多田 慢性胃炎はともかくとして機能性ディスペプシアは耳新しい病気でもあるわけですが、このあたりの相違やすみ分けについて話を始めていただけますか。
永原 慢性胃炎は、先生方がずっと診断されてきた病気だと思いますが、レントゲンあるいは胃カメラで萎縮性胃炎があったり、レントゲンでいうと胃の壁がザラザラしていて、萎縮性胃炎だなという場合は慢性胃炎と診断します。
多田 いわゆる炎症性の変化があるということですか。
永原 そうですね。レントゲンでも胃カメラでもその時は患者さんの症状を聞いていないので、実は慢性胃炎診断名というのは、症状とは関係のないレントゲンや胃カメラ、あるいは病理で診断するものがそもそもの診断名です。ところが実地臨床で例えば胃痛がする、胃もたれがすると訴えて外来にいらした患者さんを我々は慢性胃炎と診断しています。これは症状から診断される慢性胃炎です。ですので、バリウムや胃カメラで診断する慢性胃炎、症状から診断する慢性胃炎と、慢性胃炎は画像診断と症状を合わせた疾患概念ということで、現場は何を治せばいいのかやや混乱していたかもしれません。
多田 そういう中で機能性ディスペプシアという病名が出てきたのですか。
永原 まさにそうですね。その中で胃痛、胃もたれの慢性胃炎と内視鏡の萎縮性胃炎、実は萎縮性胃炎で胃痛、胃もたれが起こるかというと、あまり症状と関係ないのです。ですので、胃痛、胃もたれといった症状だけを切り分けて診断名にしたのが機能性ディスペプシアです。
多田 そうしますと、そもそも機能性ディスペプシアというのは、主な症状としてはどういう症状をいうのでしょうか。
永原 定義では、胃痛、あるいは食後の胃もたれで定義されます。そして、内視鏡などで胃潰瘍や十二指腸潰瘍、あるいは胃がんがない状態という、いわゆる機能的な病気ということで定義されています。
多田 そうしますと、バリウムや胃カメラのほかにどういう検査法がありますか。
永原 もちろんバリウムや胃カメラで胃潰瘍や胃がんを否定するのですが、保険でできる検査は限られています。胃の動きを映画のように撮影できるCine MRIを用いて、食前食後で胃の蠕動運動を調べて、胃の機能の変化を見る検査や、シンチグラフィーで食後の胃の動きを観察したり、アセトアミノフェンを飲んで採血することによって胃の排出能を調べたりすることで胃の機能を測る検査はありますが、残念ながら日本ではどれも保険が使えません。
多田 実際、機能を見るにはそれらが非常に有効だということですね。
永原 そうですね。今後の展開に期待しています。
多田 この病態は、どの程度の頻度で出現しているのですか。相当数の患者さんがいるような気がします。
永原 先生のおっしゃるとおりで、一般人口を対象とした研究では約1~2割近くいるのではないかといわれています。病院の患者さんで見ますと、胃の症状を訴えてきた患者さんの約半分は機能性ディスペプシアだろうといわれています。
多田 そういう患者さんに対して、どういう治療法があるのでしょうか。
永原 機能性ディスペプシアは、胃痛、あるいは食後の胃もたれで定義される病気ですので、治療目標は症状をとることになります。すなわち、こうした症状でQOLが下がっていて、日常生活をうまく送れない患者さんのQOLを向上させるのが治療のゴールになります。
多田 基本的には生活習慣の改善を行うということですが、薬物療法についても教えていただきたいと思います。
永原 まず治療の基本になるのは、生活習慣の改善であることは間違いないと思います。ただ、この論文を調べてみても、研究手法が難しくてあまりありません。ただ、もちろん実地医家が経験的に指導されている規則正しい生活、睡眠をとる、あるいは油物を控える、運動をするというのは有益で、悪いことではないので、これはぜひ基本として推奨されることだと思います。それでもなかなか良くならないと、次は薬物療法になりますが、日本では、胃もたれが主訴の患者さんにアコチアミドという薬が保険適用になっています。もう一つ、胃痛がメインの患者さんは、なかなか保険適用という点では難しいのですが、実地臨床ではプロトンポンプ阻害薬(PPI)が一般的に広く使われています。ただ、興味深いことに機能性ディスペプシアの患者さんにPPI、あるいは消化管運動を良くするアコチアミドのような薬を飲ませると、両方とも同じように効くのです。ですので、胃痛だからPPI、胃もたれだからアコチアミドというような対応にはなりません。PPIは胃痛に効く、胃もたれにも効く、アコチアミドは胃もたれにも効くけど、胃痛にも効く、というような状況ですので、患者さんのレスポンスを見ながら治療を組み立てることが大事だと思います。
