回ぐらいやっても止血できなくて、血行動態が不安定という場合は、もう時期を逃さずにセカンドラインに移行します。従来では外科的な治療があったのですが、現在は血管造影で塞栓術を行うインターベンショナルラジオロジーという方法があり、この2つのどちらかを選択することが推奨されています。
 齊藤 この血管で塞栓をするのは出血部分に何か流し込むのですか。
 佐藤 そうですね。コイルなどで塞栓術をすることになります。
 齊藤 それでもうまくいかない場合は、外科にお願いするのでしょうか。
 佐藤 そうですね。
 齊藤 外科医の出番というのは、治療戦略の中でどのような位置づけになっているのでしょうか。
 佐藤 昔と比べるとだいぶ少なくなってきていると思います。やはり内視鏡止血の技術もだいぶ上がって、成功率も上がっていますから、昔ほどはないとは思いますが、それでもどうしても出血がコントロールできない、やはり命に関わる患者さんはある程度いますので、その場合は外科医に治療していただく必要があります。
 齊藤 胃潰瘍での死亡例も一定数ありますか。
 佐藤 はい、あります。患者数が減っている割合よりは、死亡数減少の割合は低いということがありまして、いまだにやはり出血がコントロールできなくて亡くなる方は多いと考えられています。
 齊藤 胃潰瘍、時代とともにだいぶ変わってきたということですが、特発性胃潰瘍は増えてきていて、なかなか治りにくいということで、このメカニズムはわかっているのでしょうか。
 佐藤 今、いろいろ研究しているところなのですが、なかなかまだ明らかになっていないというのが現状です。
 齊藤 酸分泌抑制薬を長期に続けることになりますか。
 佐藤 はい。
 齊藤 患者さんとよく話をして、長い間飲んでいただくことになるのですね。
 佐藤 それが必要になりますね。
 齊藤 消化性潰瘍、胃潰瘍もずいぶん、時代とともに変わってきたのがよくわかりました。どうもありがとうございました。