多田 両方使ったほうがいいですか。
永原 多剤処方になってしまうので最初はまず片方から使ったほうがよいと思いますが、こちらが効いて少し良くなったとなったら、それにかぶせるという選択肢はあると思います。
多田 消化器の運動が亢進している場合が強いということなのでしょうが、そのあたりのいわゆるブロッカーやアクティベーターといった薬は適応となるのでしょうか。
永原 アコチアミドはアセチルコリンに働いて、消化管運動を良くする方向に働いています。ただ、先生のご指摘のように機能性ディスペプシアは消化管運動が落ちて胃もたれがするというのは想像するのが簡単なのですが、消化管運動が亢進している患者さんも中にはいて、消化管運動が全く正常だという患者さんもいます。区別がつかないので、やはり患者さんの症状に対する薬のレスポンスを見て試行錯誤で治療していくことになると思います。
多田 そうしますと、交感神経、副交感神経に作動するヒスタミン系やドーパミン関連薬とか、そういったものを幾つか使ってみるのですか。
永原 そうですね。消化管運動調節薬は、患者さんによってどれが効くかわからないということと、もう一つは、やはり病態のメインはストレスに対する過剰応答によって、胃の症状を訴えていることなので、脳からの自律神経への過剰反応を抑えるという意味では、抗不安薬や抗うつ薬も含めた治療が有効になってきます。
多田 いろいろ試してみながら、その人に合った薬を選んでいくということでしょうか。
永原 はい。ただ、その患者さんが胃痛、胃もたれを訴えていて、決してそういうストレスはないとこだわる患者さんがいます。そうすると、主治医が胃に働く薬だけを処方してもなかなか良くなりません。そういった患者さんには自律神経の機能不全で胃痛、胃もたれが起きているということを丁寧に説明して、むしろ抗不安薬、抗うつ薬のような薬を処方することによって、患者さんの症状がスッと取れるということがあります。患者さんと医師がうまく連携をとって病態をきちんと考えて治療するというのが、たいへんですが大事なところだと思います。
多田 コミュニケーションが大事ということですね。
永原 そのとおりだと思います。
多田 すべての医療につながりますね。あと、聞くところによりますと、漢方薬も使う場合があるそうですね。その場合はどういう薬物が選択となるのでしょうか。
永原 2021年に機能性ディスペプシアのガイドライン第二版が出たのですが、このときから六君子湯がファーストラインの治療に挙がってきました。日本での多施設共同の二重盲検試験で有効性が検証されたので、これも試してよいと思います。ただ、効くのに4 週あるいは8週間かかるので、少し長い目でその効果を見ていただく必要があるので、その点だけご注意いただければと思います。
多田 抗うつ剤とか、場合によっては抗不安薬なども使え、漢方薬も選択肢としてありうるということですね。
永原 はい。
多田 ピロリ菌に関しては、病態との関連でどのように考えますか。
永原 実は、最初にお話しした慢性胃炎、萎縮性胃炎の原因のほとんどはピロリ菌感染です。ピロリ菌が胃痛、胃もたれといった症状を起こすかどうかは少しは関係あるけれども、強い相関というのは実はないのです。ですので、ピロリ菌がいない胃痛、胃もたれというのが本当のピュアな機能性ディスペプシア、ピロリ菌に感染している胃痛、胃もたれは、まずピロリ菌を除菌してみて症状の変化を見て、症状が残っていれば機能性ディスペプシアと、そのような切り分けかと思います(図)。
多田 最後に、追加されることがあれば教えてください。
永原 逆流性食道炎はPPIでスッとすぐ胸やけが取れますが、胃痛、胃もたれの治療は、薬を飲んでも症状が取れるのに2週、4週、8週と時間がかかります。ですので、患者さんには時間がかかるけれど、ゆっくり治していきましょう、薬を飲んでも10点の症状がすぐに0点にはならずに、7点、6点、5点と徐々に減っていくよ、と丁寧に説明することが大事だと思っています。
多田 よくわかりました。ありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅱ)
慢性胃炎・機能性ディスペプシアに対する治療
順天堂大学消化器内科教授
永原 章仁 先生
(聞き手多田 紀夫先生)